屋台
いと
第1話
ここは、とある屋台。
メインは焼き鳥。
ぼんじりが最高に旨い。
ジュウジュウ、パチパチと食欲を唆る心地良い音が響く。つい引き寄せられる匂いを纏った煙が、屋台をぐるりと包んだ後、ふよふよと空へ舞う。
酒は、ビールに日本酒、芋焼酎と麦焼酎。
甘い酒はない。
屋台の主人は、寡黙であり無愛想である。
「おやっさん、おかわり!」
「…はいよ。」
中年男性が、麦焼酎の水割りをおかわりした。3杯目である。顔は既に赤い。
「…それでなぁ、俺は部長に言ったんだ!そんな詐欺まがいな仕事がしたくて、この会社に入ったんじゃないってなぁ!」
「えぇ、そうですか。素晴らしいですね!」
中年男性の隣では、眼鏡をかけた優しそうな雰囲気のある男性が相槌を打っている。30代くらいだろうか。
中年男性は男性とは初対面だが、全てを褒めて肯定してくれるので、気持ち良く様々な武勇伝を語っている。語り始めて2時間は経っている。
「…はぁ、語った語った!兄ちゃん、いい奴だな!」
「いえ…私には、そのくらいしかできないので。」
「…ふぅ、満足だ。もう行くよ。ありがとな、兄ちゃん。おやっさん、ごちそうさん。」
「…まいど。」
中年男性は屋台を後にした。
しばらくすると、また新しい客が来た。
「…いらっしゃい。」
「えっと…」
20代後半の男性だ。
「お酒、飲めるかい?」
眼鏡の男性が聞く。
「あ、はい…ビールなら…」
「おやっさん。ビールとぼんじりを。」
「…はいよ。」
「まぁ、座りなよ。ここ、ぼんじりが旨いんだ。」
「はい…。」
男性が座る。
「…なにやら、深刻そうな顔してるね。どうしたの?」
「いや…」
「…お待ち。」
主人がビールを差し出す。
「乾杯しよう。」
眼鏡の男性が、自らのグラスを持ち上げる。
中は、水だ。
男性は控えめに乾杯した。
「…僕で良ければ、話聞くけど。知らない人の方が話しやすいことってあるし。」
「……っ。」
男性はビールをぐいっと飲む。
「…この間、プロポーズする予定だった彼女と喧嘩したんです。でも…そのまま別れることになってしまって…俺…何も言えずに…」
「…そっか。それは…つらいね。」
「彼女が…心配で……」
男性はぼろぼろ泣いている。
「…彼女は、きっと大丈夫だよ。強く生きていくさ。君がそう信じてあげないと、彼女はいつまでも前に進めずに弱ってしまうよ。」
「……でも…」
「…お待ち。」
ぼんじりが男性の目の前に置かれた。
「…すごい旨いよ。食べたら少し楽になる。」
「……。」
男性は、ぼんじりを食べた。
あまりの美味しさに驚く。
「…サービス。」
主人が、何種類かの焼き鳥が乗った皿を男性の前に置く。
男性は泣きながら焼き鳥を食べ、ビールを飲み干す。
「…ちょっとは落ち着いた?」
眼鏡の男性が聞く。
「…はい。」
「…良かったら、彼女がどんな子だったのか聞かせてよ。」
「…はいっ。」
男性は、彼女との思い出を楽しそうに語った。
「…ふふ、君は彼女が大好きだったんだね。」
「はいっ。もちろんです。」
「…きっと、彼女にも伝わってるさ。君が、前を向いて幸せに生きていってほしいって願ってることも。」
「…そう、ですかね…。」
「うん。そうだよ。」
「…ありがとうございます。少し…気持ちの整理ができました。」
「…そっか。良かった。」
「俺、行きますね。彼女を幸せを願って。」
「…わかった。気をつけてね。」
「はい。ご馳走様でした。」
「…まいど。」
男性は屋台を出た。
そして、真っ白な世界に唯一ある一本道を歩き始めた。
ここは、天国に続く空間。
ここは、その道中にある屋台。
「…おやっさん、お水おかわり。」
「…はいよ。」
男性は今日もここに座る。
主人は今日も焼き鳥を焼く。
人々が、心を満たして歩んでゆけるように。
屋台 いと @shima-i
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます