第2話  友だちぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!

 私は頭に襲い来るゼリーのような感触によって意識が覚醒した。

 最初に私が知覚したのは、我が家の天井だ。

 天井には空中菜園がいくつも紐でぶら下がっている、全て私の趣味だ。

 

 「知らない天井だ。一回言ってみたかったんだよね、このセリフ。まぁ勝手知ったる我が家なんですが。にしてもなんか馬鹿に懐かしい夢を見ちゃったな。まだ五、六歳のころだっけ」


 悪癖である独り言を口にしつつ、頭にのっかるゼリーのような感触に手をやった。


 「ぷにる~、なんだよ。今日は休日だろう?私は疲れているんだ。もう少し寝かしてくれ。というか現実を直視したくない。子どもの頃の夢を見た直後、それとは違う今の現実の自分とか、マジで心がえぐられるんだが」

 

 感触の正体は、私のペットである水色の丸っこいボディーが特徴的な魔物、スライムだ。

 スライムであるぷにるはしゃべる事は出来ない。ただ身体を激しく震わせ続けている。軽く腕が振動するレベルで。


「おいおい、どうした?反抗期?それとも電動歯ブラシごっこ?」


 ぷにるが私の手を離れ、壁にかかったカレンダーを外し持ってきた。


「こらこら、外すんじゃないよ。百均で買ってきたカレンダーを…って、ん?」


 カレンダーにはある日にちが丸く囲ってあった。そこには、『学園、展示会。9時から』。

 時計を見る7時50分。朝の支度には最低でも30分。学園まではどんなに急いでも40分。

 つまり…。


「遅刻だぁああああ!!」


 私は急いで、ベットであるハンモックから飛び降り、棚から粉と水を取り出し、それを壺にぶちまけ、【魔力】をこめる。緑色の淡い光が手のひらから壺の中へと注がれるとと壺からぐつぐつ音が鳴る。

 それが終わったら慌てて、洗顔、着替え、歯磨き、トイレ、寝ぐせ直しをやりつつ、ぷにるにどなりつける。


「どうしてもっと早く起こしてくれなかったんだよぉ!ぷにる!」


 ぷにるはくりくりとした目をじとっとした目つきでこちらを見てくる。

 

 「やめろやめろ、その『そもそもペットを頼るな』的な目をやめろ!私は魔物生物学博士号をとった極めて優秀な人間なんだぞっ!…『だから、なんだというのか』的な目もやめろぉぉおっ!傷つくわ!」


 人と通り騒ぐと、我ながら馬鹿だなと思うが今更どうしようもない。

 落胆すると壺から「ピィー」って音がした。


 「よしっ」


 私は壺をひっくり返し、中から出てきたパンを口につっこむ。もぐもぐ食べながら、友人たちに挨拶しよう。


 「おはよ~デイリー、モイジー、マイピー、調子どう?」


 私は、目の前に並ぶ三つのキノコに話しかけながら、傍にあった袋から粉をふりかけた。時間がないので日課の世間話はなしだ。


 キノコに粉を振りかけ終わると横から、花が噛みついてきた。


 「やぁ、クルスト!今日も元気だねぇ~!また檻壊したの?」


 奇声を上げながら襲ってくる食人植物である花をひっつかんで、予備の檻にぶちこんだ。最近デカくなってきたから、もっと頑丈な檻を用意しないと。

 え、食【人】植物ですが、何か?

