Sideアレク:アレクとルドルフ・3

 夢を見た。

 まさか舞踏会の前に、火祭りの夢を見るなんて思いもしなかった。

 夜、村の広場に集まって、組み木に火を付け、朝まで踊るのだ。

 ときどき踊る相手と気が合えばカップルになり、それがきっかけで結婚することだってあった。それを皆で祝福するのだ。


「姉さん、私。彼氏ができたの」

「そう。おめでとう」


 私が買い出しに出かける前日、妹から言われたのはそれだった。

 買い出しに出かけるときは、大概村の皆の分もまとめて買いに行く。都会だったらいざ知らず、こんな偏狭な村まで鉄道なんて通ってないから、買いに行ける人間がまとめて買いに行くのだ。

 私は妹のために、花嫁衣装を買いに行くことにした。

 ──もちろんそれは、妹が着ることは叶わなかったけれど。

 あの火で焼け落ちた村を、私はあちこち走り回った。生きている人がいるんだったら、すぐ村から出て、教会の神官様に治療してもらおうと。

 でも不思議なことに。この村で誰ひとり、倒れている人がいなかったのだ。

 おかしい。私は走りながら、思いつく限りの村人の名前を呼びながら叫んだけれど、人の気配がない。それどころか、肉の焼ける臭い、髪の焦げる臭い、死体の腐臭……人の気配がたった一日で消えるなんて、ありえない。

 私は必死で走ったけれど、とうとう誰ひとり見つからないまま、私は自分の家に辿り着いた。

 せめて家族の遺体を見つけたら、地面に埋めてやりたいと思ったのだけれど。

 家は外郭だけ残して焼け落ちてしまっていたけれど、どうにか馬に柱を引っ張ってどけてもらい、辺りを探したけれど、とうとう家族の遺体は見つからなかった。

 替わりに。


「……なに、これ」


 私は赤い石を見つけた。掌にすっぽりと乗るほどの大きさのそれが、そこに落ちていた。

 それに手を伸ばし、私は拾い上げると。誰かの気配を感じた。

 私は思わず馬と一緒に物陰に隠れたところで。黒ずくめの人々が歩いてきたのだ。全員が全員、烏のようなお面を付け、真っ黒なローブで身を包んでいた。そして何故か、大きなショベルを持っていた。


「全部回収したか?」

「なんとか。今年も豊作だったな」


 野盗のようなことを言う連中だと憤慨したけれど、私は必死で馬の嘶きを抑えつけながら、その集団を睨んでいた。

 彼らは麻袋に、大量の鉱石を集めていた。不思議なことに、それは私の家から持ち出した赤い石と同じ色をしている。


「全く、昔ながらの錬金術は骨が折れる。お貴族様たちはこんなものに価値を見出すんだか」

「まあそう言うな。賢者の石をご所望のお貴族様は多いんだ。これひとつで、どんな卑金属も金に変えられる、金の卵を産むニワトリならぬ、金を産む赤い石だ」

「でもコストがかかり過ぎるだろう? 村ひとつ消すなんて」

「その辺りはお貴族様の手腕に任せようや。地図上から村ひとつを消す方法なんていくらでもある。ローゼンクロイツの恩恵に預かっている連中は、賢者の石ひとつ生み出すためには、そりゃもう、なんだってするだろうさ」


 彼らは燃え尽きた家をシャベルで掘り起こし、賢者の石と呼ばれた赤い石だけ回収すると、麻袋に入れる。

 ……今の、どういう意味? 村ひとつで、赤い石って。

 じゃあ、これのせいで妹が……家族が……村の皆が死んだっていうことなの?

 私は赤い石を持ったまま、馬に乗って教会へと逃げ込んだ。事情を全て打ち明けたら、神官様は心底憐れんでくださった。


「それは大変でしたね……あれは、道理というものを知りませんから」

「……教えてください、神官様。あれはいったいなんなんですか。どうして私の家族は、村の皆は、死ななければならなかったのですか」

「……ローゼンクロイツのやり口を知ったら最後、あなたの人生は変わってしまうかもしれません。本当に、知りたいですか?」

「……はい」


 今思っても、あの炎は今でもよく覚えている。

 貴族の真似事をしていても、どこかで貴族を嫌っている。でも貴族の中でも嫌いじゃない人たちができてしまったから、私はずっと迷っている。


****


 神官様から贈られてきたものを見て、私は戸惑った。


「神官様はなにを考えらっしゃるんですか?」


 メイドのふりをして潜入してきた、教会の女性はそっと教えてくれた。


「アレク様が孤軍奮闘してらっしゃるのを、神官様もよくわかってらっしゃるんですよ。それにここで不審な女性が現れたら、グローセ・ベーアなりローゼンクロイツなりは必ずや動きます……ここでの言動を覚えておけば、今後の学問所での生活で有利になるでしょう」

「……そう」


 それは妹に買ってきた婚姻装束を思わせるような、真っ白なドレスだった。

 ううん、村人が着るにはもったいなさ過ぎるような、絹もレースもふんだんに使った光沢感のあるドレス。胸元も大きく開いているから、普段の学問所での私を知っている人から見たら別人にしか見えないだろうけれど。

