絶対悪は生まれ変わる

 かつてこの地上には、悪の限りを尽くす魔王がいた。


 代々魔王の家系に生まれた彼は幼い頃から、大魔導師も越える強大な魔力を持っていた。千年に一度の天才として彼は成人と同時に魔王に即位する。しかしそんな実力と裏腹に、彼は魔王の地位と権力、そして生まれながらにして持った魔力を乱用し周囲や多くの人々を苦しめた。


 年齢性別問わず人間を卑下し、無差別に拉致監禁しては強制労働や拷問、あるいは魔物化薬で配下にした。最悪の場合、他の人間への見せしめに虐殺さえあった。配下の魔物たちのことも、都合の良い駒としか思わなかった。任務を遂行できなかった者はもちろん、裏切り者は例え家族だろうが、優秀な側近ジーだろうが、この世のものとは思えない非常に残酷な拷問と死刑を与えた。


 先代から受け継いだ地位、権力、財力、そして天から授かった強大な魔力で、長年に渡り暴虐非道の限りを尽くしてきた魔王。ところが、彼の悪行三昧もいつまでも続いたわけではなかった。


 魔王のためという理由だけで、大事な存在を奪われ、心身共に傷つけられた人間たちは同じ怒りを持つ者同士で手を取り合い、勇者団を結成。魔王率いる魔物軍団に武力反乱を起こした。自由と平和と愛のために必死な人間たちを虫けら同然と見下す魔王。


 しかし人間たち一人一人の想いに、魔王の想像を遥かに超える強大なエネルギーが伴っていた。そしてすべての命が心を一つにして生まれた光の大剣で、魔王は己の肉体を切り裂かれ、その魂は天へと昇り去っていった。


 男も女も老人も若者も、地上すべての人間が魔王を憎み、死後も魔王が永遠に地獄で罰を受け続けることを願った。そんな中、一人の聖人は魔王を憎まず、いつか必ず魔王が転生して善の心を持つように天の神に祈った。


 魔王討伐から長い年月が経っても魔王による被害がすべて解決したわけではなかった。一見平和なその陰では魔王軍の残党が人間に扮し、人間を殺すなど卑劣な犯罪を重ねていた。そしてある時、元上級幹部のジーが新しい魔王として即位し、世界は再び魔物の脅威にさらされることになる。


 裕福な家に一人の男の子が生まれた。男の子が成長すると家が古くなったので、同じ場所に新しく家を建てることになった。ところが実はその場所は、魔王の強大な魔力と悪行の数々で長年に渡り負の魔力が蓄積していた。それでも彼は人生のある時期までその悪影響を受けなかった。一人っ子だったため両親や祖父母に溺愛されて育った。家族だけでなく友達にも恵まれ、周りの人たちに囲まれながら彼は毎日楽しく幸せに暮らしていた。


 ところが家の建築から一年後、彼が男の子から少年に成長する頃。彼の幸せな生活は一転し、謎の不幸ばかりが起こる地獄の人生に変わり果てた。元気だった祖父母の突然の事故死から母が新興宗教に入信。家の貯金もすべて注ぎ込んで父と夫婦喧嘩になった。


 以前は優しかった父も母もお互いに不満が溜まり、やり場をなくした感情を少年にぶつけるようになった。喧嘩の度ではなく、毎日の生活で目が合う度、無関係なはずの少年に、両親はこの世のものと思えない暴言を浴びせ暴力を振るう。大好きだった祖父母が死んでも両親は慰めるどころか理不尽な虐待ばかり。ある夜、少年はついに耐えかねて家出し、友達の家へ避難した。


 ところが友達は冷たい態度を取り、少年がどんなに事情を説明しても「少年が悪い」とばかりに自分の家から追い出す。一番仲良しの友達も、一緒にふざけ合った男友達も、優しくしてくれた女友達も、少年を家には入れず、冷たく突き飛ばした。


 友達の家族や道を歩いていた見ず知らずの大人や子供も、少年を知らんぷりした。ようやく駆けつけてくれたかと思いきや殴り蹴りに過激な暴言、挙句には強い人格否定と、少年はさらに傷つけられた。服は汚れ、体は傷だらけに。不特定多数から心ない罵言の雨で濡れ傷ついた少年は小さな安い宿屋に到着する。



 宿屋の中は暖かく、彼の傷ついた心と体を少しだけ癒した。受付の従業員は笑顔で挨拶してくれ、休憩室の隣に彼を案内する。食堂の従業員も笑顔で料理を運んで来てくれた。安い宿故か、味は一年前まで両親が作ってくれた家庭料理に比べてとても不味かった。でも、家出直前は虐待が激しく両親はろくな食事すら用意しなくなったので、食べないより遥かにマシだ。


