第二十一エロ 古の大戦

今から数千年数万年も前の時代――


世界は豊潤な資源に恵まれ、平和な時代だった。


しかし平和神話は徐々に崩壊していった。


資源の枯渇だ。


無限にあると思われていた資源は有限で、いつしかその資源は枯渇していった。


資源が減るにつれて、資源を巡る戦いが勃発していった。


資源を巡る戦いはいつしか種族間の対立を誘発した。


世界各地で資源とは関係なく種族同士の小競り合いが続いていた。


そんなある時、今の魔王も所属していた王族が特殊な技術、エレメントクリスタルを発明した。


王族は中立的な立場として、エレメントクリスタルを必要な種族たちに与えた。


エレメントクリスタルは世界各地で使われるようになり、エレメントクリスタルの恩恵を受けた各種族達は王族に深く感謝した。


時が経ち、世界はエレメントクリスタルを使うのが当たり前の時代となった。


ほとんどの種族が王族への感謝を忘れ、エレメントクリスタルを貰うのが当たり前の時代だった。


「俺たちの土地は荒地なんだ。もっと作物が育つようなエレメントクリスタルはないのか?」


ハゲた頭にゴツゴツした体が特徴的な強欲族の大男が詰め寄る。


「相分かった。順番にエレメントクリスタルを作っておる。しばし待たれよ。」


王族の王、古王が疲れた様子で言う。


強欲族の大男は、さっさとしろよな。と捨て台詞を吐いてどかどかと謁見の間を出る。


その途中で、頭を下げるメイド服姿で二足歩行をしているドラゴン型のモンスターの前で立ち止まる。


「お前、なかなかいい面をしているな。俺の嫁になれよ。」


「ヴロワーフ様、お戯れはよしてください。」


もう1匹のメイドドラゴンモンスターが駆け寄りながら言う。


「戯れじゃねーよ。」


駆け寄るモンスターを睨みつけて、ヴロワーフと呼ばれた大男がすごむ。


「それとも何か?お前ら王族は俺たち強欲族が息絶えてもいいってゆーのか?」


そう言いながら、駆け寄ってきたメイドドラゴンにヴロワーフも近づく。


「い…いえ。そういうわけでは。」


申し訳ありません。と頭を下げるメイドドラゴンの尻を軽く撫でながらヴロワーフが高笑いする。


「プ。フハハハハハ。そんじゃーよ。よろしく頼むわー。」


後ろ手に振りながらヴロワーフは意気揚々と帰って行った。


尻を撫でられたメイドドラゴンの肩が、わなわなと震える。


「大丈夫?イリヤ?」


ヴロワーフに嫁になれと言われた方のメイドドラゴンが言う。


「気にしないでアリア。」


イリヤと呼ばれたメイドドラゴン――竜人族――はそう言って、古王の元へ歩く。


「古王様。我々王族がなぜあんな下劣な種族のために疲弊しなければならないのですか?」


「世界の秩序のためだ。お前たちは資源を巡る一触即発のあの頃を知らんからそんなことが言えるんだ。誰も信用できなかったあの時代。あれこそ地獄よ。我らが少し我慢をすればみんなが平和に暮らせるならばそれが一番いいのだ。」


「恐れながら。」


古王の隣で護衛として立っていた、牙狼族の一匹が口を開く。


「我々牙狼族の中にも、王族から離れるという意見が出ています。いつまでもへりくだり媚びを売るのではなく、強欲族みたく貰うのが当たり前になるべきだと…中には他の種族と連携を持った過激派までいます。」


「それは聞き捨てならんな。」


王の背後から低く渋い声がする。


護衛長だ。


「それで?お前はどう思っているのだ?」


渋い声が牙狼族に問いかける。


「私の頭ではとうてい理解できない問題です。ただ、我々牙狼族のほとんどの者は、王族に深く感謝をしております。」


「感謝…ねぇ…」


意地悪く低くく渋い声が言う。


どこか楽しそうにも聞こえる。


「それなのにどこの種族も我ら王族に、礼の1つも寄こさんではないか。以前は全ての種族が我ら王族を崇め、尊敬し、敬意を持って返礼の品を持参したと言うのに。王よ。やはり平和な世の中はもう終わったのです。これからは統治の時代です。我ら王族が一番だと他の種族共に分からせてやりましょうぞ。」


