謀略、奸計、あるいは欺瞞
日本時間、16時35分。
フランス リヨン ICPO本部。
『……どうなってる?』
次々と入ってくる新たな情報の数々に忙殺され、目まぐるしく世界が変化していく中で、何の有効な対処も出来ずにいたのがほんの数分前。
各国で発生していた“白き神”によるものと思われるテロ情報の収集及び現地にいる職員達への指示伝達、並びに各国への情報提供を行っていたICPO本部に、唐突に訪れた沈黙の数分間は職員達を困惑させるには充分すぎた。
最後に上がって来た、現地で対応に当たっていた職員達からテロ活動の収束、および異能持ちからは群衆の洗脳が解除されたとの報告に、派遣した職員すら“白き神”の手に落ちたのかと肝を冷やしたが、どうにも様子がおかしい。
ほんのちょっと前の“白き神”による世界的なテロ活動からするとあり得ない様な、不気味な平穏がICPO本部を包んでいる。
『局長、“白き神”によるテロ攻撃を受けていた各国から、攻撃の停止があったとの連絡が! 現地職員から上げられた報告と合致します! “白き神”の攻撃は全停止された模様です!!』
『馬鹿な、“白き神”からの総攻撃だぞ? ここまで大規模で、人目に付く派手な攻撃をしておいて、一時間もしない内に沈静化させるなどあり得ない。……なんだ? 何か奴が予測していなかった事態があったのか……?』
入ってくる連絡はどれもテロ活動が沈静化されたと言うものばかりだ。
本来であれば喜ぶべき内容の報告である筈なのに、このテロ活動の首謀者である人物を考慮すると、何か裏があるのではないかと疑わしく思えてくる。
先ほどまでの忙しさが嘘のように、手持無沙汰となってしまった職員達は、取り合えず各地に派遣している者達と連絡を取りあって、無事の確認を急いでいた。
そんな中、ICPOに今まで繋がらなかった通信が届いた。
『局長、先ほどから連絡の取れなかった“千手”回収任務に就いているルシア達と通信が繋がりました』
『なんだと? ……異能遮断の通信は確立できているな? よし、こちらに回してくれ。まだ日本からはテロ活動が開始されたとの報告も、沈静化したとの報告も無かった筈だ。詳細を……いや、今は簡潔に状況を報告させろ』
『了解。ルシア・クラーク、局長に回線を回す。簡潔に状況を報告せよ』
『りょ、了解。こちらルシア・クラークっ、状況は、極めて説明が難しいですっ……』
普段の理路整然とした姿からは考えられない、通信越しですら動揺する気配が伝わってくるルシアの声に、局長は眉をひそめる。
「何が起きている?」、その単純な問い掛けに、ルシアは上手く答える術を持たないかのように、継ぎ接ぎの事実を述べていく。
『わ、我々は“白き神”の本人格と交戦状態に入りました。異能対策のベルガルド・ピレネが“白き神”の手に掛かり洗脳。私と異能対策のアブサントは“白き神”により拘束され、日本の東京拘置所は“白き神”により完全占拠。我々には奪還は不可能でした……!』
『なんだと!? そうかっ、“白き神”の目的は“千手”か!? いやだが、それでは辻褄が合わない。なぜ奴は他の国から手を引いて……』
局長は彼らが置かれている状況の悪さに増援を送る手筈を整えるよう指示を出し、頭の中で繋がった“白き神”の行動理由に、血の気が引いた顔色で息を呑んだ。
しかし、ルシアから上がって来た次の報告を聞いて、局長は思考を停止させる。
『そして現在っ、“白き神”と“顔の無い巨人”が交戦状態に入りました!』
『――――な……なにを、言っている……?』
到底あり得る筈がない情報に、局長は呆然とそう呟くことしか出来なかった。
‐1‐
燐香ちゃんは考えた。
集めた情報からして、“白き神”とやらはより強制力に優れた洗脳を行う異能持ちだと。
寄生、そう評した洗脳手法は、相手の意思に関係なく、相手の精神そのものに取り憑き、取り憑いた者の記憶すら自分のものとする一方的なものだと。
そして、以前人格が“白き神”と呼ばれる者に切り替わった被害者を見た限り、一時的に異能の対象とした者と精神を同一化している状態なのだろうと。
そう結論付けた。
わた……燐香ちゃんは考えた。
国外と言う、遥か遠い場所から媒体(音楽又は映像ディスク)を使って攻撃の手を広げている“白き神”は、異能と言う繋がりのみを使っているから、この国で暴れる洗脳された者達をいくら攻撃しようが、中々本体まで攻撃を届かせるのは難しい。
その上、少しでも危険を感じれば一方的に異能の繋がりを絶って逃げ出すのだから、いくらこの国で行われている“白き神”の攻撃を防ごうが、原因を排除することは出来ないのだ。
ならば、どうするのか。
わた……天才少女燐香ちゃんは思い付いた。
あ、これ、寄生する相手にあらかじめ思考誘導を掛け切っておけば巻き込めるんじゃない?