 

 クルストとじゃれあうと、今度はブンブンと横から音がなる。

 ガラスケースに入っている鉢たちが外に出ようと攻撃している。見るとガラスケースにひびが入っている。


 「おぉっと、いけない!鬼蜂は怒らせると怖いんだよねぇ!やぁ、ルリーポ、マルダ、メンべ、スイミン、ラーメン、チャーハン!みんな荒れてるね今日も!」


 私はにこやかに挨拶しながら、エサである虫たちをケースに放り込む。友人たちが楽しく食事し終わっているので最後の在庫確認だ。

 棚にぎっしりと詰まれた箱。これら一つ一つに私の収集品が入っている。ぷにるがリストを投げ渡してくるので、それを受け取り素早く確認。


 「鉄火石が少ないなぁ。レポート用のデーモン草を採取しとかないと。提出用のビリビリ虫も捕まえとかなきゃ!よしっ、朝の確認オッケー!」


 そこまで確認した私は、机に散らかされ…ではなく、並べられた書類や何やらを横にやりフルーツバスケットからリンゴを取り出しかぶりついた。

 最後に鏡を見て身だしなみチェック。

 

 しかし、こう見ると自分の顔に悪い意味のため息が出る。少年である自分の身体はかなり細い。筋肉がまったくないガリガリだ。

 顔の方は、まぁ、普通、だと思いたい。


 やや癖のある若葉色の髪に黄色の瞳。まぁ標準的な色合いだ。何?明らかに変?うるさいキャラ付けなんだ。これぐらいの個性はつけさせろ。

 

 とりあえず、時間もないしさっさと学校に行こう。

 私はさっきと別の棚に並べられた、ひょうたんのような形をした手のひらサイズの壺を一つ取り出した。壺には緑色の液体のようなものが入っているが、それが入っているのは手に持っているこれ一つだけだ。


 「ちぇっ、もう魔力がない。帰ったらためておかないと!…あっと、そうだそうだ、忘れる所だった!」


 私は急ブレーキをかけて戻ると、棚に置いてある遺影に手を合わせた。


 「父さん、母さん、いってきます!」


 今はもう亡き両親に挨拶を終えたら急いで玄関を出た。

 眼下に広がるは、見慣れた光景。

 煉瓦と木材で作られた建物一つ一つが空中に浮かび、本来、建物の間に存在するはずの道はなく、代わりに建物の間をつないでいるのは橋だ。上下左右あちこちに所狭しと建物が浮かんでいるのだ。地上から50メートルぐらいは浮かんでいる。


 その建物を行きかうのは絨毯やら、箒にまたがる人々だ。


 数百年前ならあり得なかった光景を目の前に、時代の移り変わりの儚さと文明発展の素晴らしさに想いを馳せる…訳でもなく、普通に急ぐ。何故ならば遅刻しそうだから!


 玄関の扉をしめカギを掛けたら、傍に立てかけてある箒の盗難防止用のチェーンを外し、それにまたがる。

 箒には自転車のようなサドルがあるから、おしりも痛くならない。

 箒に跨ると、柄の部分に壺の注ぎ口を下にしてペットボトルの蓋のように回して取り付ける。

 柄の部分はバイクのグリップハンドルになっており、それを手早く回す。

 壺の中に入った緑色をした何かが強く光り、私は空に舞い上がった。

 

 (あ、そういえば、ぷにるにエサをやるの忘れていた。…ごめん、ぷにる。おやつ買ってくるから許して)


 心の中でぷにるに詫びながら、私は目の前を行きかう箒の列に加わった。急いでいたもので前にいた男性とぶつかりそうになる。


 「おい、あぶないだろう!」


 「ご、ごめんなさい!」


 男性に怒られた私は逃げるようにその場を後にした。


 「あら、ライトじゃないか!」


 誰かが下から声をかけてきた。

 隣に住むおばさんだ。家の庭の掃除をしていたようで、箒ではいている。


 「今日は休みじゃなかったかい?」


 「えぇ、そうなんですが展示会が今日だったの忘れていて。すいません、急ぐんでこれで!」


 「あら、そうなのかい。ごめんよ。騎士団のお勉強頑張ってね!」


 飛び去る私におばさんは元気のよい声をかけてくれた。それを背にうけながら私はため息を漏らさずにはいられなかった。


 「正確には、騎士団のお勉強じゃないんだけどな…」


 独り言ちながらも先を行く箒の間を上手くすりぬけスピードを上げ、周りの景色を置いていく。

 街中にあちこち漂う煙の中には映像が映し出されている。いつものニュースだ。

 

