第4話 強襲ぅうううううううううううううううううううう‼

 夜、街が寝静まり空気に冷たさを感じる。

 私はあれから後片付けをして、ぷにるのためのエサを買って家に帰ってきた。

 重い身体を動かして棚からお皿を取り出し、買ってきた袋を破いて白いゼリーのような物を乗せる。


 「ぷにる~、ただいま。帰ってきたよ~」


 ぷにるは隅から飛び出すと、私の顔にはりついた。結構お怒りのようだ。まぁご飯を忘れていったんだから、当然だ。

 

 「ごめん、ごめん。今日はちょっと高級なのにしたから、許して」


 ぷにるを撫でると、怒りが収まらないのかしばらくもぞもぞと動いていたが、やがてするりと離れ、エサを食べはじめた。

 エサを食べると言っても皿に覆いかぶさるように乗り、白いゼリーをしゅわしゅわと消化しており、その姿はまるでゼリーがゼリーを吸収しているようだ。

ぷにるの身体は半透明だからその様子が見て取れた。

 

 私はエサを食べるぷにるを撫でると、そこから離れ遺影に手を合わせた。


 「父さん、母さん、ただいま。…今日はね嫌な事があったんだ。…いや、してしまったんだ。友達が大変な時に私は彼を見捨てたんだ。最低だ。本当に最低だよ」


 彼の手を取らなかった時のことをリピートするように何度も何度も、脳裏にフラッシュバックする。

 私は自己嫌悪と罪悪感に押しつぶされそうになり、その場にうずくまった。

 心の中が墨に塗りつぶされたかのように真っ黒に染まる感覚がする。


 あの時、あの時、やっていれば、彼の手をとっていれば。そんなあったかもしれない出来事を想像をしては、今それが出来ていない現実に打ちのめされる。

 言えばよかった。おかしいって。彼の作った物を認めればよかった。

 それが出来ない自分は、どうしようもなくダメな人間だ、権力に負けたのだ。


 「何故、こんな事になったんだろう」


 私は呟く。


 まだ幼いころ、親を失い孤児である私には身寄りもなく、頼れる所もなかった。寂しい思いで孤児院で生きていた時、彼が、ルナが現れた。

 孤児院の遠足で公園に出かけた時に彼と出会ったのだ。彼は頬を怪我していたようでそこを痛そうに抑えていたのをよく覚えている。


 私たちが出会ったのは偶然だった。みんなと離れ一人歩いていた時に彼と目が合った。

 最初、彼は怯えるような眼を向けてきた。

 私も人見知りする方なので、彼から離れようとしたが、彼の怪我に目が留まった。

 

 良心が動いた私は持っていた治癒魔術で彼の怪我を治した。

 怪我が治った彼と少し話すうちに、親とひと悶着あった事が分かった。私たちは、それから互いの事を話したり、遊んだりして、帰る頃にまたねといって別れた。


 私たちは近所に住んでいたのもあって、それからよく遊ぶようになった。

 あれから、随分と時が立つ。


 私たちは同じ夢である騎士団を目指した。二人とも戦闘班希望だったが、私は体力の問題で、ルナは父に魔道具班を強制させられた。


 ルナの方は色々ありそうだが、まぁ、結局私は今の所が気に入ってはいる。

 しかし、私がここまでやっていくのには苦労した。私は騎士団になりたいという夢を叶えるため、出来る限りの努力をしたのだ。

 そして博士号までとれた。

 

 孤児である私は頼れる所など少ない。だから夢を叶えるためには血がにじむような努力をする他なかった。

 だが逆を言えば、努力しかないので自分を守ってくれる物が何もないのだ。私も騎士団学園に入学する際、孤児院を出ている。あまりあそこは頼れないだろう。


 だからマーズの父親の機嫌をそこねれば、これまで築き上げてきた物を全て没収されかねない。

 何せマーズの父親の家系は騎士団設立当初から関わっている重要な所なのだ。

 

