崩壊する均衡





 アメリカ ワシントン。

 所属不明のおよそ10000人規模の武装集団による蜂起。民間人への攻撃及び政府施設への襲撃により軍隊が投入されるも未だ抵抗激しく制圧出来ず、また人質も多数。交通機関の占領もあり、完全制圧にはかなりの時間が要すると想定される。


『なんなんだよあいつら!? 突然銃を撃ってっ、畜生っ! すぐに逃げた俺でも肩や足が撃たれてるんだ! 撃たれて動けなくなった奴が何人もそこら中に転がってるっ!! 警察でも軍隊でもなんでもいい! 早くあいつらをなんとかしないと大勢が死んじまうよ!!』



 イギリス ロンドン。

 アメリカと同様に、大規模の武装集団によるテロ活動が同時刻に開始される。政府施設への攻撃は勿論、王室への攻撃もかなりの激しさを見せており、明確な目的は読み取れない。どこから入手したのか、軍隊でも採用されている銃火器を使用したテロ活動はさらに規模が拡大していくと予想される。


『通してくれっ! まだあの中に私の娘がいるんだ!! まだ5歳になったばかりなんだよ! 雑踏で、繋いでいた手が離れてっ! きっとまだ生きてる、きっとまだ泣いているっ! 俺がっ、俺が行かないといけないんだっ……! だからそこを通してくれっ、頼む、頼むよ……!!』



 中国 北京。

 アメリカやイギリスとは異なり、テロ思想を持った個人が同時に蜂起したと思われる。その規模推定2万人。その膨大な数により、警察署や軍施設の占拠に動いた彼らのテロ行為は警察や軍と非常に激しい衝突に発展している。


『違うの! あの子はこんなことをする子じゃないの!! この国一番の大学へ入学したばかりで、将来は有名な科学者になるんだって私に言ってたのっ……! これまで育てた私を、お父さんの代わりに楽させてあげるんだって言って……あの子が、こんなことする訳なくて……! いやよ……お願い……きっと悪魔に取り憑かれているの……あの子は悪くないから、お願いだから……』



 ロシア、フランス、インド、オーストラリア、エジプト、フィリピン等、計21ヵ国で同時刻に発生した大規模テロは瞬く間に世界を地獄へ変えた。

 阿鼻叫喚の未曽有の事態の中、事態の収束にICPOや各国の警察や軍隊が大きく動く。

 そして、異能と言う稀有な超常現象の存在を認め、対策部署を作っていた特定の国々は、今回の件が、異能を持つ者による一つの意思に基づいた世界的なテロだと言う結論に辿り着いていた。


 だが、辿り着いていたものの、そこから具体的な対策は打ち出せない。

 これらのテロを操っている黒幕本人を叩けるなら話は別だ、だが、裏で糸を引いている誰かは、姿を見せておらず、所在も全く分かっていない。

 そもそも異能の詳細すら正確に把握できていないのだ。

 異能と言う存在を認めて、正式に対策を取る必要があると考え出したのはほんの数年前なのだ。

 せいぜい国内にいる異能持ちを必死になって集めていただけの、形ばかりの対策部署では、こんな世界規模の形の見えないテロ活動には太刀打ちが出来ない。

 最初の敵として、今回の世界規模の異能犯罪はあまりに相手が悪すぎた。


 この時点で結論を出すなら、“白き神”による世界各国への同時攻撃は成功しかありえなかった。



「――――ああ、良い眺めだ。ははっ、各国の首脳陣の驚愕する顔が目に浮かぶ」



 目を瞑り、世界中の端末と化した人間達から送られてくる情報を受け取り、ベルガルドの体を操っている“白き神”は全能感に酔いしれた。



「あの老人も、まさか僕がここまで大規模にやるとは思わなかっただろう。でも文句は言えないよなぁ、最初に話を大きくしたのはアイツだし、僕にこんな美味しい依頼をしたのもアイツだ。ああ、なんて僕は幸運なんだ。一気に異能持ちを手駒に出来るなんて、最高じゃないか!!」