16時22分。
東京拘置所、特別収容室。
あり得ない。
最初に“白き神”の脳裏を過ったのは、そんな単純な言葉だった。
真っ黒な人型で、部屋を覆いつくすほど巨大で、口以外存在しない異形の存在。
自然界では絶対にありえない怪物が、目の前にいることを理解してもなお、“白き神”は何か出来る訳も無く呆然とそれを見上げた。
だから、この場で最初に動いたのは怪物を認識している“白き神”では無く、“白き神”が危険と感じている事に反応した洗脳されている者達だった。
“白き神”に及ぶ可能性がある危険を排除する、と言う“白き神”が取り決めている基本ルールに従い、洗脳されている者達は視えもしない“白き神”への脅威を排除しようと、何もない空間に殴り掛かる。
けれど当然、“白き神”が見ているその巨人がこの世に存在する筈も無く、視えぬ巨人に殴り掛かった者達の拳は空を切った。
現実にない、ただの幻覚。
洗脳されている者達の攻撃がただすり抜けるだけで終わっているのを見て、そう確信した“白き神”は一瞬だけ安堵してしまった。
顔の無い怪物の巨大な手が、“白き神”を掴み壁に叩き付けるまでは、だが。
「……あ? あ……あ、あああ、あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!????」
“千手”の姿をした“白き神”が突然頭から壁に叩き付けられた。
次いで“千手”へ移った“白き神”が上げた一切の余裕がない絶叫。
完全に想定していなかった状況に、ルシアとアブサントは驚愕に目を見開き、訳が分からないと言うように動揺する。
だが、そんな周りの様子に思考を裂く余裕など、今の“白き神”には存在しなかった。
顔を掴んでいる怪物の腕から、濁流の様に異能の出力が精神を蝕んでくる。
(なんだなんだなんなんだコイツは!? 顔の無い人型、まさかコイツ“顔の無い巨人”なのか!!?? 死ぬっ、死ぬ!! 顔が掴まれて逃げられない逃げ出せない!? なんでだ、なんで接続が切れない!? 異能の力が僕に直接、僕の精神がぁあああああぁぁぁぁ!!?? 駄目だ駄目だ駄目だ! 異能を分散させているとやられるっ!! 集めないと駄目だ! 駄目だ! 分散させてる僕の異能をあつめなななななななな!!!???)