 マーズが一声上げれば、私は退学もありうる。

 故に友人を売った。


 結局の所、自分は我が身が一番可愛かったのだ。応援すると言っておいて、自分の事を優先したんだ。

 彼を裏切ったんだ。一番の親友を見捨てたんだ。


 あれほど嫌い憎んでいたマーズに私は媚びを売ったんだ。卑しく自分を傷つけないで下さいと懇願したんだ。


 その事実がたまらなく許せなかった。自分がすごく気持ち悪い物に変身したようだな心地だ。


 涙が溢れてきた。自分には泣く資格なんてないのに。それでも涙は止まらなかった。零れ落ちていくそれを最早止める気力もなかった。

 

 すると、ぷにるが足元によって、その身をすりつけてきた。

 私はぷにるをゆっくり拾うと、その身体に自分の顔を押し付けた。まるで罪から目をそらすように。


 「私は、私はどうすればよいんだろう?どうすれば…」


 ◇◇◇◇


 「全く、何をしているんだ!お前は!」


 棒立ちな自分に父は、机に置いてあった資料の束をぶつけてきた。

 紙がぶつかり舞い落ちるが、それさえも空虚に感じた。

 

 父は怒りを止めようとせず、ずっと私に怒鳴りちらしている。


 「最優秀賞をとれと言っただろう!お前は、私に恥をかかせるつもりか!」


 「だから、量産化させる目途はたったとさっきから言っているだろう?問題ないじゃないか」


 「ふざけているのか!最優秀賞でなければ意味がないんだ!」


 目を横にそらすと棚に並べられた数々のトロフィーや賞状がある。


 (父は学会を追放されてからも、ずっと過去の栄光にしばられているんだ。自分の事しか頭にない。私を自分のクローンと思っているのだろう。為せなかった事をずっと悔やみ、それを私に押し付けているんだ)


 「おい、目をそらすな!」


 父が更にコップまで投げつけてきた。自分の頭に当たり、コップがわれ、破片で切って血が出てくる。


 「政治家の息子のコネクションがなんだ!そんなもの関係あるか!お前の発明にどれほど、私が協力してきたと思って…!」


 子どものように喚き散らす父を見ながら、自分の心が冷ややかになっていくのを感じる。


 「そんな風に、理屈も道理も関係なく怒鳴るから、母さんは出ていったんだ」


 声を低めてボソリと言うと、ついに父は手を振り上げた。

 殴りつけれる感触をどこか、遠くの出来事のように感じながら私は横に倒れた。

 父はまた何かを喚いている。でも、それもどうでもよかった。自分には本当につまらない出来事のように思えた。


 父の才能に嫉妬した仲間に騙され、濡れ衣を着せられた父は罠にはめられ学会を追放された


 あの頃、優しく偉大であった父はもういない。寛容で冗談好きな母はもういない。二人の愛を一身に受け、夢は騎士団で戦う事であった子どもの自分はもういない。


 今、あるのは父のエゴをぶつけつづけられる弱い自分しかいない。


 ひどく惨めな気分だ。


 ◇◇◇◇


 あれから二週間後、私は未だにルナに話しかけられずにいた。

 学園で顔を合わせば気まずく、お互いに目をそらしてしまい話にならない。メールも電話も中々勇気が出ず、出来ない。そんな日々が続いていた。


 そのくせ、私はルナから渡された横笛を大切にもち歩いているのだ。


 だが、運命というのはかなりの悪戯好きらしい。

 私たちは顔を突き合わせる事になった。


 「え~。本日はですね。前々からお伝えしたように、魔道具班、魔物研究班、合同でですね、低級の魔物の観察、及び試作された魔道具の実験に向かいます。尚、この観察実験はですね。現役騎士、三名の方に同行していただきますので、安心して向かいましょう」


 男性教員が説明を終えると、私たちはぞろぞろと教室を出た。

 この日、私たちは合同で、観察実験のために森まで出る事になる。

 

 (今日がチャンスだ。何とかしてルナと話さないと)


 魔道具班であるルナと直接会って話すには今日が絶好の機会だ。

 列の前の方にルナが見えあの時の事について話そうと、私は気合を入れる。

 列になって校庭まで移動すると、そこに屋根付きの絨毯が止まっていた。


 「はいは~い。それじゃ皆さん決められたところにですね、座ってください。全員着席するとすぐ行きますよ~」


 教員の指示に従い、私たちは靴を脱いで絨毯に乗った。絨毯には座布団のようなものが用意されており、そこに座る。

 