 高揚した気分に、頬を上気させた“白き神”は、占拠した東京拘置所内全てを映しているモニターの前で、大きく腕を広げた。


 “瞬間移動”に“音”、“煙”ときて“千手”まで、より取り見取りなこの場所の異能持ち達は、洗脳を得意とする“白き神”からすればお宝の山だ。

 これだけあれば、世界が混乱している隙に日本と言う国を落とすのだってそう難しくはないだろう。

 そんな皮算用をして、さらに上機嫌になっていた“白き神”の背後で女性が動いた。



「あがっ……!!」

「無駄だよ、僕の探知内にいるんだ。奇襲なんて出来る訳ないだろう?」



 ルシアが懐から引き抜いた銃口を“白き神”に向けようとしたが、周囲にいた洗脳された拘置所の職員達が一斉にルシアを取り押さえた。

 女性だから、とか、警察の傷付けない様な生ぬるい拘束ではない、大多数で圧死させるかのような取り押さえに、ルシアはまともに呼吸すら出来ず圧し潰される。



「それにしてもおかしいな。僕の言葉を聞いた筈なのに僕の駒になってない……何か対策でもしたのかな? それとも……」

『――――……』

「そうか、やっぱり君か」



 ゆらりと立ち上がった褐色の男、アブサントは頭から血を流したまま、猛禽類の様な鋭い視線を“白き神”に向ける。

 ベルガルドの筋肉質な体を使って、全力で頭を殴り付けたのに丈夫なものだと、“白き神”は感嘆のため息を吐いた。



「良いね、その頑丈さは僕の手元に置いても有用そうだ。どうだろう、彼女の命が惜しいだろう? 僕の洗脳を受け入れてくれたら――――」

『消えろ』



 “白き神”が提案をアブサントへ問い掛けようとした瞬間、立ち上がったアブサントは両手を叩いて手の中に音を作り出す。

 隙間を作らないよう音を閉じ込め、一瞬の停止により手の内で増幅された音の暴威は、直後“白き神”に向けて解放された。



「――――ふうん、器用だね」



 鼓膜を破壊するような音の爆発が、部屋にいる人間全てを巨大な衝撃で吹き飛ばした。

 ルシアを圧死させようと取り押さえていた職員達やアブサントの行動を止めようと飛び付いていた者達の体が、目に見えない衝撃で吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。


 地面に押し潰されていたルシアが、ようやく出来た呼吸に咳き込みながらも立ち上がり、手に持った銃口を“白き神”に向けようと探すが、先ほどまであった姿がない。



「お嬢様には“音”の異能が届かない様に、周りに無音の膜を張って防御。それでいて自分自身にも音が波及しないようしっかりと指向性を持たせた異能の出力。優秀、優秀」

『っっ!!??』

『アブっ、後ろっ!!』



 背後に立っていた“白き神”に転がるようにして距離を取ったアブサントは、今度は“白き神”単体を狙って異能を発動させようとするが、視線の先にいた“白き神”の姿が消えたことでその攻撃は空振りに終わる。



「ほーら、こっちだぞー」

『グッ!?』



 横に現れた“白き神”に脇腹を蹴り飛ばされ、地面を転がる。

 そして、地面に転がったアブサントに追撃をしようと、落ちていた鉄材を拾い上げた瞬間。



「おっと危ない」

『っっ……!!』



 “白き神”の背後を取ったルシアが数発発砲するが、それを事前に察知した“白き神”はその直前にルシアの背後に転移して、手に持った鉄材でルシアの後頭部を殴り飛ばす。


 アブサントと同様に殴り飛ばされ地面に叩き付けられたルシアは、頭からの出血で床を赤く染めていく。



「ぐ、うぅ……お前ぇっ、ベルガルドの異能をなんでそこまでっ……!」

「【なんでそこまで使いこなせるのか】かな? 時間稼ぎにしたってもう少し質問考えたら? まあいいや、そりゃあ僕がこうしてベルガルドくんを乗っ取って、彼の記憶や知識はしっかり僕のものにしてるからだよね。もともと僕以上の異能の使い手なんていないし、ベルガルドくんよりもずっと上手く使えたとしても不思議じゃないよ」

