粘つく思念と感情を





 欧州にあるとある広い部屋に、部屋半分を埋め尽くすほど大きな世界地図と、その上に点々と置かれた指人形が不気味に存在していた。


 灯りは無い。

 僅かに窓の隙間から入ってくる月の光が部屋に降り注ぎ、物がほとんど置かれていない生活感の無さを照らし出している。

 防音性能が相当優秀なのか、かなり発展した都市であるその地域でも、部屋には外からの物音がわずかにも入ってくる事がない。

 まるで使われていない物置なのでは、なんて思うその部屋の中だが、そんな想像に反して一人の若い男がソファに身を沈み込ませていた。



「あー……惜しかったなぁ、もう少しだったのに。こいつはゲームオーバー、後始末して次の奴に行こうか」



 まるで眠っているかのように目を閉じていた男は、唐突に目を開き、脈絡も無くそんなことを言う。


 そして、目の前の地図上に置かれた駒の一つを拾い上げ、ゴミ箱に放り投げた。

 金髪の男を模したその指人形は、弧を描いてゴミ箱に詰め込まれた他の指人形の山に積み重なった。


 テレビから流れ続ける諸外国での被害報告に視線をやり、男は不満げに肩を竦めた。



「シドニー、北京、ニューヨークにロンドン、そんでサンクトペテルブルク。やっぱり世界の主要都市はどこも警備が厳重だなぁ。本当に世界を征服するなら、もっと綿密な手順を踏まないと、か……」



 ぽつりと呟いた男は地図上の世界各地に散らばる指人形を眺める。


 次はどうするべきか、なんて考えて。

 幾つか所持している手段のどれを使おうかと、気分に任せて適当な駒を選ぼうとして。


 ふと、以前遭遇したとある異能持ちの存在を思い出して、その視線が日本に集まる指人形に定まった。

 自分に攻撃を仕掛けた同種同系統の異能を持つ存在。

 忌々しいあの存在に似た、警戒するべき誰か。


 なんでもない事だと思っていた彼にとっては無自覚だったが、その存在は彼の中に確かな不安を残していた。



「……日本での依頼は順調だ、ICPOの奴らも敵じゃない。不安は……日本にいた正体不明の異能持ちだ。精神干渉系統の異能なんて、僕とアイツ以外に存在しているとは思ってもみなかった。あの程度の出力の奴なら敵じゃないだろうけど……危険なことには変わりない。一通り片付いたら、何かしら対処しないと足を掬われる可能性はある……この前は随分やってくれたからね、お返ししないと」



 「とは言え」と言って、男は楽観視する。



「日本での依頼に影響は出る訳がないけどね。なんていったって戦力が違いすぎる。少しでも危険を感じ取れるなら、手を出してくることは無いだろう。これでもし僕のやってることに首を突っ込んできてくれたら、こっちとしては願ってもない。僕の手駒でも最大級に戦力が揃うあの場所で、適切に処理してやればいいだけだ」



 そんな風に結論付けた男はそれ以上悩むのを止めて、日本の上に乗る指人形を1つ増やして、別のものに視線を向ける。

 そして、他の地図上の指人形に手を伸ばそうとしたところで、手を止めた。



「――――10万人目だ! ようやくこれだけの数になったぞ!」



 突然、嬉々とした声を上げた男はソファから立ち上がり壁に記号を書きこんだ。

 白いチョークで幾度となく書き殴られた壁は、一面がほとんど真っ白で、傍目からはもはや何が書かれているかは分からない。

 だが、それを掻き殴った張本人は、自分が築き上げた成果を見て満足げに歪んだ笑みを溢していた。



「……この数を手駒にするのに時間は掛かったけど、僕だってやれた。不可能じゃない。そうだ、何も奴だけが特別じゃない。僕だって、世界を手中に収めるくらい出来ない筈が無いっ……!」



 執念を感じさせるそんな言葉。

 男が幻視するのは、彼自身が姿を見たことも無い一人の人間。

 自身にこれ以上ないほどに屈辱を与えたそいつを、この男、“白き神”は今もなお、暗く宿った憎しみを抱えて追い続けている。



「まだなのか? まだアイツは僕を敵と見なさないのかっ……!? これだけお前と同じだけの力を見せているのに、まだお前は僕を見ないのか! ……いいさ、それならそれでいいっ! もっと力を付けて、もっともっと手駒を増やして、いつかお前を僕の前に跪かせてやるぞ! そのためにっ、まずは見せてやるっ……! 僕の力の真髄を!!」