正体不明の巨大な化け物と言う根源的な恐怖。
伸ばされた正体不明の異能の力が、自身の精神に浸食を始めたことに気が付いた“白き神”は、もはやなりふり構わない。
世界中に分散させていた自分の異能の力を必死に搔き集め、何とか精神を蝕んでくる化け物に対抗しようと、暴走したように異能の出力を噴出させ続ける。
「やめろぉおお!!!! “顔の無い巨人”っ、その出力を止めろぉおおおお!!!!」
「か、顔の無い巨人……?」
ルシアの呆然と口にした疑問に答える者はこの場にいない。
“白き神”と“顔の無い巨人”は同一人物では、なんていう考えが頭を過るがそれを証明する術はない。
“白き神”が見ている怪物すら、ルシアには見ることは出来ないのだから。
――――だが。
パチンッ、と音がしてルシアとアブサントを拘束していた有刺鉄線が、洗脳されている筈の一人の職員によって切り落とされた。
アブサントが弾かれた様に自分達を解放した職員へと振り返るが、おかしな動きをしたのはその一瞬だけ、ルシア達を解放したそいつは、次の瞬間には他の洗脳されている者達と同じように何もない虚空に殴り掛かっていく。
『何かが……私達を助けた……?』
『……ルシアお嬢様、状況は分からないがひとまずこの場から離れよう』
『で、でもアブっ、混乱しているこの状況こそ、“白き神”を倒せるチャンスなんじゃ……』
『奴を見ろ。見えないものが見えているようだが、見えるものが見えなくなっている訳じゃない。俺達が攻撃したところで、周りにいるあの訳の分からない煙男に拘束されてお終いだ。本部と連絡を取って、一刻も早く応援を呼ぶ。でないと、奴が正気に戻った時、日本は終わりだ』
『待って、じゃあ、今“白き神”とやり合っているのは一体何なの?』
『…………全く見当も付かない。いや、まさか、本当に“顔の無い巨人”と“白き神”が別人なのだとしたら……』
『本気っ!? “白き神”が“顔の無い巨人”と同一と言うのは、ICPOが散々検証して出した結論よ!? それに、もしそうだとしたら……“顔の無い巨人”が私達を助けたって言うの?』
『どちらにせよ、あの場でやり合ってるのはどちらも、世界に大きな影響を及ぼせるだけの怪物だ。俺達だけでどうにかなるものじゃない』
そこまで話すと、ルシアとアブサントは“白き神”達が暴れ回る部屋から飛び出していった。
恐らくこの後、安全な場所まで退避してICPOの本部と連絡を取り合うのだろう。
彼らとは協力する気になんてなれないけれど、“白き神”とやらの余計な戦力にならないならそれで充分、と。
そんなことを、彼らの後ろ姿を見送った『彼女』は考えて、意識を“白き神”へと戻す。
「なんでだ!! なんでまだ押し切れないっ!! 僕の出力がまだ足りないとでも言うのか!!?? くそっ、くそおぉぉおおおぉぉぉおお!!!!」
(ああ、やっぱり無理ね。この“白き神”とやら、国を跨いで活動をするだけあって出力がこれまで会って来た誰よりも高い。私の本来の異能範囲距離からだいぶ離れてるし、完璧に“千手”と精神を同一化してる訳じゃないから思考誘導の末期状態が掛けきれてない。辛うじて、コイツの認識を歪める程度が限界、か……まあ、これで完全に無力化まで持っていけるなんて甘い考えはしていないわ――――次の一手よ)
迫る透明な裁断機を押し返すような、終わりが見えず、目に見えない、形のない激痛。
“白き神”には何時間にも思えた、地獄の拷問の様な時間がようやく終わりを迎える。
愉快そうに笑っていた“顔の無い巨人”が突然興味を失ったように、掴んでいた“白き神”を壁に放り捨てたことで、これまで行われていた精神への攻撃が終わりを告げたのだ。
「ひっ……ひっひっ……ひっ……お、終わった? 抵抗出来たのか? 僕は、解放された?」
ギリギリ正気を保った“白き神”が呼吸を激しく乱す。
叩き付けられ床に這い蹲った状態で、涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま周りを見回した“白き神”は、視界から“顔の無い巨人”が消えている事を確認する。
何度も異能の探知を行い、何度も何度も周囲を窺って、それでようやく安堵の息を吐いてから気が付く。
――――自分の異能の出力を上げるために、洗脳を解いてしまっている。
自分の近くにいる奴ら、東京拘置所にいる者達はまだ辛うじて洗脳出来ているが、世界各地で起こしているテロ活動の洗脳は、全て断ち切られてしまっていた。
