第6話 憎悪ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

  日はまだ高い。

 現在時刻、13時42分。


 場所は、国外近くの森、正確な位置は不明。何故か方位磁石も方位系統魔術も約に立たないからだ。

 この森には本来、いるはずのない上級魔物がうようよしている。

 僕は、僕たちは今日は、低級魔物、それも危険度がとびきり低い魔物に実験観察に向かっていたはずだった。


 しかし、移動中、上級魔物エビル・カーンに襲われ、クラス全員ライトまでもが僕を置いて逃げ出し、僕だけは絨毯ごと墜落した。

 僕は重力操作系魔術を持っていたので、それを使い、何とか墜落死だけは免れた。


 それでも、今の状態がけして良いと言えない。

 何故ならば、先も述べた通り、この森には人間を襲い、その恐怖の感情を食らう魔物がそこら中にいるからだ。

 大変な危険な状況であり、ここから動くことは命取りになる。


 やつらがどうして襲ってこないかは分からない。

 先ほどまで僕を食らおうとしていたエビル・カーンも今はどこかに行ってしまっている。


 それでも感じる。やつらの気配を。こちらを静かに見張り続ける獰猛な目を。

 下手に動けば僕は食い殺されるだろう。

 

 恐怖で身体が震え、心臓が早鐘のように打ち付ける。恐怖の感情に飲まれないようにしようと、何回も深呼吸を繰り返しているが、やはり激しい動悸は止まらない。


 鬱蒼とした森林を見つめる。

 何だか、この森は妙だ。上から見たときは何ともなかったはずなのに、今は妙に黒々としている。森全体が何か生暖かい空気を醸し出していて、まるで生物の口内にいるような、そんな気持ち悪さを感じる。


 自然と吐き気がこみ上げてきた

 唾をのみこみ、押し込むように吐き気をこらえ、唯一美しい青空を見上げる。

 

 「あそこから、落ちたか。結構高いな」


 どこまでも広がる青い空。いっそあそこを飛んでいければどれほど良いだろう。早くこんな薄気味悪い森から脱出したい。


 「あのパワードスーツさえ、あれば」


 呟くが、それが虚しい響きである事は理解していた。それでも言わずにはいられなった。

 

 (あのパワードスーツさえあれば。いや、それよりもみんなが逃げ出してさえいなければ)


 思考が危険な沼にはまりそうなのを察知して、頭を横にふって切り替える。


 (何言ってるんだ。仕方ないだろう!あんな非常時じゃ、逃げ出すのも仕方ない!)


 だが、先ほどから恐怖で頭の中が、上手く整理出来ず。濁流する川のように淀み濁り、冷静さが消えていくのを感じる。もしかしたら、これに飲まれるかもしれない。そう思うと余計に怖い。


 「早く、助けが来ないかなぁ」


 空を見上げ、また呟く。

 何にしろ、上空から、救助の絨毯が来るのを待つしかなかった。


 あれから、日もくれ夜になった。

 何とか火を起こす事に成功し、暖をとりながら僕は考えていた。


 (まだ、来ない。まだ、来ない。まだ、来ない。救助が、まだ、来ない。いつくる。一体、いつ)


 揺れる炎を見つめていると、自分という存在概念さえも、揺れ曖昧なものになっていくような気がした。

 それは思考も同様で、揺らぎ、変わり、やがて何か輝くものが燃え尽きそうな気分だ。


 (怖い。怖い。ずっと怖い。いつ、いつになったらここから脱出出来る)


 自分を助けてくれた空も今は夜の闇に塗りつぶされ、この黒き森と一体となった。

 獲物を狙う無数の獣に取り囲まれている。

 