 『異世界とこちらの世界が繋がり、早くて104年経ちました…』


 『近頃、魔物が活性化していると聞き、現場では…』


 『はい、今回ご紹介するのはこちら。高田製品の新作の魔術杖!』

 

 ゆっくりみる暇もなく、私はニュースの煙をすりぬけて学園に急ぐ。

 しかし、箒の列が止まった。

 赤信号だ。遠くの方で、空中に三つの黒いランタンが横列で浮かんでおり、その内の一番右のランタンが赤い炎を灯している。

 

 「もう、急いでいる時に限って!」


 しかも、ここの信号はちょっと長い。まぁ長い横断歩道だから仕方ないのかもしれないけれど。私はイライラしながら、指をトントンし始めた。

 すると、左後ろから悲鳴と何かが次々に壊れる音がした。瞬間的に私は振り向いた。


 目の前に、長大の絨毯が猛スピードでうねりながら迫ってきている。しかも周りに浮かぶ他の絨毯や箒を巻き込みながら。

 事故だ。このままでは巻き込まれて、最悪死ぬ。しかしあまりの速さによけられない。

 

 思わず身構えたその時。

 灰色の何かが上空から現れた。それはまるでSF映画に出てきそうなパワードスーツを着た何者かだ。西洋の騎士の鎧とパワードスーツを混ぜたデザインだ。

 全身をくまなく覆う灰色のパワードスーツはどこか、蝙蝠のような印象を受ける。

 

 その人が両腕を広げると、両腕から青い光が絨毯を包み込むようにあふれた。光は瞬時にゼリーのようにぷるぷると固形化し、迫りくる絨毯を柔らかく受け止めた。


 「あれほどの質量とスピードを事も無げに、受け止めるなんて…」


 悪癖である独り言を口にしてしまうが、特に意識はしなかった。


 周りから、歓声が上がる。驚いて辺りを見回すと助かった人々が声を上げていた。

 私も助かった安堵で、長く息を吐きだす。緊張がほぐれて、恐怖を感じていたのが分かる。心臓が早鐘のようにうちつけて痛いぐらいだ。


 (しかし、何者なんだ…?)