 普段男の格好ばかりしている私からしてみれば、たしかに久々のスカートには心躍るけれど、今度の舞踏会で着ていいものかがわからない。

 私は着ようと思っていた燕尾服をちらりと見ながら「どうしても着ないといけない?」と尋ねる。


「私はアレク様のドレスの着付けができて、光栄だと思っておりますよ?」

「そう……」


 気遣われているんだろう。ここでローゼンクロイツが行っていること、社交界の汚染を暴露してしまえば、たちまちここの令息令嬢を敵に回してしまう。私の行動は下手したら命を落とすことだってあるのだから。

 ……決して浮き足立たないようにしよう。私は久々にスカートを着付けられ、ついでにドレスに合うようにと化粧まで施され、髪も束ねられる。たしかにこれだと、普段の私よりも大分垢抜けているから、近くで見なかったら印象が変わり過ぎて私だと見抜かれない。


「これでグローセ・ベーアの方を籠絡してしまえば、ローゼンクロイツとの戦いにおける味方を増やすこともできましょう」

「……彼らと話したけれど、色仕掛けなんかで動く人間じゃないと思うけど」


 私が男装しているのだって、そもそも女だからと守られてしまっては、彼らの人となりなんて見抜けない。同姓として接して心地いい人間でなければ意味がないからなんだけれど。

 神官様はなにかを勘違いされているような気がする。

 私は気が進まないまま、馬車に乗せられて講堂へと送られていった。

 講堂はいったいどんな金をかけたのか、煌びやかなシャンデリア、赤い絨毯、そして豪奢の服に身を包んだ令息令嬢と、社交界を凝縮させたような世界へと早変わりしていた。

 こんな世界になるんだ。私がスカートの裾を持って歩いていると、こちらに視線が集まってくる。


「あんな方いらっしゃった?」

「どこかの令嬢? 途中入学? それとも編入かしら?」

「綺麗な方ね、でもこれだけ綺麗だったら、もう学問所内でも有名になっていたと思うけど」


 皆が密やかに話をしているのが聞こえる。君たち、普段私の周りにいるのに気付かないんだ。少しだけ寂しい思いをしていたら。


「……君は」


 困ったような声をかけられて、私は振り返った。

 ルドルフだ。銀色の髪をひとつに束ね、燕尾服を纏った出で立ちは、さながら社交界に君臨するために生まれたような姿だ。


「ご機嫌よう」


 私がそう会釈をすると、ルドルフはますます困ったような顔をした。

 胸を見ると、顔を真っ赤にして逸らす。普段から綺麗な顔をしている彼にも、羞恥というものは存在していたらしい。


「……君、アレク……のはずだが……」

「アレクサンドリア」

「えっ?」

「アレクサンドリア・デーメルと申します。あなたは、ルドルフ・オーフェルベック様、でしたね?」

「……ああ」


 彼は困惑していたものの、だんだん顔から熱が治まった。

 こちらが訳ありだと察したのか、それともアレクとアレクサンドリアが別人だと思ったのか。

 やがて、彼は黙って私に手を差し出した。


「よろしかったら、一曲いかがですか?」

「……ええ、私もダンスのお相手が欲しかったんです」


 彼と手を取り、ダンスフロアへと歩いて行った。

 不思議なものだ。彼とはフェンシングで本気の試合を行ったり、馬で遠乗りしたり。かと思いきや、ダンスで一緒に踊ったり。

 ……これだと、私は彼に焦がれているみたいだ。

 彼は綺麗な人だから、私みたいな不正を行ってこの学問所に入った人間を怪しんでも仕方がないのに。

 ゆったりと曲が流れる中、ルドルフはそっと私に耳打ちした。


「……君、本当にいったい、何物だ? 社交界にダーヴィト家なんて新興貴族が現れたと思いきや、その爵位をもらう背景もでたらめだった。でもあると証言されているから、ないとは言い切れないなんて不条理なことが起こっている。なにか利権が絡んでいるのか、それとも陰謀があるのかがわからない」


 やっぱり。彼のことだから、私が何物なのか不審がって調べるだろうと思っていた。

 だから、この人ならいいと思ったんだ。こちらに視線が集中し、皆が密やかに囁き合っているのが耳に入る。でも私たちの会話を立ち聞きする者はひとりもいない。だからこそ、ダンスで身を寄せ合っている間なら、話ができる。


「……ローゼンクロイツについて、どうお考えですか? 錬金術について、どう思われますか?」


 私は彼に耳元に囁き返した。

 ルドルフは一瞬だけエメラルドの瞳を見開いたあと、その美しい双眸を細めた。


「……君は、彼らに敵意を持っているね」

「ええ。あれは滅ぼすべきです。私のような想いをするのは、私ひとりで充分です」


 令息令嬢が、どす黒い感情を持つ必要なんてない。

 その感情は、私ひとりが持っていればいい。

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