 どちらが世界の覇者となるか。

 あの組織的に異能持ちを増やす老人のような紛い物では無く、人と言う種の頂点に立つに相応しい人間がどちらなのかを、世界に知らしめる。


 砕かれた彼の自尊心を取り戻すには、それしか道は無いのだ。



「――――僕を見逃したこと。絶対に後悔させてやる……!!」



 そう吐き捨て、真っ白な壁に叩き付けられた白いチョークは砕け散った。





 ‐1‐





 つい先日神楽坂さんへの報告を終えて元気を貰った私だが、実は私から神楽坂さんへ情報を渡しただけでは無く、一つ聞きたいことがあった。


 今回の件での不確定要素になりかねない、一人の、私の命を狙う恐れのある飛禅飛鳥と言う女性の連絡先だ。



「――――という訳で、ですね。恐らくICPOの方々が追っている“白き神”と言う奴は、東京拘置所への襲撃を行って、“千手”と“紫龍”の救出を図ると思うんです。それで、どんなやり方で襲撃をするかは分かっていませんが、今まで見て来たアレの性格から考えると、誰かしら東京拘置所で働く人を洗脳して、内部から切り崩すやり方を選ぶかなぁ、というのが私の推測です」

『……そう』

「うん、こんなところが今、私が集めた情報と推測の話です……で。随分と【なんで自分にわざわざ電話してきたのか分からない】みたいな感じですね飛禅さん」

『……私、本当に貴方が嫌いだわ』



 神楽坂さんへのものと同様に、一通りの状況説明および推測を話したところで、軽い冗談のつもりで飛禅さんの心情を予想して見たのだが、逆効果だったらしい。

 どうにも彼女との仲は改善の兆しが見えない。

 私はそこまで嫌いじゃないのだが……相性が最悪の可能性すらある。


 いや、そもそもコミュニケーションが足りていないのだろう。

 思い返してみれば、電話越しとは言え飛禅さんとこうして2人だけで話すのも初めてだった。

 はっきりとした拒絶の言葉に居心地の悪さを感じた私は、思わず手元にあった特徴的な首飾りを弄繰り回す。



「そ、そんなはっきりと嫌い宣言されるとは思っていませんでしたが…………まあ別にこれくらいじゃ傷付かないですし? 今は私も外に出ているので長電話するつもりはありませんし? 用件だけ済ましたらすぐに電話を終わらせますので」

『それで用件は?』



 ……やっぱりこの人と話すときは神楽坂さんを挟むべきなのだろう。

 そうでもしないと私のメンタルが持ちそうにない。



「…………飛禅さんが前に“顔の無い巨人”という方に何やら思うところがあったようなので連絡したまでです。私としてはアレに対して手心を加えるつもりなんてありません。やれるなら容赦なんてしません」

『……私が裏切ってその“白き神”って奴に力を貸すのを危惧しているのね』

「飛禅さんの異能があれば骨折なんて大した影響もないですし、そうなると私としては行動原理の分からない飛禅さんは何をするか分かりません。だから、あらかじめこうして情報を渡して、飛禅さんの予想外な暴走を予想できる範囲の暴走に収めようとしたって訳です。はっきり言いますけど、私も飛禅さんのことそこまで信用していませんから」

『ふん、正直に話してくれて清々しいわ』



 不愉快さを隠す事無く、鼻で笑った飛禅さんは「それで」と疑わしそうな声を出す。



『なんでわざわざこんな面倒な保険を掛けるのよ。アンタの力ならこんな遠回しのやり方をしなくても、私を思いのままに操れるようにすることも出来るんじゃないの?』

「なんで何も悪いことをしていない人にそんなことをしなきゃいけないんですか? あっ、さては私が自分のためなら無差別で洗脳まがいなことをする奴だと思ってますね!? だから前々から私に対してそんな敵意を向けてくるんじゃ……!」