 助けてくれたその人をよく見ると、その姿はスーパーヒーローと呼ぶに相応しい出で立ちだ。窮地を救ってくれた謎の騎士。

 その騎士の右肩には、馬の横顔とその後ろに剣が描かれたマークがある。騎士団のエンブレムだ。

 その人がゆっくり振り返ると、「あれ、ライトじゃないか?」と声を出してきた。

 すぐに、声の主が分かった。


 「ルナ!もしかしてルナなのかい?」

 「そーだよ、お前危なかったな~。大丈夫か?怪我無いか?」


 声の主がこちらに、心配そうに声をかけてくると鎧の兜じみたマスクが、獣の口を開けるように開いた。

 そこにあったのは、見慣れた知的そうな線の細い顔立ちの友人、ルナだ。


 「き、君こそどうしてここに…?その姿は一体どうしたのさ?」


 「これか?新しく開発した魔道具だよ。さっきそこで実地試験やっててさ。後で展示会にもっていくんだ」


 「展示会?おいおい大丈夫かい?もう時間ないよ、遅刻じゃないか」


 私が慌ててまくし立てると、彼は不思議そうな顔をした。


 「何言ってんだ、お前?まだ一時間も時間はあるぞ」


 「え?でも時計に…」


 私が間抜けな声を出したのを聞いて、何か分かったようにルナは目を細めた。


 「お前、昨日、時計壊れたから買い替えなきゃとか言ってなかった?」


 それを聞かれて思い出す。確かに時計が遅れていたので、買い替えなきゃとか言っていたような気もする。


 勘違いで慌てた恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じる。


「電子時計とか、他の時計は見なかったの?」


 ルナが冷静な声でつっこむ。


「慌てすぎちゃって、ちょっと見なかったですねぇ」


 私が俯いてそういうと、ルナはやれやれといった表情で首を横に振っていた。


 「本当、昔からそそっかしいよな。慌てると特に」


 「何だよ。そっちこそ、大丈夫なのか?実地試験やっていたって事は、まだそれ公的には許可されていないんだろう?それをここで使って大丈夫なのか?」


 私がムッとして言い返すと、ルナはため息をついた。


 「お前、僕に助けられたくせに」


 確かにそれはそうだ。ちょっと悔しいが頭をさげよう。


 「はい、ごめんなさい。ありがとうございます」


 「おう、それでな許可についてだけど、まぁ緊急時って事だったし何より人を助ける事が目的だったし。怒られても今回のスーツや、俺の評価の減点には繋がらないと思う」


 「ふぅん、そこまで考えるなんてあいかわらず、賢いな」


 「どっかの誰かさんと違ってな」


 私がその言い方に怒る間もなく、ルナは軽やかに上昇し声を上げた。


 「みなさん、こちらは騎士団です!絨毯は押し止めました!まもなく騎士団部隊もきますので落ち着いて彼らの誘導にしたがって下さい!」


 ルナはその言葉を何回か繰り返すと下降し、絨毯を確認すると、「よし、これなら大丈夫そうだな」と言い絨毯をつつんでいる魔力に手を置いた。

 すると魔力の塊は氷を急速にとかすように、瞬時に崩れ去った。魔力を解除しても絨毯は落下する事なく浮き続けている。


 一仕事を終えて隣に戻ってきたルナは少し疲れた表情をしていた。


 (疲れているな、ルナ。まぁルナも戦闘班じゃないしな)


 ふと目を横にやると鎧を身にまとった連中が絨毯に乗ってやってきた。騎士団だ。

 騎士団の一人が箒にまたがって、こちらにやってくる。


 「連絡を受けてきたが、これをやったのは君か?」


 ルナの方を向いている。


 「はい。絨毯は押しとどめました。しかし、絨毯に乗った人や他の人たちはまだそのままです」


 「そうか、ご苦労。顔を見るに君はまだ学生だな?今日は展示会だったはずだ。後は我々に任せていきなさい。君の処遇に関しては追って連絡する」


 「はい、失礼します」


 手早く報告を済ませると、騎士は被害にあった絨毯の方に行った。見ると他の騎士たちも動いている。


 「行こう。もう邪魔になる」


 ルナに肩を押され移動する事にした。箒に跨ると、いつの間にかルナは身にまとっていたアーマースーツを巨大なボックスにしまっていた。同じく箒に跨ったルナと一緒に私たちは学園に急ぐ事にした。


 (あ、時間に余裕あるんだったら、ぷにるの方に行ってご飯あげればよかったな)


 そう思ったが、もう学園についてしまった。


 学園は地上にあり、その全容は横に長く縦には短い。学園の中で一番高いのは、中央に立つ時計台くらいなもんだ。


 「いやいや、朝からとんでもない目にあった」


 私が箒から降り、地面の感触を確かめるとルナは顎に手をやった。


 「絨毯の運転手が、口から泡をふいていてな。心臓発作かもしれない」

 

 「まぁ、なんであれ助かったよ」

 

 「300円だぞ?」

 

 「金とんの⁉」

 

 「冗談だよ」


 校門をくぐりながら、私たちはいつものように会話する。いつも騒いでばかりの私と違い、表情の変化が乏しいから彼の言う冗談は本気かどうか分からない。

 

 「にしても、さっきのそれすごかったな。それ使えば誰でもどこまでも飛べるのか?」

 