 会う人全員に嫌われる自分に、笑顔で接してくれる宿屋の従業員に、少年は一生分の感謝さえ覚えた。しかしその従業員たちさえも、休憩室では少年に対して不満をこぼしていた。休憩室は少年の部屋のすぐ隣。安い宿故に壁は薄く、隣の部屋の悪口も丸聞こえ。


「私たちが食べるためには悪魔のような輩も助けねばならぬとは。この世はなんて皮肉なのか」


 憤慨する受付の従業員に、食堂の従業員は頷きつつ、しかめ面で呟く。


「残念ながら、君の言うことは真理のようだ。だが、常に最大限のサービスを与える必要はない。特に、凶悪犯罪者に対しては必要最小限の食料と寝床以外は与えなくて良い」


 もしこの従業員たちが休日に出かける一般人だったら、他の人々と同じく、怖い表情を隠さず少年を怒鳴りつけただろう。実際、従業員たちの笑顔は彼らの義務で最低限のサービスに過ぎず、決して心からの本当の笑顔ではない。


 それでも、会う人すべてに嫌われる少年にとっては数少ない安心感をくれる希少なものだった。たとえそれが、心のない偽りの笑顔だったとしても。従業員たちが与えてくれたものが本当は愛ではなく、たとえ最低限のサービスだったとしても。少年にとって、従業員の仕事が、偽りの笑顔が、少年の心と体を少しでも救うことに貢献したことには変わりなかった。


 就寝中、いきなり部屋の扉を殴り飛ばす音が聴こえ、硬い寝床の上で目覚めた。寝床から天井を見上げると、大柄の男が寝ている少年の体を見下していた。


「おい、ガキ! ここは俺の部屋だ、とっと出て行け!」


 早朝の宿に怒号が響く。男の顔は、天井の照明に対して影がかかり、怖い表情に見えた。もちろん、実際には少年が先に入っていたわけなので、少年は男に言い返した。


「違う、僕が先に入ったんだよ。おじさんが出て行ってよ!」

「うるせぇ、もうここは俺の部屋だ。早く出て行け!」


 少年が間違いを指摘し、男が逆上したことで激しい口論に発展した。騒音にうなされた他の客が従業員に報告し、従業員の仲介でようやく喧嘩が収まった。ところがなぜか喧嘩の責任は、後から部屋に入ってきた男ではなく、先に部屋にいた少年に対して問われた。


「他のお客様と従業員が迷惑しているので、さっさと出て行ってください」


 極力優しめの声に敬語だがキツい語尾で仲介役の従業員は、少年に今すぐ宿を出て行くよう頼んだ。本当ならば時と場所関係なしにかなり強めの命令口調で叫びたかっただろう。結局、少年は朝食もなしに宿屋を追い出されてしまった。



「何で僕ばかり苦しまなきゃいけないんだ。僕は何も悪いことをしていない。絶対に悪くない!」


 別の宿屋や民家を当たったが、どこに行っても必ず、見ず知らずの人に怒鳴られ殴り蹴りされた。男も女も大人も子供も、老人も若者も王様も農民も、お金持ちも貧乏人も、会う人すべてが少年に罵声を浴びせ暴力やいじめを振るってくる。


 数えきれないほど夥しい地獄の暴力に傷ついた少年のもとへ、一人の若い修行僧が偶然やって来た。他と違って穏やかな立ち振る舞いから相手が修行僧だとわかると少年はすぐさま助けを求めた。


「家族も友達もお店の人も、誰も助けてくれない。会う人みんなから殴られたり蹴られたり怒鳴り散らされたりで。朝ご飯も食べていないし、このままでは死んでしまいます。僕は何も悪いことしてないのにこんなの絶対おかしいです。こんな僕を助けられるのはあなた一人だけです!」


 残り少ない力を振り絞り、何度も助けを乞い、何度も土下座を繰り返した。体も顔も涙と泥まみれの少年の必死な形相を見て、修行僧は何秒か沈黙したのち、悲しげな表情で話し始めた。


「相手がどんなに愚かでたとえ極悪非道な人物だったとしても、決して相手を傷つけたり見捨てたりしてはならないこと、そして助けなくてはならないことは分かっています。本来なら私はあなたを助けるべきでしょう。いや、助けたいのです」


 今にも修行僧は泣き崩れそうだった。少年を放っておけない善意と少年に対する奇妙な違和感との間で葛藤しているように見えた。


「しかし、今のあなたからは非常に危険な気配を感じます。"絶対に助けてはならない、絶対にだ"と私の魂に守護霊が強い口調で叫んでいるのが聞こえます。守護霊は私の身の安全のために全力で警告されているのです」