『……』



 確信を持って疑うような飛禅さんの言葉に、一瞬何の事か分からなかった。

 確かにそうやって自分の都合の良いように周囲を調整するのは、自分が変わろうとするよりもよっぽど楽だろう。

 でもそれをやっていって残るのは、価値観の壊れた自分自身と只の人形と化した血が通っているだけの生物だ。


 私は誰かを支配したい訳でも、一人で生きたい訳でもない。

 飛禅さんがどれだけ私にとって厄介な想いを持っていたとしても。

 他人を救うために命を投げ打つことができる、少なくとも善人である彼女に対して、一方的に刃を向けるようなことはしたくない。



「言っときますけどっ、何も悪いことをしていない人に対して、誤認程度の軽いものならまだしも、本当に相手を支配するような洗脳なんて、そんなの頼まれたってやらないですからね! も、もちろん、私とか家族とかに対して攻撃の意思があれば躊躇なんてしませんが!」

『……ふーん。まっ、そういう事にしておいてあげる』

「ナチュラルに上から目線ですね!?」



 飛禅さんのこの態度にも慣れて来た。

 まあ、ストーカーの山峰さんよりはましだと思えるし、私はこれくらいじゃ挫けない。

 私を挫けさせたいなら、これの数倍私にストレスを掛けてみせて欲しい。



「と、ともかく、私から伝える情報はこれだけです。“白き神”とやらがどれだけの悪事をやって来たのか私は分かりませんが、少なくとも多くの人が犠牲になっていることは確かです。飛禅さんがこれを聞いてなお、“白き神”とやらに加担したいと言うなら止めることはありません。ただ、私も神楽坂さんという事情を抜きにして本気で攻撃しますのでそのつもりでいてください」

『……見くびらないで頂戴。確かに私にとってあの人は、色々と思うところがある相手だけれど、今の私は曲がりなりにも警察官よ。誰かが不幸になるのを許容することは無いわ。もしもあの人が不幸を撒き散らしていると言うなら……それを防ぐのも私の在り方の一つ。私に影響を与えたあの人にとっては皮肉だけどね』

「…………そうですか」



 思った以上にしっかりとした考え方を持っていた飛禅さんに、少し迷う。

 最初の予定ではここまでで話を終わらせるつもりだったのだが、こうして話してみて、彼女の人となりが少しだけ見えてきて、彼女が言っている過去の関わりは本当に私だったのか、確かめたくなってしまった。


 だからせめて、なんでもない風を装って、私は飛禅さんに問いかける。



「……もしもですけど、昔飛禅さんを助けた人に会ったら、何か言いたい事ってありますか?」

『は? なんでそんなことをアンタに言わなきゃいけない訳?』

「いえ、仮にですよ? 私が“白き神”と遭遇して、奴が以前飛禅さんに会ったような言動をしていて、関連に確信が持てた場合、私から何か伝えておくか、聞いておきたいことがあればと思いまして……」