 私がルナの傍らに浮かぶボックスを指さすと、彼は「あぁ…」と思い出したように話し始めた。

 

 「いや、これ魔力結構消費するんだよ。まぁ騎士団の人が使うなら問題ないけど。そもそもこれ単体で遠くまで行くことは考えて設計していないよ。あくまで絨毯とかでは行きづらい狭い谷間とか強風の吹き付ける所とか。そういう補助の役割として開発したから」


 私は思わず、その技術力に感服してしまう。


 「すごいな。よくこんなの作れたな」

 

 私が褒めると、ルナは僅かに口角を上げた。表情が変わりにくい彼には珍しい明らかな笑みだ。


 「まぁ、結構時間かかっちゃって変だったけどな」


 「それでも本当にすごいよ。こいつを使えば多くの人を救えるな。今日の展示会は絶対君が優勝だよ!」


 「相変わらずうるさいやつだ」


 ルナはそう言ってそっぽを向くが声音から、照れ隠しだと分かる。相変わらず私の友人は素直じゃない。


 「何だよ、お前みてぇなのが優勝するって?」


 嫌いな奴の声が横から飛んできた。視線を横にやると態度の悪そうな三人組がニヤニヤしながら近寄ってきた。


 「マーズ…」


 私はきっと苦虫を潰したような顔をして相手の名前を呼んでいる事だろう。三人組の真ん中にいる太っちょ。それが彼、マーズだ。マーズはルナのクラスメイトなのだがかなり意地が悪い。

 政治家の息子である彼は、それを鼻にかけていつも私たちや、他のやつらに絡んでくるのだ。


 マーズは目をぎらつかせて、足を鳴らしながら近づいてきた。

 

 「なぁ、何て言ったんだよ。誰が優勝するって?こいつが?はぁ?もっぺん言ってみ、うん?」


 マーズは嗤いながら、私たちに顔を近づけ聞いてくる。マーズと一緒に後ろにいる二人の手下もニヤニヤ笑っている。


 「馬鹿言ってんじゃねぇよ、俺が優勝するに決まってんだろう?このクズども。おめぇらはさ。俺の優勝の引き立て役な訳よ」


 マーズが嗤って言うと、手下はゲラゲラと汚い笑い声を上げた。


 (あぁ、もう。このクズ。親が政治家で金持ちだから、調子に乗りやがって!この馬鹿。とっととどっかいけ!)


 悪態を口に出せず、私は縮こまるしかなかった。今ルナには私が肩を震わせ怯えている姿が見られている。それがなんとも恥ずかしかった。


 政治家の息子という権力者の立場もあるが、このマーズの性格が如何ともし難かった。威圧的な態度が私から冷静さを奪っていくのだ。


 「なぁ、おい。無視すんじゃねぇよ」


 マーズは私の顎をつかんで無理やり上を向かせた。息が臭い。そう思って顔をしかめると同時に、顎を掴んだ腕をルナがはたいた。


 「やめろよ」


 「お、なんだよ。キレた?キレたか?」


 マーズはルナを睨むが、ルナは涼しい顔で受け流した。

 

 「誰が優勝するかなんて、結果が出るまで分からないだろう?お前も他人の事なんて気にしてないで、さっさと自分の発明の準備でもしたらどうだ?」

 

 ルナは極めて冷静に述べながら、私を庇うように前に立った。ルナの背中がとても頼もしく感じると同時にひどく惨めな気分になった。


 (最悪だな、ルナに守られてばかりで何もせず…)


 「あと、こいつにも絡むんじゃねぇよ。二度とな」


 ルナが目つき鋭くしてそう言うと、手下二人は少し怯えた表情になるが、マーズは親という後ろ盾があるから、余裕なのか。笑みを消して眉をひそめた。

 しばらく睨みあっていた二人だが、マーズが何か思いついたように、眉を上げまたいやらしい笑みを浮かべた。


 「あぁ、そうするよ」


 マーズは背をむけ、手下二人に「行くぞ」と言って引き下がっていった。

 マーズたちが見えなくなると、私は細く息を吐きだした。


 「あぁ~、びびちゃった。ごめんな、いつも君に頼ってばかりで…」

 (あぁ、本当に何て私は情けないんだ)