 その守護霊は目で見ることも耳で聞くこともできないが、どうやら人間の行動に助言する"勘"の役目をする存在のようだ。


「もし私があなたを助け、あなたが助かったとしても、あなたのカルマに私まで巻き込まれ、あなたはまた大事なものを失う。お互い不幸になるだけです」


 長い話を終え、修行僧は少年に呼び止められるのも構わず、急いでその場から去ってしまった。


「私はまだ、あなたを助けることはできません!」


 心優しい善良な修行僧にも助けてもらえず、喉は渇きお腹は空く一方。何日も放浪するうちに気づけば隣の村へ到着したようだ。


「隣の村の人なら、きっと……」


 何軒か家を回ったが、どの家の人も必要以上に過激な罵声を浴びせホウキやクワを振り回して少年を追い払った。中には槍を振り回し「こいつは魔物だ!」と周囲によく伝わる大声でわざと嘘をつく奴もいた。少年を一目見ただけで村中は怒りと恐慌の阿鼻叫喚に。仕事中の大人も外遊びの子供も全員がすぐさま家に閉じこもった。日が沈み夜が訪れても、少年を家に入れる村人はいなかった。


 夜になると、この村には魔物の群れが襲来し村の大通りを徘徊する。魔物は人間を襲う習性を持つため、人間は夜になる前に家へ帰る。そしてこの村の大人は子供に「絶対に一人で行動してはいけない」と口酸っぱく教えるのだが、同じ子供で人間でも、少年だけは危険な屋外で野宿を強要された。


 人気のない外に一人の人間がいるだけで大目立ちし、すぐ魔物たちに見つかり包囲されそうになる。人間からも悪魔のように扱われてきたわけだから、魔物はなおさら容赦しない激しい集中攻撃を繰り出してきた。魔物の群れに攻撃され身体中に怪我を負いながらも、少年は何とか走りきり村外れの小屋に隠れた。


 そこは家畜小屋のように悪臭が酷かった。窓から差し込む月光に照らされ、別の人間ももう一人いることがわかる。少年よりも少しだけ幼い少女で身体中泥まみれだった。彼女も他の人間たちから悪魔のような酷い扱いを受け、この不衛生極まりない小屋で豚の餌を食べて暮らしていた。


 彼女を人と思わない他の村人に対し少年は強い怒りを抱き、少女を連れて村を脱出する。同じ境遇の者同士は身を寄せ合う。少年は少女から食べ物を分けてもらい、少女は少年に守ってもらい、本物の兄妹のように助け合って生きた。



 それでも二人を取り巻く環境は非常に厳しかった。街を歩いただけで、少女が激昂した男に過激な暴言と暴行を受けたとき、少年はこれまでの人生の中で一番強い怒りを覚えた。


「彼女は何も悪くない。とても優しい子なのに、どうしてみんな、酷いことができるんだ!」

「僕たちも同じ人間だ。みんなと同じように、幸せに生きたっていいのに!」


 二人は自らの自由と平和を求め"真の勇者団"を結成し啓発運動を開始。自分たちに向けられる暴言、暴力に毅然と立ち向かった。


「暴力をやめろ、同じ人間を傷つけるな!」

「いじめは良くない、どんな人もいじめちゃダメ!」

「僕たちも美味しいご飯を食べて、暖かい布団でゆっくり寝たい!」


 街中を行進しながら大声で呼びかけ続けた。二人の叫びを聞いたその場の全員は大人も子供も足を止める。街の人々は二人を見るなり豹変し、激しい罵声を浴びせ始める。中には、泥団子を投げつける悪童もいた。


「悪魔の子に美味しいご飯は必要ない」

「泥団子でも食えよ」

「ただの小汚えガキ共が真の勇者団 名乗る時点でむかつくんだよっ!」


 結果として火に油を注いでしまい、二人とも体も服もさらに泥と埃に汚れた。二人はその場から緊急避難を余儀なくされた。


「悪い子は地獄の鞭でずっと叩かれてろっ!」


 適切な手当てもしないまま傷だらけの足で歩いていると、異常なほどの泣き声と狂うような怒声が聞こえてきた。今度は二人に対してではなく親が幼児を鞭で何度も叩いていた。あまりの激痛に幼児は泣き叫んでいた。また、服を没収されたのかその子は上半身裸でいくつも傷があり、寒そうに震えているようだった。自分たちより幼い子が自分たちと同じ目に遭っているのを、二人は放っておけなかった。