「ぐっ、いつからベルガルドを操っていたのっ!?」

「最初から。そう言ったら絶望する? あっはは!」



 哄笑する“白き神”に、焦りを隠し切れないルシアは必死に頭を回して攻略の糸口を考えるが、どれをとっても不可能なものばかり。


 八方塞がりに近い現状。

 背後で洗脳された職員達が再び立ち上がっているのを確認して、ルシアは逃げ場すらない事を悟った。



『……違うな』

「は?」



 立ち上がったアブサントは真っ赤な血に染まった髪の隙間から、鋭い目を向ける。



『先日あった車両による攻撃の目的は、俺達の誰がどんな異能を持っているか測るためのものだった。その場で俺達の異能を確認したお前はベルガルドの異能を知り、最初に洗脳するべきなのはコイツだと判断して、ベルガルドが一人になるタイミングを待ち続けた。洗脳した手段は……大方洗脳していない人間を脅して使い、ベルガルドに音声を聞かせた、そうだろう』

「ふうん……そう、そういうのも考えられるのか君」



 正解とも間違いとも言わず、少し称賛するようにそう言った“白き神”は残念がるように肩を落とした。



「異能を持っていて、優秀な思考も出来て、それでやることがそのお嬢様のお守りって……本当に君の人生ってあんまりじゃない?」



 心底哀れむ様な目でアブサントを見た“白き神”は、優し気に微笑む。



「僕が解放してあげるよ、その縛られた思考の在り方を。僕と言う至高の手駒として、君を生まれ変わらせてあげよう」



 「そのために」、そう言った“白き神”の背後に白い煙が立ち昇る。

 そして、その煙の中から現れた、どこにでもいるような中年の男性は、煙から拳銃を取り出して“白き神”に手渡した。


 突如として現れた情報に無い異能持ちの出現に、ルシアもアブサントも驚愕と絶望で顔から血の気を無くす。



「まずは、今の君のご主人様を消してあげよう」

『――――ルシアお嬢様っ!』



 “白き神”の姿が掻き消える。

 恐らく今度はルシアの至近距離で。

 銃口を向けた状態に転移するだろうと、瞬時に判断したアブサントはもう一度音の爆発を、今度はルシアすら巻き込むよう部屋全体に発生させ、動き出していた職員達含め吹っ飛ばす。


 どう足掻いても勝ち目がない、そう判断したアブサントはルシアの意思を確認すること無く、壁に叩き付けられ口から血を吐いたルシアを抱えると、そのまま逃走を図った。

 部屋に残ったのは、何度も壁に叩き付けられてなお、うめき声一つ上げずに機械の様に立ち上がる職員達と白い煙のみ。

 数秒して、安全になったと言う情報を受け取ってから部屋に現れた“白き神”は、部屋の現状と駒の欠損を軽く確認し、少しだけ考えて指示を出す。



「よし、面倒だけど音が聞こえない状態になってる“千手”は直接行かないとだから、僕が行くとして、逃げたあいつらは君達が回収。特に“紫龍”、君が居れば身柄の回収は簡単だろう? “音”じゃどうやっても君の異能は防げない、ちゃんと生かして僕の前に連れてきてね。ICPOの職員を手駒にすれば超有用なのは間違いないんだから」



 “白き神”は、指示に了承もしないまま機械的に行動に移った駒達を見届ける。



(……しかし、“紫龍”は想像以上に使えそうな異能だ。“千手”もそうだけど、まともに手駒にしようとしたら、結構手間が掛かっていたかもしれないな……神楽坂、あの男が本当にこんな奴らを捕まえたのか? あんな、身体能力しか取り柄の無い低能の男が?)