 全員着席したのを教員が確認すると、絨毯は空に舞い上がった。

 かなりのスピードで空を飛んでいるが、魔術によってバリアが張られているので、空気抵抗は感じない。

 

 すぐに学園を離れ、まっすぐに森まで向かっていく。


 「さて、みなさん。これから森まで向かうわけですが、国の外に出るのはですね。非常に貴重な機会なので、しっかりと勉強していきましょうね。ほら皆さん見えるでしょう?もう近くなってきましたよ、あの壁」


 教員が指さした方を見ると、鈍い青白い光の壁が迫ってきている。


 「この結界魔術は、みなさん国民から回収された。魔力を使って出来ていますよね?あの結界魔術があるおかげで、私たちは普段から魔物の脅威にさらされず生活できるわけですな。今日は国外に出て魔物の観察にでるわけですが、決して絨毯の外には出ないように。低級とはいえ、魔物は危険ですからね」


 全員が「はい」と返事を返し、満足そうに頷いた教員はもう一度壁を指さした。


 「ほら、管制塔が見えるでしょう?あそこで普段結界魔術の操作を行っているわけです。あそこに入れるのは騎士団の中でも許可を得たものだけ。学生だと更にその数は少なくなります。まぁこの中だと、それがルナ君な訳ですな」


 全員が「おぉ」と感心の声を上げ、ルナを見るが当の本人は興味なさそうに外を見ていた。

 私はルナと話すのは一旦諦め、外の様子に注目した。

 バリアのすぐ内側にある高さ300メートルの管制塔。その姿はごく普通の管制塔という感じだ。

 教員が一度、管制塔の方を指さす。


 「今日は私たちのために特別に、結界魔術に穴をあけて通してくださいますよ~」


 結界魔術に僅かに穴が開き、そこから絨毯が侵入すると穴はすぐに戻った。

 眼下に広がるは、鬱蒼とした森林。上空を飛び交うは頭が二つある鳥。空気までも異質な気がする。

 

 異世界。正にその言葉がよく似合う。

 人間の補整された世界と違う。ルールの存在しない混沌とした世界。

 そこにやってきてしまったのだと、思わず身が震える。しかし、魔物研究を主にする自分にとっては、ちょっと憧れの場所だったりする。


 (あんな事さえしなければ、今もきっとルナに自分の興奮を伝えられたのに)


 後悔先に立たずとはよく言ったものだなと思うと、教員が今度は外を飛び交う鳥を指さした。


 「みなさん、ちょっと遠いですがアレが見えますか?あれはどのぐらいの等級の魔物か、分かる人?」


 私が一番先に挙手する。


 「ライト君、どうぞ」


 「はい。低級。リーズグルックです」


 「正解。さすがですね。はい、ライト君の言った通りアレは低級なんですね。みなさん、ご存じの通り、魔物には無級、低級、中級、上級、そして伝説の特級があります。魔物の人類にとっての脅威度によってこの等級が振り分けられるわけですな」


 教員が、パチンと指を鳴らすと目の前に、彼の横に四つ魔物が描かれた大きな紙が現れた。

 教員がスライムの絵を指さす。


 「無級。所謂無害な魔物。ペット用の魔物がこれに当たります。ものすごく弱いです。魔力をこめてちょっと殴れば消えるので、子どもでも普通に倒せてしまいます」


 次に、鳥のような魔物の絵を指さす。


 「続いて、低級。ちょっと危ないです。民間人は手を出してはいけません。動物で例えるならハブぐらいですね。単体の戦闘力は低くても、中には厄介な能力を持つ物もいます。まぁ、一応訓練すれば倒せます。戦闘班の学園生徒一人か、二人いればよいですね。正し、群れると厄介です。そうなるともっと大勢必要です」


 次に、虫ような魔物の絵を指さす。


 「さぁ、こっから対処が一気に難しくなりますよ。中級。生徒だけでは難しいので騎士が対応に当たるレベルがこれです。群れてくると騎士団の一個小隊が出撃しなくてはいけません」


 教員の力を込めた言葉に緊張感が走る。


 「そして、上級。個体数は低級、中級に比べ、少ないものの、その能力は凄まじくなります。また中には高い知能を持つ物もいる為、これらは非常に厄介な存在です。これが出てきた時は騎士団がいよいよ総出で退治に向かわねばなりません」