ぬっと、王の後ろに控えていた低く渋い声が影から姿を現した。


八つの蛇にも竜にも見える頭に1つの大きな体が見えた。


ヤマタノオロチだ。


「ダイヤよ。お前も資源を巡る時代を経験してきておろうが。あの時代に戻ってはいけないのだ。」


古王は真っ黒のローブに身を包み。ダイヤと呼ばれたヤマタノオロチよりも何回りも小さい。それでも王なのだろう。


ヤマタノオロチは八つの頭を下げて再び王の後ろの影に身を潜めた。


しかし、この古王の発言が覆る出来事が起きてしまう。



「報告します!アーキリー様が負傷して帰還しました。」


謁見の間は慌ただしくなる。


「攻撃を受けたのか?それとも事故か?」


アリアと呼ばれた竜人族が聞くと、ダイヤと呼ばれた巨龍族は事故を否定した。


「攻撃されたに決まってるだろ!俺が出る!」


「まてダイヤ!」


イリヤと呼ばれた竜人族が止める。


「何だイリヤ?俺を止めるのか?」


1つの首だけがイリヤの方向を向く。


「古王様…」


そうこうしている内に負傷したアーキリーが謁見の間にやって来た。


アーキリーは翼竜族のプテラノドンだった。


「卑息族が我々王族に攻撃を仕掛けて来ました。」


片翼に大きく穴を開けられたアーキリーが悔しそうに言う。


「報告します!強欲族が王族に向けて宣戦布告をしました!大軍がこちらに侵攻してきています。」


「ふざけるなー!」


ダイヤが8つの首で叫ぶ。


「よろしい。エレメントクリスタルを使っている全ての種族に伝達せよ。我ら王族につくのか、それとも強欲族や卑息族のように滅びの道を選ぶのかを。エレメントクリスタルの製造を停止せよ。我々王族はエレメントクリスタルの力などなくとも生きられる。攻めてくる強欲族を迎え撃つ。ダイヤ、巨龍族を率いて迎え撃て!イリヤ、アリアは翼竜族と竜人族を従えて卑息族を根絶やしにしてこい。」


