争奪戦(ヒロインと幼馴染につき)

 舞踏会が終わり、私はメイドたちにドレスを脱がしてもらい、風呂に入ってぐったりと天井を仰いだ。

 正史のヨーロッパの風呂事情はよく知らないけれど、乙女ゲームである以上清潔感が重要だから、ちゃんと風呂はあるらしい。いったいどういう福利厚生なんだ。一度死んでいる以上、福利厚生もへちまもないんだけど。

 とりあえず、確認した限りはアレクは明らかにルドルフの攻略が完了しているよなあ。つまりは、ひとりは落ちた訳だから、アレクがあと三人落としたら、グローセ・ベーア入りが決定。めでたくローゼンクロイツへの宣戦布告がなされると。

 ……ぜんっぜんめでたくないんですけどねっ!

 父様への手紙の返答が来ないことには、私もそろそろ最後のひとりを落とさないといけないんだけれど。ルドルフが落ちた以上、次はオズワルドかニーヴィンズに行くかと思う。となったら、私はその間にティオに行かないと駄目かあ。

 そこまでぐちゃぐちゃと乙女ゲームの攻略順について頭を悩ませたあと、今回の舞踏会へと想いを馳せていた。

 ……贈られてきたドレスに、メイドに頼んで水をかけてもらったら、たしかにあれは紙で、簡単に溶けてしまった。あんなもの着て水をかけられたら最後、皆の前で赤っ恥をかかされた上に、他の令嬢たちからのいじめが加速していた恐れがあるんだから、本当に助けてくれたカリオストロはファインプレーだったんだけれど。

 あれ、本当になんで私のことを知っているのよ。そりゃゲーム内で語られてなかったことがばんばんと露呈していっているけれど、乙女ゲームプレイヤーからしてみれば、隠し攻略対象に助けられたらときめく場面だろうけれど、この場を生きる人間からしてみれば、ときめくより先に「怖いわ」と思ってしまう。

 だってどうして助けられたのかわからないし。カリオストロとジュゼッペが同一人物なのかどうかも、まだ確証が持てないでいる。

 さんざん悩んでから、私はようやく風呂から出て、ネグリジェに着替えた。

 考えても拉致が明かないから、今は寝てしまおう。

 今日の悩みは、明日の私に任せて、今は寝る。


****


 朝ご飯を出してもらい、それをもふもふと食べてから学問所に出る。

 またも嫌がらせされたらどうしよう。それとも、カリオストロに助けられたことで、ローゼンクロイツにずぶずぶに浸かっている家系からは見逃されるようになるんだろうか。

 ずっとダンスを踊っていたせいか、筋肉痛で筋という筋が悲鳴を上げている。

 本当につらい。そう思っていたところで。


「アデリナ? おはよう、ずいぶんと疲れているみたいだね」

「ひぐっ」


 変な声が出た。いつもだったらジュゼッペが出てくるというのに、最初に出会ったのはよりによってアレクだった。私はきょろきょろと辺りを見回す。

 そう何度も何度もアレクのファンの女性陣に敵視されたくはない。女子生徒が見当たらないことに心底ほっとしてから、アレクと向き直った。


「なんの用ですの。あなたに馴れ馴れしくされる覚えはありませんわ」

「そう? 私からしてみれば、君から目を離すのが怖いのだけれど」


 なんでや。脳内でツッコミが飛ぶ。

 アレクよ、ルドルフを落とした以上は、次の攻略対象に行けよ。私を攻略しようとするなよ。私がアレクの好感度を上げたら、アレクを学問所から追い出せなくなるだろうが。アレクのプレイヤーに出会ったら「そんな不毛なプレイは止めろ」と説教しているところだ。いや、アレクのプレイヤーもなにも、アレクはアレクの意向があるんだろうけれど。いや、本当のところは知らん。

 私が脳内であれこれと考えている中、アレクはきょとんと小首を傾げていた。


「昨日は素敵なドレスを着ていたからね、君も。せっかくだったら一緒に踊りたかったんだけど」


 いや、あんた浮かれて男装を解いてルドルフと踊っていただろうが。こうも私を口説こうとするなよ。本当になにを考えているのかわっけわかんないなあ。


「あら、一度私をエスコートできたからって、本番でもできるとは限らないでしょう? 私、踊る相手は選んでますもの」

「そうだね、ニーヴィンズはいいパートナーだったと思うよ。彼自身も高潔な人だしね。もし君が彼を選ぶのだったら、私も大歓迎なんだけれど」


 ……ん?