 そして、教員が最後に龍の絵を指さす。


 「さて、お話した中でも伝説の特級、龍なんかは、めったにお目にかかれるものではありません。あれは…」

 

 教員が声を低める。


 「災害そのものですからね。その力は一国を壊すほどと言われています。もし見かけたとしたら、死を覚悟せねばなりません。もちろん、脅威はそれだけではない。あの破滅が異世界の入り口を開けてから、長い時がたちましたが、その中でも最も人を殺したのは、上級と言われています。まぁ、この森周辺には存在してませんけどね」


 学長と違って、担当の教員の喋りが上手いので話しに引き込まれ、ついみんな緊張してしまう。

 教員はそれを和らげようとしたのか、少し笑顔になった。


 「今回は低級の魔物の実験観察ですからね。安心して下さい。とりあえずこの後は森に降りて、それから」


 ビー!ビー!と、警報アラームが鳴り、教員の言葉を断ち切った。

 絨毯に用意された警報魔術だ。絨毯に接近するものがいたらこのように知らせるのだ。

 それがなった。でも、どこから?何が?全員が固まり、そしてざわめく。教員たちも焦った顔をする。


 けれど、起こった事を理解する前に、絨毯が揺れた。

 いきなり跳ねるように揺れ、尻餅をつく。


 バリンとガラスを割るような音がする。魔術のバリアが壊れた音だ。

 私たちはどよめき、騎士の三人は剣を抜いた。


 全員が息をひそめ、静かになる。いや違う。全員が後ろを振り返り何かを見つめ、顔をこわばらせてしまう。

 私も同じように振り向いてしまった。


 そこには、人面の巨大な怪鳥が脚で絨毯の裾を掴んでいた。


 「上級魔物、エビル・カーン。何で、ここに…?」


 私がその怪鳥の名を唱えると、巨大怪鳥は歪な笑顔を浮かべ、その大きな口を開いた。


 「全員、後ろに下がれー!」


 騎士の怒鳴り声で正気に戻った我々はすぐさま立ち上がり、後ろの方へ移動する。

 それと入れ違いになるように、騎士三人が前に出て、剣を突く形で構えた。


 「剣技魔術!オーラ・ストライク!」


 騎士の三人の剣が眩く光り、光の刃が怪鳥の顔を狙う。しかい怪鳥の口から発せられた血のように赤い火がそれを拒む。

 光と炎がぶつかり合い、激しく絨毯を揺らす。


 「ぐっ!早くいけー!」


 騎士の一人は既に限界なのだろう。声を上げる。

 当然だ。誰も上級魔物が来るなんて想定していなかったから。圧倒的に人手が足りないのだ。火力不足だ。むしろ三人でよく耐えている方だ。


 あの騎士の言う通り、早く脱出したい。しかし、難しい。


 「ちょっと早く行ってよ!」


 「押すなよ!はみ出るだろ!外に落っこちまう!」


 「やめて、やめて!逃げれない!」


 「みなさん慌てずに、訓練通りに脱出を!」


 上級魔物が間近にいるという恐怖に負け、脱出が上手く出来ない。前の方で押し合い圧し合いの状態だ。

 

 (マズイ、マズイ、早くしないと!)


 私も、全く冷静になれず、前に行こう行こうと焦り、前の人間の間をすり抜けようとしている。


 遠くから音が聞こえる。全員の視線が横に移ると、絨毯に向かって何匹ものエビル・カーンが向かってきている。


 全員の絶叫が重なり、更に慌てふためく。パニック状態だ。

 

 「みなさん、落ち着いて!ほら、脱出用の絨毯が準備出来ましたよ!」


 教員が叫ぶと、みんなが一瞬安心した顔つきになる。前の方には横向きに小さな絨毯が設置されてある。小さいがちゃんと全員乗れそうだ。


 「どけ!俺が先だ!」


 後ろにいたマーズが周りを押しのけ突き飛ばし、一番先に絨毯に座った。他のみんなもなだれ込むように絨毯に乗っていく。私もそれに倣い乗り込もうとすると、後ろの方で爆発が起こった。