「いくら悪い子でもこんなに叩くなんて可哀想だよ。鞭で叩いたって悪い子は良い子にならない!」

「本当にこの子のためなら、ちゃんとした服を着せて暖かくしてあげて!」


 二人は幼児の前に盾となり立ち塞がった。ところが、親はまったく聞かないばかりか悪魔の形相で睨みつけ、両手で二人の胸ぐらを掴む。


「お前たちも尻を叩かれたいのかっ!」


 当の幼児も、差し出された汚い服を嫌がる上に「消えろ!」と乱暴な口調で二人を叩き回し、力ずくで追い払った。


 良い行いをしても誰も笑ってくれず誰からも罵声や暴力を浴びせられ、誰も助けてくれず、二人は心身共に極限状態へ陥った。


「ねぇ。私たち、誰を頼ればいいの。どこへ行けばいいの?」

「いや、もう誰も信用できない。僕たちはどこへ行っても除け者にされるんだ」


 他すべての人間に憎しみを抱いた少年は拳を固く握りしめ、過酷な世界への復讐を誓う。


「この世界の人間すべてを殺してやる。僕たちを傷つけた奴も、これから傷つけようと思う奴も」


 怪しい商人から魔物化する薬を買い、少女と一緒に魔物化して村に襲撃を仕掛けた。小さな体に心優しい少年と少女は今や理性を失い、本物の魔物のように暴れ回り、誰彼構わず人間を襲い、無差別に家を破壊した。勇敢な兵士たちが出動し武力抵抗したことで、攻撃を受けた二人の魔物は倒れて動かなくなった。彼らが気絶している隙に、兵士の団長は両手に持った二つの剣で、二人まとめてトドメを刺そうとした。


「待て! この子たちは人間の子供だ!」


 とっさに、若々しい美青年が制止した。さっきまで凶悪だった二人の魔物は、泥まみれの幼い少年少女の姿に戻っていた。



「心ない人間たちへの憤り、そんな理不尽な世界の暴力から妹を守りたい気持ちはよくわかる。しかし憎しみだけでは本物の魔物になってしまうし、魔王の過ちの二の舞になる」


 二人を助けた聖人は、二人がしたことの危険性を口説く。そして、二人の身に起こる数々の謎の不幸についてその根本的な原因を明かす。


 二人の前世は同じ一人の存在。その正体は、かつてこの地上で多くの人々を苦しめ殺めた暴虐非道の魔王だった。彼の作ったカルマは死ぬまでに解消しきれなかったほど非常に重いものだった。一つの魂では抱えきれないため、神の愛によって一つの魂から複数の魂へ分離した。


 少年と少女以外にも、魔王のカルマを背負う人間は何人もいる。彼らもそれぞれの故郷で除け者にされたり、酷い虐待を受けたりと、不幸な人生を歩んでいた。過去世で自らが痛めつけた人々、殺めた人々の悲しみと苦しみを、同じように自らも肉体で体験し学び、同じ過ちを二度と繰り返さないために。


 聖人の家は質素な病院や寺院のようだった。館の周囲には魔物を防ぐ強力な魔法壁が張られ、安全性は高いといえた。魔王のカルマは呪いのようなもので、魔王のカルマを持つ人間は、通常の幸せな人間に比べ、暴力と魔物を引き寄せやすい体質だからだ。


 聖人の館には同じく魔王のカルマを持つ人間が何人か住んでいた。彼らもそれぞれの故郷で除け者にされ、極限の孤独を味わった反動から、同じカルマを持つ者同士 助け合って集団生活を送っていた。暴力、虐待、いじめ。凄惨で壮絶な人生を歩んできた修行者たちは心優しく、新入りの二人を歓迎した。少年と少女も、聖人の館に住まわせてもらい、カルマ解消の修行に取り掛かることになった。しかし、魔王のカルマはかなり重く、簡単な善行を重ねるだけでは効果が効きにくい。カルマの解消に向けて、厳しく辛い試練が修行者たちに課せられた。


 いざ治療が始まると、その副作用からか、修行者たちは奇妙な体調不良を患うようになった。治癒に対して魔王のカルマが抵抗し、その摩擦によって鉄で叩かれたような頭痛、けたたましい耳鳴り、胃も飛び出しそうな吐き気、めまいなどが、修行者たちを容赦なく襲う。まるで体の中で魔物が暴れているような。いや、魔物と違って逃げることはできないので、本物の魔物よりも恐ろしく厄介だった。修行者たちは昼も起き上がれず、夜も眠れずで、数年間に渡って苦しめられた。