古王がそれぞれに命令を出す。


それから古王は牙狼族の男を見た。


「牙狼族よ。我が手下の王の口と共に一族の元へ向かうがいい。お主は語り部だ。今のことを代々受け継がせるがいい。」


その顔は悲しみに満ちていた。


王の口と呼ばれた、真っ黒の球体に口があるだけのモンスターと一緒に牙狼族は一族の元へと向かった。


長い牙が特徴の王の口が今の状況を牙狼族に伝えた。


こうして後に古の大戦と呼ばれる、世界の大地を荒廃させる戦いが始まった。


牙狼族は、複数の語り部を色んな場所に派遣して、大戦の様子を後世に伝えて行った。


――強欲族と巨龍族の戦い。


指揮するのはダイヤとヴロワーフ。


「古王の側近が相手とは申し分ない!」


ヴロワーフが高笑いしながらゴツゴツした手を振り上げる。


「知能の低い種族よ。貴様らなど、元々我ら王族が一族、巨龍族の足元にも及ばないこと教えてくれるわ!」


8つの頭が同時に叫ぶ。


巨龍族はその名の通り体が大きな龍族であり、様々な種類の龍族が構えていた。


リーダーのダイヤの突撃号令と共にありとあらゆる種類の巨大な龍族が砂地を走り出した。


瞬間、地面が陥没しほとんどの巨龍族がまるで蟻地獄に飲まれるかのように眼下へ落下した。


「馬鹿め!お前らみたいな脳筋どもに真っ向から戦うものか!」


ヴロワーフが笑いながら言い、他の強欲族もゲラゲラと笑っている。


足元で転がっている巨龍族に向かって幾本もの石弓を放った。


「お前ら巨龍族は火耐性があることは知っているからな。だからこれだ。」


ヴロワーフがニヤリと笑って、1つの壺を持ってきた。


「?何だ?」


「王族が一枚岩だと思ったら大間違いだぞ?」


訝しむダイヤに向かってヴロワーフが言う。


ヴロワーフの後ろから毒魔族が現れた。


毒魔族は、緑と紫の縞々模様をしたカメレオンの様な見た目をしていた。


「毒魔族…王族を裏切ったか!」


ダイヤの首の1つが吠える。


「今さら気づても遅いわ!俺たちは前々から王族を討つ計画を立てていたのだ!」


ヴロワーフがチャポン。と壺の中の毒に矢を浸して構える。


「やめろ!」


ヴロワーフが毒矢を構えるのを見て、ダイヤの8つの首が同時に叫ぶ。


毒魔族は様々な毒を生成できる。


今回生成した毒は、確実に巨龍族に効果がある毒であることは明白だ。


「冥土の土産に教えといてやろう。卑息族と俺たちは組んでいる。あいつらが考えた作戦は素晴らしいぞ?王族は今に滅びるだろうよ。」


そう言ってヴロワーフは、必死に登って来ようと足掻いている巨龍族に向かって毒矢を放った。


「愚かなものよ…いくら力があるとはいえ巨龍族は空を飛ぶことすらできない…卑息族はそれを俺たちに教えてくれた。そして今回のこの作戦だ。卑息族討伐に向かった竜人族と翼竜族も全滅だろうよ…牙狼族の語り部よ!巨龍族が滅ぶ様をしっかりと記録しておくがいい!」


ヴロワーフが高笑いしながら更に毒矢を放つ。


穴に落ちた仲間が攻撃を受けているのをダイヤも黙って見ているわけではない。


しかし、ダイヤの進路をふさぐ様にたくさんの強欲族が躍り出た。


ゴツゴツした両手でダイヤをとにかく殴った。


ダイヤも8つの首で応戦するが、多勢に無勢。


穴に落ちた巨龍族も全滅した。


強欲族と毒魔族は王族の城へ向かって再び進軍を開始した。



竜人族と翼竜族は卑息族と戦っていた。


そこでも卑息族の罠にかかり、王族は劣勢だった。


空飛ぶ翼竜族は目に見えないワイヤーに搦め取られ、制空権を得ることができなかった。


力がものを言う竜人族は、同じく力がものを言う巨豪族と相討ちとなって散った。


ここに、巨豪族が滅んだ。


巨龍族に竜人族、翼竜族は攻めた者は全滅したが王族の城にまだ家族がいる。


もちろん非戦闘員だ。


卑息族も王族の城へと進軍を開始した。


王族の城は今、東側を強欲族と毒魔族が攻めてきて、南側を卑息族が攻めてくる形となった。


巨龍族・竜人族・翼竜族敗北の報せはすぐに届いた。


「非戦闘員を逃がせ!みんな命からがら逃げるのだ!ジャッカル族、戌走族、スライム族、野菜軍団は非戦闘員を守ってくれ。」


古王が悲しそうな表情で、城の者に指示を出す。


それから怒りの表情をして、周囲を囲う配下に向けて言った。


「我が体がの一部たちよ…攻めてくる者どもに報いを与えるぞ。」


「古王様。土の大きなエレメントクリスタルが狙われているという報告を受けました。向かい迎撃してきます。」


配下の1人がそう言ってすっと闇に消えた。


「魔王か。そなたなら1人でも十分だろうが、助けが必要ならすぐに報せを寄こすのだ。」


闇に向かって古王が呟いた。


土の大きなエレメントクリスタルを巡る戦いの地には、語り部が誰もいなかったためどのような戦闘が行われたのかは不明だが、今魔王として君臨する者がたったの1人で、何百、何千という敵と戦って勝利したと歴史に刻まれている。


王族の城での戦闘は激しさを増し、語り部は非戦闘員として連れ出されたためその詳しい戦闘内容は不明だが、城に残っていた王族は全滅し、攻めてきた強欲族と卑息族、毒魔族は滅んだ。


こうして世界を荒廃した土地へと変貌させた古の大戦は、痛み分けという形で終結した。

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