 振り向くと、屋根が焼け崩れ怪鳥、エビル・カーンが声を上げて笑っている。その口元はべったりと赤く汚れていた。


 その赤の意味を悟った時、背筋が凍った。

 エビル・カーンがこちらを見ると、まるで大好きなおもちゃを見つけた時のような満面の笑みになった。

 

 私も慌てて絨毯に乗り込もうとする。


 「助けて!」


 声がした方を見ると、ルナが焼け崩れた屋根の下敷きになっている。

 

 「助けてくれ!魔力が上手く煉れない!屋根が動かせないんだ!」


 ルナが上手くやれば、屋根なんて魔力で吹き飛ばせるだろう。だが今のルナはパニック状態で魔力コントロール出来ていないのだ。


 「助けて、誰か!」


 既にエビル・カーンは差し迫っている。頼みの綱の騎士三人はもういない。

 思考が固まり、動けなくなる。


 「何をしている!」


 マーズが顔を真っ赤にして怒鳴る。


 「これは命令だ!脱出しろ!」


 「し、しかしルナ君が…!」


 教員がマーズを説得しようとすると、その首をマーズが掴んだ。


 「なら、お前はここに残れ。死にたけりゃな」


 教員は顔を青ざめさせ、魔法陣を操作した。行動の意味を察した私は絨毯に向かった。


 「おい!」


 ルナの声が呼び止める。


 「置いていかないでくれ!ライト!」


 ルナの悲痛な声が胸をつく。

 焦燥、恐怖、それらの感情が葛藤し、思考が揺れる。

 しかし、絨毯が離れようとしたその時には、私は絨毯に乗ってしまっていた。


 「いやだ!来るな!ライトー‼」


 私はうずくまり耳をふさいだ。

 親友の泣き叫ぶ声を背に、私たちの絨毯は猛スピードで空を駆け抜けた。


 「名前を、呼ぶなよぉ」


 私の身勝手な言葉も置いて。


 だが、やはり運命は悪戯好きらしい。

 絨毯が揺れる。

 次の時には、絨毯が真上にあった。

 

 (あ、放り出されたんだ)


 気づいた時には、私は地面に向かって落ちていた。

 視界がブラックアウトした。

 

 「うっ…ぐう!」

 

 痛みで身体が震える。

 船に乗っている時のように不安定に頭が揺れる。

 

 せき込み、何とか身体を起こす。

 身体の節々が痛むが耐えれない程ではない。


 見上げると、そこは不思議な空間だった。イメージで言えば、天井の開いたドームだろうか。

 周囲は岸壁。それにぐるっと囲われ、上から見たらぽっかり穴が開いているように見えるだろう。

 どうやらこの穴倉に落ちたようだ。


 「生き…ている。どう、して」


 ゆっくり思い出す。あの瞬間落ちる時、魔力を振り絞って、手のひらから噴出。パラシュートのように、魔力を薄く広く展開したのだ。おかげで何とか最悪の事態は免れたらしい。


 だが、その後の記憶がない。

 ショックで気絶したのか。


 見上げてみると、上空には鳥形の魔物が悠々と飛んでいる。

 あれに見つかれば、逃げ場はない。自分はすぐに食い殺されて終わりだろう。

 恐怖が蘇り、身が震える


 「そうだ。横笛、横笛、あれがあれば」


 一応万が一の時の事を考え、持ってきた。

 懐から出そうとすると、自分の脚に目が留まった。


 両脚とも、明らかに変な方向に曲がっている。なのに、痛みがないのだ。


 「あ…あ、あっ!わ、私の脚がぁああ!」


 のたうち回っても、痛みはやはりない。

 神経までやられたらしい。


 現実を受け入れずに、しばらく寝そべっていると、上空で「ケーン」と、鳥形魔物が鳴いた。

 やつらは、すぐそこにいる。それを思い知らされ、慌てて懐から横笛を取り出した。


 口につけ、ゆっくりと吹く。

 清涼な響きが辺りに響き渡る。


 しばらく吹いていると段々と冷静になってきた。

 横笛から口を離し、長く息をつく。

 

「その笛の音、もう少し聞かせてくれんか」

 

 厳かで威厳ある声が頭上から響いた。


 反射的に振り返るとそこには、白く輝く巨大な龍が居座っていた。

 


 

 


 


 


 



 

 

 

 

 

 


 


 


 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る