“白き神”が何年も掛けて集めた、10万人にも及ぶ“白き神”の財産が、残らず空っぽになってしまっていた。
「あ……あああ……そんな、僕の財産が……僕の手間暇かけて作り上げた下僕達が……」
ボロボロと滂沱の涙を流し、これまでの努力が無に帰した事に絶望の声を上げる。
“白き神”は、悲鳴のような声を出し、頭を抱えて蹲った。
「酷いっ、酷い酷い酷いっ……!! どうしてこんなことが出来る!? どうしてこんな酷いことが出来る!! なんなんだっ、なんなんだよこれは!!?? 一体誰がこんなことをしやがった!! 人が一生懸命集めた財産を無にしやがってっ、ふざけやがってぇぇぇ!!!!」
怒りと絶望のままに絶叫した“白き神”に声を掛ける者はいない。
所詮、彼の周りにいるのは彼の指示に従うしかない人形ばかり、慰める事も、解決策を提案することもない。
「はぁっ……はぁっ……! 落ち着け僕っ、ここにこれ以上残るのは危険か? これ以上の“顔の無い巨人”による攻撃はあるか? いや、でもっ、ここで依頼も果たせず帰ったら、僕に残った手駒はゼロで、こんな大規模な行動をした僕をあの老人も処分する筈だっ……! 王手が取れると思ってここまで大きな行動をしたんだ。ここで何の成果も無く帰るなんて、出来ない。帰れば結局僕は詰みだ……もう一度戦力を整え直す前に始末される……どうするっ、どうするっ……!!」
血走った目で周囲を警戒しつつ、“白き神”は口早に状況を整理する。
状況は絶望的、陽動の役割を担っていた世界のテロ活動も終息してしまったためICPOの増援があることも確定、こうなってくるとICPOすら難敵となりえる。
最悪はまだ全貌の見えない“顔の無い巨人”だ。
異能持ちとしての戦力は文句なしで最強だろう。
どこから攻撃を仕掛けてきているのか、“千手”の様な罠がどれだけ仕掛けられているか、どれだけ本気で自分を潰しに来ているのか、全く分からない。
現状残っている手駒は“紫龍”“千手”“転移”の3つの異能持ちと1000人余りの凡人達のみ。
勝算が全く無いわけではないが、不安要素ばかりで本当なら今にも逃げ出したい状況。
「……と、取り合えず残りのICPOの職員を手駒にして増援を遅らせよう。これ以上異能持ちが来れられると、今はきつい……。“音”の異能なんて限定的だから、徹底抗戦にはあまり使えないだろうけど、何とか戦力を整えてICPOとの戦争を…………待て、アイツらどこ行った……?」
逃げられない様にしていた筈のルシア達の姿がどこにもなく、切り落とされた血付きの有刺鉄線が床に転がっているのを見て、“白き神”は湧き上がる憤怒のまま絶叫した。
‐2‐
『――――白崎天満、年齢29歳。幼少期から病弱で、入院生活が長年続いていた。高校と大学は通信制で卒業、成績は優秀。大学生の頃両親が亡くなり天涯孤独となる。どこから収入があったのかは不明だが20歳ほどから金回りが良くなり高額な治療費を自分で払って、病を完治、その後かなり遊んでいたそうだ。25歳のある時突然海外へ飛び出し消息不明となる……今すぐに調べられた情報はこれだけだったが、役に立ちそうか?』
電話から聞こえる神楽坂さんの声に、私は何とか貰った情報を頭に入れながら、気だるさに負けじと返事をする。
「…………ん……はい。そうですね、凄くありがたい情報でした。神楽坂さんわざわざ無理させてすいません」
『いや、俺は良いんだが……だいぶ調子が悪そうだが……距離がある状態で異能を使っているのか? ……大丈夫か?』
「…………罠にかかったネズミの処理で気分が悪くなっているのと、あと……乗り物酔いでちょっと……」
「ごめんお嬢ちゃん!? おじさんの運転そんなに悪かったかな!? む、娘にも結構言われるから気を付けてたんだけどっ、本当にごめんね!?」
神楽坂さんと電話中の私の言葉を聞いた、タクシーを運転する中年のおじさんが、慌ててそんなことを言ってきた。
随分と腰の低い男性である。
いや、この人の運転は悪くない。
むしろ安全運転すぎて、時間が気になるほどの遅さだ。
原因はなんと言うか、仕掛けていた罠に掛かった“白き神”への攻撃と、状況を把握するために“白き神”周囲の探知をしていたため、意識がここではない場所に行っていて三半規管がやられやすくなっていたのだ。
「いえ……もともと酔いやすいんです……バスに乗ってても酔う時ありますし、携帯を弄りながら乗っていた私が悪いんです……おぇぇ……」