 しかし、苦しんでいるのは自分一人だけじゃない。同じ敵を持つ者みんなが苦しんでいる。修行者たちは声を掛け合い励まし合い、病床の上での長い死闘を何とか乗り切ることができた。おかげで、見ず知らずの人に喧嘩を売られなくなり、昼間なら街中を安心して歩けるようにまで改善した。


 だが、これでカルマ治療は完了でなく、これから最終段階に移るところだった。外出を許可された修行者たちは、街中で困っている人を助けたり、悪い魔物を退治したり善行を積むことになった。



 街の中を見回っていた少年と少女は、一人の男性が路上で泣き寝入りしているところを見つけた。彼は数年前に少女を罵倒し殴った男だが、二人は過去を掘り返さず、男性に声をかける。


「何でも話を聞きますよ」


 俯いていた男性は顔を見上げ、ありのままに起きたことを語る。


「実は妻が病気で、商人から薬をもらって飲ませたら、妻が暴れ出して……」


 今にも泣き出しそうに語る男性の話を、少年と少女は決して笑わず、真剣に聞いてあげた。


「これは許せない。僕たちに任せてください!」


 少年と少女は他の修行者たちのもとへ戻り、騙された男性の件を報告した。すると、他の修行者たちもそれぞれ別の場所で騙された被害者を何人も見つけたという。


 その夜、少年と少女が歓楽街の隅で待ち伏せしていたところへ、怪しい商人が寄って来る。彼は二人にも魔物化薬を売ったことがあり、犯人として最も可能性が高い人物だった。実際、彼は人間でさえないようで、昔の二人と同じように非常に危険な気配が感じられた。二人はすぐさま、商人に飛びかかった。


「街の人たちにこんな酷いことするなんて、絶対に許さない!」


 自分の悪事を暴かれた商人は先ほどまでの笑顔を豹変させ、恐ろしい魔物としての本性を露わにした。何本もの太い触手を振り回し、通行人をさらい、あるいは退けながら、その巨大ダコの魔物は、いくつかの触手を巧みに使い、歓楽街の大通りを我が物顔で通りすぎていく。少年と少女、修行者たちは、素早く逃げる巨大ダコを急いで追う。


「捕まえろ!」


 刺客の襲撃や試練を次々と乗り越え、たどりついた先は魔王の城。昔、人間たちの反乱で完全に取り壊されたはずだが、同じ場所に魔王の残党が新しく建てたのだろう。


「行くぞ!」


 一同は城へ攻め込み、魔物たちも応戦し、人間と魔王の新たな戦いが始まった。魔物たちの数は多かったが、他の仲間と協力して魔物を蹴散らし、魔王の部屋までたどりついた。


 外観や他の部屋もそうだが、魔王の部屋も過去世の時代とは異なる内装だった。再びこの世に悪を蔓延らせようと目論む新魔王ジーは、玉座でくつろいでいたところを邪魔され、激怒した。


「せっかくの楽しい時間を邪魔しおって!」


 ジーは怒り狂うままに魔法弾を乱射し、人間たちを苦戦させる。戦闘不能になるまで仲間たちを追い詰めたのち、ジーは今までよりも遥かに大きな魔法弾を生み出し、仲間たち目がけて発射した。


 その時だった。頑丈な鉄の盾が現れ、魔法弾の衝撃を受け止め吸収する。鉄の剣に魔法弾の力が宿る。少年のその剣は、眩いほどの強い光を解き放っていた。かつて過去世を裁いた光の剣のように。


「光の剣よ、絶対悪を飲み込めっ!」


 少年の心の叫びと同時に、剣先から光の矢が放たれる。巨大な矢は流星のように、ジーの胸を心臓の奥深くまで貫き、ジーは断末魔を上げて消滅した。



「新魔王を倒して人々を助けた影響で、あなたたちは魔王のカルマから解放された」


 数年間にわたる長い旅を終え生還した一同に、聖人は嬉しい変化を告げた。


「これで、あなたたちは幸せな人生を送れるようになった。しかしこの世界にはまだ、魔物から転生したばかりで過去世のカルマに苦しむ人間たちも多い」


 少年と少女、修行者たちは敵と戦うだけでなく、不条理や暴力に苦しむ不幸な人間たちも救う必要があると、魂から強い使命感を感じた。少年と少女は改めて"真の勇者団"を結成し、他の修行者たちも加わり、街中で活動を再開する。


 夜には魔物と戦いつつ、他の不幸な人間が幸せな生活を取り戻せるように、この地上すべての人間が幸せに暮らせる世界を作るために。少年と少女たちの第二の使命、そして誰も傷つけさせないための新たな戦いが始まった……。



絶対悪はいつか必ず

真の正義に生まれ変わる

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