 ずっとその恐怖と緊張が続き、頭がおかしくなりそうだ。

 現在、時刻20時ちょうど。この森に墜落してから数時間しか経っていない。

 しかし、一秒、一秒が本当に長い。

 まるで地獄にいるようだ。いや自分には実際に地獄。いつ殺されるかも分からないここは。


 絨毯を押しとどめた時と訳が違う。あの時、咄嗟に動けたけれど。

 今度は、恐怖の影が確かにそこにあり、自分はその前では無力なのだ。戦闘班を目指している事もあり、腕には自信があるが。流石に学生、それも違う班ので自分では蹂躙されるのが目に見えている。


 「助けて…くれ。誰か、早く…」


 さっきからずっと呟いている。もはやそれをおかしいとも思えない。正常に動いていた部品が外れ、奇々怪々な動きをしているのに。それを最早気にならなくなってきている。


 呼吸は浅く、目は見開き、身は縮こまる。

 亀のように、頑丈な甲羅に頭をひっこめる事が出来れば、どれほど楽だろう。


 「何で、こうなった」


 恐怖は停滞していた思考を、突如加速させた。


 「何で、僕を置いて逃げた。何で逃げた?…やめろ、よせ仕方のない事だ。分かっているだろう」


 思考が二分割され、対極する。まるで自分が二つになったかのようだ。自分と自分で激しく言い合いが始まる。


 「あいつらの所為だろう。あいつらが逃げるから」


 黒い自分が憎悪をまき散らしながら、静かに語り掛ける。

 

 「違う。非常時だった。下手をしたら自分たちも死ぬ所だった。だから仕方ない」


 白い自分は、感情に飲まれないため冷静に理論で対抗する。

 

 「仕方ない?仕方ないで終わらせるのか?この状況もか?」

 

 「そうだよ、だって…」

 

 「だって?だってって何だ?何を言うつもりだ。くだらない。結局あいつら全員自分の命が惜しい卑しい奴らなんだ。どいつもこいつもクズばかりだ。そのクズの所為でこうなった。非常時という言葉でごまかすな。本質は、僕は見捨てられたって事だろう?」


 「けれど、それでも」


 「あいつらはいつもそうじゃないか。展示会の時だって、僕を見捨てたんだ。誰一人として手を上げなかった。誰一人として」


 「それはマーズの父親の権力に怯えて」


 「だから、許すのか。あいつらのやったことを。何よりもあそこにはライトがいたんだぞ」


 今まで危険な感情を押しとどめようとしていた自分が、事実に気づかされ言葉につまってしまう。


 「あいつは、親友でありながら、僕を裏切った。二度に渡って」


 憎しみが火山の噴火のように吹き出す。

 恐怖の感情が押さえ込んでいた事をこじ開けた。

 

 「何で、何でだ。僕が何したってんだ。僕は、僕は、今までの人生で頑張ってきたってのに、この仕打ちは何だ。親父が学会を追い出された後、性格が豹変しても、いつか優しい父親に戻ってくれると信じて頑張った!」


 言葉が止まらない。止めなきゃと叫ぶ冷静な思考の自分が薄れていく。


 「なのに、母は逃げ出した。僕を置いて!父親に叶わなかった夢を背負わされても頑張った!僕は逃げられなかった!その中で、頑張った作った物さえ認められず!あげくの果てに、仲間に見捨てられ、また逃げられた!今度は!親友にまでもだ!」


 立ち上がり、土を足で蹴り、火に土をかけて消す。


 「ふざけるな!僕は逃げなかったのにぃ!ちくしょう!ちくしょう…!」


 憤怒のあまり頭が割れそうだ。火が消えた地面にうずくまり、ちくしょうと繰り返す。

 言葉を繰り返す度に、感情が強くなる。

 ただその感情を表す術が今は言葉しかなくて、それが情けなくて身体を震わせる事しか出来なかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 風に煽られ、絨毯が揺れる。

 慣れない絨毯の揺れに、軽い酔いを感じる。目の前に居座る自分の教官は、揺れなど気にもせず、眼下の景色を睨みつける。

 動じぬ胆力に関心するが、同時にこの状況に不安はないのかと思う。

 かけた眼鏡の奥にある瞳からは、感情を伺い知る事が出来ない。

 