 私が自らの惨めさを隠すように頭を下げていると、ルナは肩を軽く叩いた。

 私が顔を上げるとルナは制服の内ポケットから小さな銀の横笛を取り出した。


 「それは…?」


 「これは、まぁ。魔物除けの横笛でな。魔力を込めながら吹くと、魔物が嫌がる周波を発するんだ。これお守り代わりにやるよ」


 「えぇ!そんなすごいのを!」


 「別にすごかねーよ、低級から中級の魔物にしか効果ないから。俺の一個前の先輩がこれよりすごい物作ってさ。そっちは上級クラスまで行動を抑止出来るんだよ。再来月には大量生産されるんだって」


 「へぇ~」


 思わず関心してしまった。ルナよりもすごい物を作るなんて、世の中、上には上がいるもんだなぁ。


 「それでさ。前の時の展示会でそれが優勝だったんだよ。俺もやってみようと思って作ったけど、こんなんしか出来なくてさ。よかったらやるよ」

 

 ルナはこちらに笛を向けてきた。彼なりの気遣いなんだろう。


 (全く、発明バカなんだから。こういうやり方でしか人を励ませないんだよなぁ。こいつ)


 だが、私は嬉しかった。ちょっと不器用だけど優しいこの友人の気遣いが私は好きだ。


 「ありがとう。もらっておくよ」


 私は笛をもらって、制服の内ポケットにしまいこんだ。


 「よし、じゃあ。今度こそ行こう。もうそろそろ時間も少なくなってきた」


 「あぁ」


 私たちは学内に急いだ。

 展示会会場は体育館全体を貸し切って、執り行われる。パワードスーツの設置を終え、私たちはしばらくあちこち展示品を見て回る事にした。


 会場には人が多く、まだ客は入っていないがそれでも賑わいを見せていた。展示会自体は審査員は外部の人間だが、客は普通にこの学園の学生だ。

 歩いていると一つのブースに人が沢山集まっている所があるのを見つけた。見ると何かのポスターがでかでかと貼ってあるのだ。


 何だろうと見てみると、もうすぐ学校で開催されるダンスパーティーのお知らせだった。


 「うっへー、ダンスパーティーかぁ」


 ルナも覗き込んでくる。


 「ダンスパーティー?良いじゃないか?誰か誘えよ。お前暇だろう?」


 「一緒にするなよ、モテ男。私は女子と上手くしゃべる事も出来ないチキン野郎なんだぞ」


 平然と言ってくるルナに私はじろりと睨む。

 

 「まぁ、確かに僕はお前と違って相手はたくさんいるけども」


 「本当っ、嫌な言い方するよな!」


 「もう慣れた事じゃないの」


 息を吐くように毒づく友人は何かを見つけたように遠くに目をやった。


 「ほれ、お前の意中の相手もいるじゃん。確か、名前はサン・プロミネンスだっけ?僕でも知っているよ。戦闘班のエースだって」


 彼の視線の先には、いかにも不良そうな見た目をした女子がいた。

 髪はショートの金髪で気の強そうな目つきをしている。背はわりと高い方だろう。私よりも少し高いくらい。スレンダーな体系でスカートから見える白い太ももが美しい…って、変態か!私は!