 少しだけそんな風に悩んだ“白き神”だったが、そんな事よりも目の前の事態をある程度収拾させるのが先かと、判断し思考を切り替える。


 “千手”を奴らが解放して、何かしらの間違いでICPO側についた場合、面倒なことになる。

 そんなありもしない不安を抱いて、“白き神”は足早に“千手”が拘束されている部屋へと向かった。



 時間にして5分も掛からない程度。

 “千手”が隔離されている部屋へ足を踏み入れた“白き神”は、ルシア達を追っていた駒達から、確保完了の報告を受け取り、上機嫌に笑みを浮かべる。

 想像していた通り“紫龍”の異能に太刀打ちすらできなかったようで、ルシア達はあっと言う間に煙に囚われて、今は身動き一つ出来ない状態らしい。


 どうせなら“千手”が手中に収まるところでも見せて、もっと彼らを絶望させてみようと、彼らを捕えている“紫龍”を呼べば、ものの数十秒で白煙が部屋に現れた。


 機動性にも長け、察知も難しく、その上攻撃のバリエーションにも富んでいる。

 想像以上の成果を出す“紫龍”と言う異能持ちに、目を丸くした“白き神”は感心した声を上げた。



「……いや君強いな、どういうへましたら捕まるのさ……まあ、後で記憶でも見てみるか」



 “白き神”からすると皮肉のない珍しい手放しの称賛である。


 早速“紫龍”にルシア達を出すようにと指示をする。

 煙から引き摺り出されたルシア達は、再び目の前に“白き神”がいることを知り、今いる場所が“千手”が捕らえられている場所だと理解して、表情を引き攣らせた。



「さてと、こうして全部が全部僕の望むままに上手くいった訳だけど。何か言っておきたいことはあるかな?」

「っ……」

『……』



 有刺鉄線により手足が縛られており、まともに動くことも出来ないルシア達。

 せめて“白き神”の思い通りになって堪るかと口を噤んだが、その苦し紛れの抵抗すら読み取った“白き神”は愉快そうににんまりと笑みを深めた。



「愉快愉快。さあ、これからICPOを散々苦しめた戦争屋“千手”が僕の手駒に落ちるところを見せてあげるよ。せっかくだし、その後は手に入った異能持ち達を使って、東京くらいは制圧してみようかな? 勿論君達の名前を使って、ICPOによる日本への宣戦布告と言った形式にして世界をもっと混乱させるんだけどね。あはははっ」



 それだけ言って、白き神は洗脳した職員達に“千手”の耳を塞いでいる機械を外させる。

 ぐったりと力がない“千手”の様子に少し不安を覚えたが、洗脳すれば変わりないかと“白き神”は大して気にもせず、いつもの言葉を発する。



「初めまして、僕は白崎天満。歳は29歳で、今は“白き神”と名乗っていて――――……?」



 異能を使って言葉を聞かせたが、全く手応えがない。

 これっぽっちも感触の無い“千手”への洗脳に、少し困惑した“白き神”は頬を掻いた。



「ん? んんん? どうして反応がない? …………あ、分かった。前に会った同じ精神干渉系統の異能持ち、あいつが先に洗脳しているんだ。なるほどなぁ、確かにそれじゃあ、情報による寄生だと出力が弱すぎて、優先権はあっちにある訳ね」



 なるほど、と得心が言ったように“白き神”は頷いた。

 これまであの老人が手を回していた異能持ち達を捕えていたのが、以前遭遇したあの人物だとしたら、全ての疑問が解消される。


 そして、そうなると話は変わってくる。

 精神干渉系統の異能同士が洗脳の上書きをしようと争う時、モノを言うのは出力の高さとなってくる。

 となれば、安易で、雑な洗脳方法では勝てないのは当然。

 ベルガルドにやっているような、精神への直接的な寄生が必要となってくる。


 そう考えた“白き神”は、職員達に“千手”の目隠しも取らせ、ぼんやりとどこか遠くを見る“千手”の頭に手を触れた。



「じゃあ、こうして直接手を触れて、一度僕が潜り込めばいい。そうすれば、あの忌々しい同類の姿形も、“千手”の記憶から多少は見て取れるはずだから――――」



 むしろ一石二鳥か、なんて。

 そう言おうとしながらも、異能を起動させようとした“白き神”の耳に、廃人に近い様子である“千手”の、先ほどまでは全く聞き取れなかった呟きが耳に入ってくる。



「▮▮▮▮……無貌の巨人、顔の無い巨人、顔の無い。顔の無い。顔の無い、悪魔が……」

「…………は?」



 ひやりとした嫌な予感が“白き神”の背筋を伝った。

 その言葉の意味を聞き返す前に、自分の異能が起動してしまう。



 ――――いくつもあった不気味な点を放置して、“白き神”は異能を起動してしまったのだ。




 視界が反転する。


 見えていた景色が、逆になる。


 目の前にいるのは、先ほどまで自分が操っていたベルガルド。


 その後ろには自分の手駒の職員達と“紫龍”に、何のなす術もないルシア達。


 その場にあるのはそれだけだ。


 それだけの筈だ。


 それだけの筈なのに。


 巨大な体躯の、あり得ない存在が“白き神”を覗き込んでいる。

 部屋を埋め尽くし、屈みこんだその巨体は正しく怪物。


 その怪物は――――。


「待っていた」そう言わんばかりに、口しか存在しない顔をその化け物は笑みを作るように引き裂いて、目を見開いて驚愕する“白き神”を歓迎した。






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