 私は自分が乗る絨毯を見てみる。

 絨毯全体に青白いバリアが張ってある。

 

 (この隠匿魔術があれば、外からはこちらの姿が見えないし、音も聞こえない。魔物には発見されずらいはずだ。とは言え、この森は危ない空気をビンビン感じるな…)


 今絨毯で飛んでいる場所は、この小さな森は国外に存在し、主に低級魔物が生息しており、その中でも危険度が低いものしかいないので騎士団学園の生徒やその他の演習でよく使われている。

 かくいう私、サンもこの森はよく行き来していた。


 だが、その森で突如、異変が発生した。

 演習のため、上空を移動中だった学園の生徒たちが乗った絨毯が、上級魔物エビル・カーンによって襲われ、その際、生徒二人が森に落ちたのだ。


 中級以上の魔物は危険度も高いので、その行動を見放さぬよう魔術によって見張っている。それが何故か見逃しが発生していた。

 もはやこの森にはどれぐらいの種類で、どれほどの数の上級魔物が生息しているか、判断につかない。


 だが、だからと言って動かないわけにはいかない。

 連絡を受けた騎士団は直ちに騎士団の一人、一番隊隊長である教官と、私で救助に向かわせた。


 それについては、不満はない。

 だが、悪態をつきたい事が一つあたしにはあった。


 (クッソ、どうしてこいつらが)


 手元の資料を見ると、そこには森に落ちた二人の名前が記されている。

 ライト・スター。学園生徒。魔物研究班。

 ルナ・コスモス。学園生徒。魔道具班。


 展示会で話した顔見知りの二人。特にもう一人の、ライトは結構印象強いやつなので、かなり悔しさというか、やるせなさを感じる。


 (何としてでも、私が絶対見つけてやりたい。けれど…)


 眼前の景色を睨みつけるが、この黒々とした森にその視線をも飲みこまれそうでうすら寒さを感じる。


 事件発生から、数時間経っている。上級魔物が生息するこの森で、生き延びれている保証はない。下手をすれば私たちも危ない。

 不安にかられた私は声を上げた。


 「教官、質問をよろしいでしょう?」


 教官は目線を変えず、平坦な声で返してきた。


 「許す」


 「ありがとうございます。この森は報告では、本来生息しないはずの上級魔物が確認されました。いくら隠匿魔術で隠しているとは言え、魔物の発見されるリスクはゼロではありません。本当に大丈夫なんでしょうか?」


 教官は眼鏡のブリッジを押し上げ、抑揚なく答えた。


 「サン・プロミネンス。貴様も騎士なら、覚えておけ。私たちの仕事に『大丈夫』は存在しない。いつだって危険と隣り合わせだ。それは例え、学園で生徒である貴様もそうだ。貴様は戦闘班でもトップクラスの実力。第九過程のカリキュラムも終えている。もう一人前の騎士扱いだ。甘やかしはせんぞ。分かったなら、業務に戻れ」


 「はっ!」


 いつのまにか私はらしくない態度のようになっていたようだ。深呼吸して気合を入れ、遠くの方に目をやると、何か小さな赤い光が見える。

 焚火の明かりだ。しかし、すぐ消えた。

 だが、見えた。


 「教官、二時の方向!」


 私が叫んで指さすと、ここにきてようやく教官の目が見開かれた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 一体どれほどの時間がたっただろう。もはや時計を見るのはやめた。見てもつらくなるだけだ。

 恐怖に苛まされ続ける状況が自分を変えているのは自覚している。けれど左程それが自分の中では、重要項目ではない。今、自分の最重要項目は。


 「あいつらを、許さない…」

 

 這いつくばりながら、消えた焚火の後を睨みつける。

 