 私は途端に恥ずかしくなり、両手で顔を隠し伏せた。


 「お前、本当何で彼女の前ではそうなるんだ?」


 「き、君に分かるわけないだろう。好きな相手の前だとこうなっちゃうんだよ!」


 「何であの子なの?ちょっと悪っぽそうだけど?」


 「見た目で判断すんなよ!彼女は素敵な人なんだ!」


 ルナは首を傾げた。


 「何か事情がありそうだな。話してくれよ」


 少し、恥ずかしいがまぁ良い。話してやったら知りたがりの彼も気が済むだろう。


 「昔、私は父の影響で戦闘班希望だったろう?」


 ルナは一つ頷いた。


 「父は冒険者だったけれど、私は父の強さに憧れていたからな。

 けれど魔力が潜在的に足りず、身体も弱く鍛えられなかった私は、戦闘班を落ち、第二希望の魔物研究班に入った。でもやっぱり当初は現実を受け入れられず不貞腐れていた。

 授業をサボり、中庭のベンチに座っていた時に彼女がやってきてな。彼女、戦闘班だったから、その日は中庭で戦闘訓練だったんだ。

 それで私が気になったらしく聞いてきた。

 

 「どうしたんだ。その腕の腕章、アンタは魔物研究班だろう?何故ここにいる?」


 とりあえず面倒だったから、理由を答えたらさ。彼女に怒鳴られたよ。何してんだって。もうその瞬間に恋したね」


 ルナは汚い物を見るかのような目つきになった。


 「え?何?お前怒鳴られて喜ぶマゾ?ドM?」


 「なっ!違うし!あの時、私は本気で怒ってくれた彼女に胸を打たれたんだ‼あの時彼女は教えてくれたんだ。

 「お前が望んだ所に行けなかったのは残念だろう。しかし、お前がいる場所でしか出来ないことがある。私たちは騎士団だ。人の命を背負って戦っている。たとえどの班でもだ。お前のやったことがいつか人を救うかもしれない。それを忘れるな」って」


 今、思い出しただけでも胸が熱くなる。私は目を覚ましてくれた彼女に恋したんだ。

 ルナもようやく納得したらしく、何度か頷く。


 「そんな話知らなかったなぁ~。というかそんな酷く不貞腐れていたのか。こっちの耳には届いてなかったな、そんなにいじけていたなら噂くらいにはなりそうだけど」

 

 「まぁ、サボったのはあの一回だけだったし。何より私と君は班も違うし。君も忙しかっただろう?知らないのも無理はない」

 

 「まぁ、なれそめは良いとして、お前それからどうしたの?」


 「彼女の健康と安寧を日々願っている」


 「他は?その後、話しかけたりとかは?」


 私はゆっくりと目をそらすと、ルナは大きくため息をついた。


 「このチキンバジル野郎」


 「チキンバジルって何⁉何なの?その罵倒!」


 「勇気のない草食系男子」


 「よし分かった。戦争だ」


 「お前、僕に勝てると思ってんのか」


 「すいませんでした」


 「プライドないのかよ、お前」


 いつものコントをやってしまったせいで話がそれた。わざと咳払いし、話を戻す。


 「まぁそれでだ。彼女に言われた事が今、私の指針となっているのさ」


 「指針?」

 

 「私の出来ることで人を救う!」


 笑顔で私が言い放つと、ルナはフンと鼻で笑った。


 「な、何故笑うんだ!」


 「人を救う前に、自分の事を考えたらどうだ?」


 ルナが前の方を指さすのでそちらを見やると、彼女、プロミネンスさんが歩いてきた。鋭い眼光で辺りを見回している。

 

 「わわっ!目、合わせないようにしなきゃ!」


 「いや、逆に目合わせろよ。話しかけづらくなるだろう」


 「話しかけるって何だよ!無理だよ!そんな事!何でそんな事すんだよ!」


 「あ~、もう良いよそういうの面倒くさい」


 ルナはかったるそうに後頭部をボリボリとかくと、プロミネンスさんに向かって「お~い」と声をかけた。

 



 

 



 



 



 


 


 


 


 


 


 


 


 


 




 


 

 


 


 


 




 


 

 


 



 


 


 








 


 




 


 



 

 

 



 

 

 

 





 




 


 


 

 


 

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