『……』



 踏み込みすぎたか、と思ったが、飛禅さんの反応は決して悪いものでは無く、何度も思い悩む様な雰囲気が電話越しに伝わってくる。

 少しだけ息が乱れて、心臓の鼓動が早まったのか、飛禅さんは大きく息を吐いた。



『悪いけど、それは私にとって大事なことだから……アンタに頼まなくても、私が直接あの人に聞くわ』



 ぽつり、と彼女はそう言って話を打ち切る。

 『少しでも相手の情報を得たいアンタからしたら、迷惑な話でしょうけど』なんて少しだけバツの悪そうに言うものだから、私は何も追及できない。

 色々と思うところがあったのだろう、飛禅さんはそのまま私に別れの言葉を言って一方的に通話を切ってしまった。


 溜息を吐いて、ワシワシと頭を掻く。

 中々どうして、人間関係も、抱えた秘密の運び方も、上手くいかない。

 前までの私であればあんな、明らかな地雷へと直接踏み込むようなやり方はしなかった。

 神楽坂さんの影響で自分でも丸くなっている部分はあると思っていたが、下手くそな方向への変化は喜べない、自省しなくてはいけないだろう。



「……飛禅さんと境遇が似たあの子と会ったのは、もう何年前なんだろう」



 通話が切れた電話の表示を眺めながら、そんなことを呟いた。


 あの頃はそこまで私も調子に乗っていなくて、素直に自分の異能の限界を試すために色々試行錯誤をしていた時代だった。


 五感に頼らない知性体感知。

 異能と言う第六感のみを用いてあれこれ試していた頃だった筈だ。

 そんな中で見つけたその微弱で弱弱しい精神性に、自分と同類である異能の感覚を兼ねそろえていたその小さな生命を感知して、これ幸いと観察したのが始まりだった。


 相手の具体的な様子は分からない、ただ、あんまり良くないのだろうと言うのだけは分かった。

 精神的に弱っていて、周りに成熟した精神を持つ者達が存在しない。

 私にとって、何をするにしても都合が良かったのだ。


 最初に、意思が伝わるか声を掛けてみた。

 反応はあった、不思議そうに周囲の状況を窺っていた。

 次に、相手から情報を取れるか試してみた。

 結構な距離が離れているものだから、あの頃は深層心理を無理に覗くことなんて出来なかった。

 それならと、質問して相手に考えさせて、思考を読み取る方法を試してみた。

 これは想像以上に上手くいって、こういうやり方が有効なのかと勉強になったのを覚えている。

 そして、最も気になっていた無意識の内に封じ込めている異能の力を解放させて、その力の使い方をある程度教えてみたりした。

 私とは別の異能をこんなに間近で観察する機会なんて無かったから、私も変に興奮していたような気がする。


 数日くらい掛けてそんな風に、小さな誰かと会話し、観察を続けていた。

 だが、その間、成熟した精神を持つ人達が全く寄り付かない事に、話し相手である小さな誰かの命の危機を感じた私は、その子を連れ出すことにしたのだ。


 ……まあ、その判断は正解だったと分かった訳だけど。

 私が連れ出したその子を攻撃しようとした大多数を何とか無力化し、流石にこんな場所には置いておけないと、その子をどこか別の街に連れて行こうと決めたのだ。


 せめて児童養護施設まで送り届けないと、なんて。

 これまで私の実験じみた事に付き合ってくれたお礼として、その子をかなり遠い他の街まで送り届けたが、それも数日掛かったため、その子と接した時間は合わせて一週間程度にもなるだろう。


 そんな幼少時の他愛ない冒険。

 異能を使っているから相手からも顔は覚えられないし、すぐに忘れられるだろうと高を括っていた小さな事件。

 まさかそれが、こんな事になって帰ってくるとは思ってもみなかった。



(あの子が飛禅さん? ううん……分からない、あの子の異能は確か“空を飛ぶ”だったと思うから、間違いとも正解とも言い切れないし。でも、そもそも異能を持つ人の少なさを考えれば、同一人物と思った方が良い気が、って、あれ? 思い返してみても、私が殺意を抱かれる要素が無い気がするんだけど……やっぱり別人?)



 何度思い返してみても、今ある情報ではそうとも違うとも言い切れない。

 と言うか、危ない場所から連れ出して違う街の児童養護施設まで連れて行ったのだから、感謝こそされても殺意を向けられる理由なんてある訳がない。

 だから、どちらかと言うと別人説を押したい私はぐぬぬと唸りつつ、携帯を懐に仕舞い込む。



 そして、私はそっと両手を組んだ。



「別人別人別人、別人であってくださいお願いしますっ……」



 祈るようにそんなことを言いつつ、椅子から立ち上がる。

 出来損ないのとんでも新興宗教とはいえ、部屋にはそれっぽい神具が置かれていたので適当に祈っておく。



「私は良い子。悪い子じゃないよ神様。少し悪いこともしたことあるけど、もう改心したので許してくださいっ……!」



 そんな感じに、前にテレビで見たことあるようなお祈りをしてみるが、飾られていた神具はタイミング悪く地面に落下した。

 別に私は何もしていない、経年劣化とかその辺である。



「……帰ろう」



 ここは前に新興宗教、『白き神の根』の根城となっていたこの場所だが、前の時は遊里さんの母親を助けるので手一杯で、調べ切れていなかったためこうしてまた捜索をしに来ていたのだが、期待したものは出てこなかった。