 「僕を置いてったあいつらを、裏切ったあいつらを、踏みにじったあいつらを許さない」


 自分のひび割れた声が静かに響く。

 地面に爪を立て、引っかくように手を引いていく。


 「そして、ライト。あいつだけは、特に許さない」


 脚に力を込めながら、よろめきながらも立ち上がる。


 「あいつだけは。苦しめて、苦しめて、殺してやる。あいつらもだ。どいつもこいつも全員。邪魔するやつもまとめて殺す」


 誰に向けたか分からない宣言を、僕は続けていく。


 「正しいかどうかなんて、関係ない。自分にとってどうだったか。自分がどう感じたかで決める」


 空に眩しい光が指す。

 絨毯だ。恐らく救助の絨毯だろう。


 けれど、今来たところでもう遅い。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「どうしよう、これから」


 現在23時。

 夜の森は寝静まっているように見せかけて、その獰猛な瞳を闇のベールで隠している。一度、ベールをはがせば、途端に森はその爪をたて、牙を見せ私に襲い掛かってくるだろう。


 その森で、今私は途方にくれていた。


 「あぁ、何でこんなことに」


 頭を掻きむしろうとするが、ゴツゴツとした鱗の感触とにょきっと角が生えた頭を、感じてしまって、またため息をつく。


 私、ライト・スターは、この豪華な名前に反して臆病な男と認識している。その私が今猛烈に震えあがっているのだ。


 何せ、自分が龍人となってしまっているのだから。

 かれこれ、ここで過ごす事数時間。

 自分の身体が変貌した事実を受け入れられず、体育座りしている。


 龍の力を受け取る事は覚悟していた。だが、自分の不手際によって見た目が急激に変化した事には動揺を押さえれない。

 つくづく自分のドジさが恨めしい。


 「というか、街に戻るために力を受け取ったのに、この状態で街に戻ったら絶対ヤバイ」


 最悪、どこかの危ない集団に拉致され、人体実験なんて事も、とそこまで考えてしまい冷や汗が出てくる。

 思考は淀み、身体は恐怖で震え、未だ動けず。状況は最悪。

 

 更に、この森には協力な魔物が巣くっている。今は自分の中にある龍の力を感じ取っているのか、襲ってはこない。しかし、下手をすればそいつらに襲われるはめに。


 「怖すぎて、心臓が破裂しそうだ」


 私は怖さと不安のあまり目を閉じた。少し現実から目をそらしたかったのだ。

 このように目を閉じていると、何だか不思議な心地がしてくる。

 身体の脈動を、まるで水に手を付けているかのごとく感じるのだ。


 (何だ、この妙な感覚は…⁉」


 身体の中に流れる暖かな緑の光さえも知覚する。

 ものすごいスピードで流れるそれは、ゆっくりとではあるが僅かに身体から放出され、そして出された光は空気に溶け、消えて行っている。


 分かる。感覚で理解する。

 力がまるで砂時計の砂のように、少しずつでこそあるが、徐々になくなってきている。


 「もしかして、これ。この力。もうすぐなくなるのか…⁉」


 私は立ち上がり、辺りを見渡す。

 力がなくなってきているとすれば、もうすぐ私はただの人間に戻れる。とするならば早く行動した方がよい。


 「よ、よしこれなら、帰れそうだ」


 希望を見出した私は、さっそく帰ろうと、歩を進めるがすぐ立ち止まる。


 「で、でもこれどっちに帰ればよいんだ?あの龍は力を使えば帰れるとか、何とか言っていたけれど…」


 私が呟くと、まるで我が声に反応したかのように、あらゆる感覚が急激に鋭くなった。

 肌は空気の流れを感じ、耳は遠くの蜘蛛が蠢く音を、嗅覚は森に潜む魔物たちの匂いをかぎ分け、そして目は岩壁を透視し、はるか彼方の光景をまるでカメラのレンズをズームするかの如く見れる。


 「お、おぉ…⁉これは、これが龍の見ていた景色か?」


 感動する間もなく、私は迷い森の抜けた先の道を見つけた。

 