「と、停まろう! 体調が落ち着くまで少し休もうか! ちょっと待ってね、道の脇で停車するから!」
「駄目です、急いでるんです。私は大丈夫ですから早く東京拘置所までお願いします……うっぷぶぶぶ……」
「はっ、ははは……吐かないでね?」
「頑張ります……」
耳元に当てていた電話を逆の耳に移し、“千手”に回していた異能の出力を切る。
当初の目的であった“白き神”が世界各地に広げていた洗脳を断ち切ることには成功したのだ。
思っていたよりも抵抗が激しかったし、状況を確認することも出来た。
これ以上は得られるものよりも私の消耗の方が大きくなるし、ICPOの人達も逃がしたのだからまた多少の時間稼ぎはしてくれる筈。
となればここは、私の体調を優先するべきだと思う。
先ほどの“白き神”による一斉洗脳を受けて、私は周囲で暴走しようとしていた人達の洗脳解除を一通り行い、ディスクによる起爆役の人達も捕まえてある程度無力化した。
“白き神の根”とか言う教団もこの前潰していたし、日本でのテロ活動は事前に抑え込めたと言っていいだろう。
その後こうして、“白き神”が襲撃している東京拘置所へと向かうためにタクシーを捕まえ、神楽坂さんに、私が見たあの映像に出て来た人物、『白崎天満』なる者の情報を集めて欲しいとお願いした、と言うのがここまでの経緯。
あらゆるコネクションを使い『白崎天満』と言う人物を調べた神楽坂さんの情報の量は、わずかな時間しかなかったとは思えない程、多い。
流石の優秀さである。
頭の中の“白き神”の情報に新たに、本体は病弱だった過去があり、親族はいない、を追加した私は、体調回復に努めつつ、電話先で私の返事を待っていた神楽坂さんに声量を落として伝える。
「……状況はニュースで分かっているとは思います。神楽坂さんにとって、因縁の相手であるアレが暴れている場所に、本当なら駆け付けたいんだろうと言う気持ちは分かります。でも抑えてください。アレの活動は大幅に削ぎました、今はもう出来る事なんて限られてます。ここでチェックメイトを掛けるためには、もう少し手順が必要なんです」
『……分かってる。異能の出力とやらも感知できない俺が行っても、洗脳されるのがオチなんだろう。俺の出る幕はない……先輩の、アイツの、仇だったとしてもっ、俺にやれることなんてないのは分かってるっ……!』
「神楽坂さん……」
苦しいくらいの激情が電話を通して伝わってきて、私の方がやりきれない想いになってしまう。
でも、神楽坂さんと言う善人は、私よりもずっと大人で、人間として出来ていて――――彼は私よりもずっと、私の事を信じていた。
『……すまん佐取、信頼してる。君が奴の悪意を挫いてくれると、信じてる。俺の未熟な無念を、俺の力不足を、君なら晴らしてくれると信じてる』
「…………任せてください」
だから私は、神楽坂さんと言う誰よりも報われて欲しい人の信頼に応えるために、強く頷いて、思考を冷たく鋭らせる。
「神楽坂さん、飛禅さんに会うことは無いと思いますが、もし会ったらアレの攻撃が始まっている事を教えてあげてください」
『? あ、ああ、分かった。任せてくれ』
「ええ、ではこの辺で。もう少しで建物が見えてきます」
『……無理をせず、必ず帰ってきてくれ、多少の取り逃がしは警察でも当然なんだ。なによりも、また君の話を聞かせて欲しい』
『無事を祈る』、そう言って切れた通話をしばらく眺め、私は東京拘置所の建物を視界に捉える。
異能という力を扱える私にとって、誰かに期待を掛けられるのも、誰かに信頼を寄せられるのも、それほど珍しくはない話だ。
けれど、あれだけの激情を、あらゆる誹謗中傷の中で信念を曲げることなく非科学的な犯罪事件の影を追い続けて来た人から託された想いは、一際特別だった。
「……お嬢ちゃん、おじさんにもお嬢ちゃんくらいの娘がいるんだけどね」
チラリと、ミラー越しに私の様子を見た運転手さんはそう前置きをして優しく笑う。
「今の君ほどカッコいい顔は見たことないなぁ。何をやろうとしてるのかは分からないけど、君なら何でもやれるんじゃないかって、おじさん思っちゃうよ」
思わぬ応援の言葉に私は思わず呆気にとられてしまう。
初めて言われたそんな言葉に私は、少なくとも……悪い気分では無かった。
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