第4話 私の違和感

さて私は1973年夏、奄美大島で島娘の妻と出会い、妻と出会わなければ今の幸せはなかったと……。「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたる ことも なしと思へば」の心境。周りの人が見れば健康に恵まれお金の苦労もなく子供や孫もいて不満のない暮らしと見えるだろうと。これも一重に妻の家族を思う努力の賜物だと感謝しているが……。

しかし、思いと異なり肝心の妻との関係は最悪で改善は目途が立っていない。というより悪化していた。子供と孫のことが絡まないと夫婦の話が成立しなかった。それでも妻との関係が今のままではいけないとの思いが募っていた。


2022年正月、私は71歳になり年男だった。妻とは結婚47年目で金婚式も見えてきた。子供、孫に恵まれ生活するのに何不自由ない暮らしだが満足感がない。妻はある意味、私以外の人間から見れば理想的な良妻賢母だが、愛嬌や面白みがない。具体的には話しかけても返事はなく、使った食器は水に浸けるか浸けない、風呂の温度は妻39度と私41度、玄関は施錠するかしないか、などと意見が異なる。よって、ここ数年家庭内別居状態。私は身の回りのことは、自分ででき妻に多くを期待していないが会話がないのは寂しい。話せば喧嘩越しになり、お互いに心が冷え固まっていると。

これまで何度も自分なりに関係改善の努力をしたつもりだが挫折。本気度が足りなかったと言われれば自信を持って本気だったと言える自信はない。高齢の親や子や孫、世間体、別れた時の金銭的損失を考えると離婚にも踏込めない。私の心の持ち用、取るべき対応を考えることが多くなった。


久しぶりに集まった元同僚の飲み友達に相談すると「確かに夫婦とは難しいもので、それは同意できる。でも、考えようによっては、難しくしているのは、お前の考え方が狭いからとも言えるかも知れないと思うけどな。言いすぎたら許してくれ」と言われ「そうかな俺ってそんなに心狭いか」と聞くと「そうは思わないけど、お前の奥さんもいい人だからな。本当に夫婦は難しい。俺も似たり寄ったりだ」と言われてしまう。

ここで私が「視野を広げて妻への関心を薄めることが現実的な解決策と思うようになった」と言うと同席していた後輩が「いろいろお考えになった上での結論かと思いますので、止むを得ませんが、寂しい解決方法だと思います。奥様に惚れた点があったから、ご一緒になられたのでしょう?」と言われて返す言葉が無かった。

無言の私に今度は先輩が、「だったら、もう一度、奥さんの隠れた美点を探して、惚れ直して欲しいと思うがどう」と言われさらに「誰だって、欠点もあれば美点もあると思う。欠点には眼をつぶって、美点だけに眼を凝らすことは出来ないのか」と言われた。参考にはなったがストレートに私の心には響かなかった。

さらに辛口で有名な先輩が「お前は会社では田原総一朗風に課題に舌鋒鋭く攻め込んで、“データ偽装問題”では改善策で大きな成果を上げた。でもお前が責任者になった時に発生した“輸出規制違反”では責められて腰砕けになった。攻めに強くて受けに弱い。家庭でも会社のようなことしてたら奥さんが怒って家庭壊れるぞ。まさか家庭でも田原総一朗やってるのか」

 と言って私の顔を見てこの意見には少し心が揺れた。


さて、ここまで話を黙って聞いていた在職中に厳しく指導して頂き私の基礎を作って下さった尊敬する先輩が、50年連れ添った奥さんを癌で亡くされたと言われた。それを踏まえて「私と妻の結婚生活は、お互いが、あまりにも考え方や価値観が違いすぎていて喧嘩が絶えなかった。でも、亡くしてみて初めて、生きている間にもっと優しくしておけば良かった、と深い後悔に苛まれている。喧嘩の原因は、と言うと、私の考え方があまりにも狭すぎたためだったと、今は思ってる。

また、亡くなってしまうと、これまで見えていなかった妻の美点が見えてきて、もっと、早く気付けばよかったのに、と思うことも多々あるが。「失って、はじめて気がつく愚か者」という言葉どおりだね。でも、最期に、妻は、私に「ありがとう。ほんとうにありがとう。あなたと一緒に歩めて幸せだった」と言って、あの世に旅立ってくれた。しょっちゅう喧嘩ばかりしていて、妻には辛いことが多かったと思うけど、いいことも少しはあったのかなと、自分を慰めている。

それでだ、お前にはこれまでは美点と思えなかった点を含めて、お前の考え方の幅を広げることで、美点と思えるようになって奥さんを可愛いやつだ、と思えるようになってくれると嬉しい。折角、50年近く一緒に来たのだから、死が二人を分かつ時、奥さんにもこの人と一緒になって良かった、と思って欲しいと思う」最後は言葉に詰まり言い終ると、わたしを見て睨んだように思えた。


 この話を聞き身につまされ心にジーンと来た。この状況に置かれた時に妻は私に「ありがとう。あなたと一緒に歩めて幸せでした」と言って死んでいってくれるだろうかと思うと、全く自信が無くてここは何とかしなくてはいけないと……。

 残念なことに心の底には『死ぬ時に、ありがとうと言ってくれなかったら悲しい』と世間体を取り繕う心があることを恥ずかしく思った。しかしすぐ後にもう一人の私が出てきて『これからでも奥さんに尽くせば”ありがとう”くらいは言ってくれると慰められ』心に少し明かりが射した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る