 「た、助かった。よかった!この感覚に従っていけば、帰路にたどり着けるぞ!」

 

 喜びのあまり、飛び上がってしまう。今度こそ私は帰路にたどり着こうと脚を上げるが、瞬間的に脳内にある光景が電撃の如くはしる。


 それはルナを置いて逃げていった時の事。

 思い出した瞬間、罪悪感と自らの憤怒で身が重く感じる。

 けれど、あの時、もし、もしも、ルナがこの森に落ちていて、そして運よく生きていたとしたら。だとしたら自分のこの力で探し出せるのではなかろうか。


 見下ろすと、今の自分のこの姿が目に映る。この姿を見たら、ルナはどうするだろう。それより、自分は?分からない。でも今はとにかく無事を確認したい。


 私は目を固くつぶり、さっきと同じように自らの力を感じ取る。

 すると力がまたもや私の想いに呼応したか、まるで水の波紋如く、力が、外に迷い森全体に広がっていくのを感じる。


 迷い森全体がまるで手のひらの上にあるようだ。

 全ての命を手のひらに感じる。どんな魔物がいるのかさえも、分かる。

 だが、やはり、ルナはいない。


 現実を突きつけられ、うなだれそうになるのを歯を食いしばって堪え、何とか前を見据える。

 ここで立ち往生しても変わらない。

 とにかく今は前に進もう。その後に事は、とにかく考えるな。


 私は今度こそ、地面を蹴って龍の巣穴から出た。

 迷い森全体は本当に気味が悪かった。迷い森が魔物という言葉に嘘偽りなし。

 迷い森は少しずつではあるが、地形を変え、木々の位置を変え、巧妙に人を迷わせようとしてくる。天然の迷路。いや、それ以上にたちが悪い。


 龍の力を持っていなければ、即死だったろう。改めて龍に感謝すると共に、迷い森への恐怖が増した。

 こんな森にいたら、正気ではいられないだろう。


 私は自分でも驚く程の速さで疾駆している。しかし、力に振り回される事なく、上手く操れているのだ。このように速い動きでも、思考がそれに追いついている。いや、それどころか、森にいる魔物全体の動きさえも知覚しているのだ。


 完全に人外となった自分には多少気が滅入るが、今はただ存分にこの力をふるううのみ。

 魔物の動きを察知すれば、それを相手に悟られないよう早く動き、逃げる。

 これにより、魔物と相対せず動く事が出来るのだ。

 正に今の自分は高速であった。


 そうして、しばらく走っていると、突如として森が途切れた。

  急ブレーキをかけ、その場に立ち止まる。

 一度振り返れば、黒々とした迷い森がそこにあった。

 前を見ると、平原地帯が広がっており、更に奥には結界に囲われた国が見える。


 自分は、この森から脱出出来たのだ。その事に安堵すると急に力が抜け、そのまま地面に座りこんでしまう。

 すると、身体からまるで蒸気のように煙が噴き出し、身体が元の人の肉体へと戻った。

 

 推測通り身体が戻ったことに、心底安心するが、一つ気になることがある。

 あれだけ走ったにも関わらず、心臓は平常時のように動き、呼吸も乱れていない。

 試しに、目をつぶるが、力は消えていない。

 小さくこそなってはいるが、緑色の光は確かにそこにある。


 そして僅かずつではあるが、力の光が徐々にその輝きを増し、広がりを見せている。

 私は悟った。

 この力は消えはしないのだ。多少消耗するが、時間がたてばまた使えるようになる。


 もう先ほどの、鋭い感覚も漲る力も、感じないが確かにそこにあるのだ。

 これから、長い間、私はこの力と向き合い続けねばならない。


 覚悟していた事だ。力を隠して、人に知られぬよう生きていくのだ。

 私はよろめく脚を奮い立たせ、国の方へと向かっていった。

 


 



 


 


 


 


 

 





 


 


 



 


 

 

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