 変な神具関係と教本とかそういうのばかり。

 後は、恐らく信者とする者のリストアップするためだろうこの地域の地図と、各家庭情報が書かれた資料……まあ、市役所とかに洗脳した者がいて、そこから横流しさせているのだろう。

 そこら辺が出て来ただけで、私が欲しかった異能の範囲を広げている道具は見当たらなかったのだ。



(まあでも、たとえ見付けてもアレが持つ異能の測りにするために使うしか使い道ないし、絶対欲しい物でも無かったですし)



 あくまで、近くにいない同系統の異能持ちに対して出来る準備の一環。

 保険の為にアレが国を跨いで活動している手段を把握しておきたかった。



(出来なければ出来ないで、もう一度しっかりと対面することさえできれば別の手段もあるし……)



 本格的に襲撃するのは何時なのだろう、なんてことを考えながら、誰も居ない『白き神の根』の拠点を出て、帰路に就く。


 街中を歩き、公園を横切り、商店街を通った。

 再び増え始めた人通りは、誘拐事件や殺人事件が終わって街に平和が戻ったと思っている人達が数多くいることを示している。


 呑気なものだなぁ、なんて思うものの。

 駆け抜けていく子供達や元気に井戸端会議をしている主婦達の姿は見ると嬉しくなってくるし、商店街の行きつけのお店は買いに来たわけでもないのに野菜を持たせてくれたりと、なんだかんだ私にとってもお得である。


 やっぱり平和が一番だ。

 異能があるとかないとかそんなのは関係なく、争いや諍いなんてない方が良いに決まってる。


 きっと平和ボケ出来るくらいが丁度良い。

 私はそう思うのだ。



 ふと、私はある電気屋の前で足を止めた。


 時計は15時59分45秒を指している。

 店の道路に面するガラス張りの壁一杯にテレビを置いた、どこにでもありそうな電気屋の前で足を止めた私は、突然真っ黒に染まった電気屋のテレビを見上げる。

 一つなら故障も考えられた、10以上あるテレビ全部がいきなり映像を映さなくなるのはあり得ない。


 時計は15時59分53秒を示している。

 店内にいるアルバイトの様な女性が、虚ろな目で何かディスクを入れ替えている。

 ディスクには何も書いていない、どこにでも売っていそうで、誰でも何かしらのデータを記録するときに使いそうな、ありきたりなもの。


 時計は15時59分59秒。

 真っ黒に染まっていたテレビが一斉に一人の男を映し出した。

 音量調節が壊れた様な大きな音で、映像を正面から見据える若い男はにこやかな顔で画面越しのこちらを見ている。


 時計は、16時00分00秒。



『――――初めまして下等な諸君、僕の名前は白崎天満。年齢は25歳、性別は男。好きなものは他人の絶望した顔、かな』



 大量の異能が含まれた大音量と映像によって、テレビに現れた男の情報を記憶に入れた人達の意識が内側から異能に蝕まれていく。


 私の隣にいた男性が、持っていた携帯電話を取り落として。

 仕事に急いでいたスーツ姿の女性が、意識に寄生してきた別の誰かの人格に悲鳴を上げた。


 ほんの一瞬で阿鼻叫喚の、悲鳴が木霊する現場となったこの場所で、画面の先に映る男はにこやかな笑みのまま、家畜を見るような無機質な目を画面に映す。



『おはよう僕の家畜達。僕の新しい手足となって、君達の無為な人生をどうか棒に振っておくれ』



 そこまで言って、消えるテレビの映像を見届けた私はすぐに携帯を取り出した。

 国内外を問わない、新たなニュースの数々が、絶えず携帯を鳴らし始めたのを確認する。


 世界的な同時多発テロ。

 警察や軍隊、それどころか国際組織にすら休む暇を与えない様な馬鹿げたものばかり。

 こうすれば確かに、ICPOがどれだけ優秀でも、各国がどれだけ科学力を持っていても、目の前の事だけで手一杯だろう。



「……本当に癪に障る」



 溢れかえるニュースの通知で、もはや何の情報を得ることもできなくなった携帯電話を消した私は、“白き神”による、世界規模の東京拘置所への襲撃が始まったことを理解した。






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