 ちょっと待ってよ。なんでアレクがニーヴィンズを落とそうとせずに、私の仲人しようとしているのよ。訳がわからなくなってアレクを見ると、アレクは真剣な様子で言葉を紡ぐ。


「……君の友達だけは、私は我慢ができない」

「ちょっと待ちなさいな。あなた、いったいなにをおっしゃって……」

「私は君が泣くのだけは我慢ができないから。もし君が選ぶのがニーヴィンズだったら、私は素直におめでとうと言うけれど、ジュゼッペだけは許容できない。いい? もし彼になにかされそうになったら、真っ先に逃げるんだよ? 私があなたを逃がしてあげるから」


 アレクの言葉ひとつひとつをどれだけ精査しても、今の私には意味がわからない。

 ちょっと待ってよ。たしかにジュゼッペは錬金術に傾倒している。でも、なんもしてないのになんでそこまでアレクに敵視されているの。

 錬金術師だから? それともアレクが個人的にジュゼッペのことが嫌いだから?

 そもそも、私ジュゼッペについてはただの幼馴染としか思っていないのに、どうしてそこまで警告されているの?

 昨日から続いている疑問で頭痛が生じ、とうとう私は。

 ……医務室で休ませてもらうこととなったのだった。


****


 真っ白なベッドに真っ白なカーテン。枕も布団も当然ながら真っ白。

 私はその中で、すやすやと眠っていた。昨日もよく眠ったはずなのに、それでも寝足りなかったのか、一時間ほど寝て起きたら、ようやく頭痛は引いて頭もクリアになった。

 医師にお礼を言ってから、次の授業へと向かう。

 特別棟から出て、次の授業の校舎を探している中。人通りのない道を歩いているとき。

 なにかしら言い合いをしているのが耳に入った。


「……君、ずいぶんと僕のフロイラインに対して、馴れ馴れしいねえ? 嫌われていると思ってもいないんだね」


 その人を食った口調は、どう聞いてもジュゼッペのものだった。

 対する声は、ひどく凜としている。


「君のことは調べたよ、ジュゼッペ・バルサーモ。君の経歴、家系、生い立ち、なにもかもをね。でも……全部嘘偽りじゃないか。いったいどんな手を使って、君はアデリナを騙しているんだ?」


 その凜としながらも険しい声は、アレクのもの。

 そしてアレクは体育館から持ってきたのか、フェンシング用のレイピアをジュゼッペに突き出している。

 って、ええ!?

 私はびっくりして、柱に隠れて座り込んだ。

 そして柱の後ろから、ちらりと口論をするふたりを盗み見る。

 アレクは普段、彼女のファンには絶対に見せないような、憤怒の表情で彼を睨み付けていた。対するジュゼッペは、いつものにやにやとした笑みを引っ込めて、ひどく怜悧な顔で彼女に視線を向けている。

 どちらも今まで、私が見たことない表情をしていた。

 ちょっと待ってちょっと待って。こんなの知らない。こんな場面知らない。いったい私が知らない内に、なにがはじまっているの。

 アレクはさらにジュゼッペに言い募る。


「……いや、君は最初からアデリナを利用するつもりじゃなかったのか?」

「君も若いねえ。頑張って挑発して、僕がボロを出すように誘導したいようだけれどね。でも僕は、君が言っていることの意味が、なにひとつわからないよ?」

「とぼけるな! 君の経歴が偽証しかないということはわかっているんだ!」

「ああ、仮に僕の経歴が全て偽証だったと肯定しよう。でもその代わり、君は僕の正体をわかっているのかな? それの根拠はあるのかな? 僕がボロを出さない限りわからないのじゃないのかな、違うかい?」


 アレクは答えない。

 答えないってことは、肯定だ。

 ジュゼッペはアレクに対してようやく笑みを向けた。普段の人を食ったにやにや笑いではなく……あからさまな嘲笑だ。


「レイピアを降ろしたまえよ。君が僕の正体を見破れたとき、また話を聞いてあげよう。でも……君こそ、君の復讐に僕のフロイラインを利用するのはやめたまえよ。あの子は絆されやすいとはいえど、既に守りたいものを定めている。守る者がなにもないより守るべき者があるほうが強いってことは、君がよくわかっている話じゃないかい?」

「……カリオストロ、絶対に君を打ちのめす」

「誰だい、その名前は」


 言うだけ言って、そのままジュゼッペは去って行ってしまった。アレクは悔しげにレイピアを下げ、彼の後ろ姿を見送る。

 私は柱の後ろで三角座りをして、考え込んでしまった。

 ちょっと待って。これ、どういうことよ。

 もう私の知っている乙女ゲームの知識が、利用できなくない?

 次の授業には出なきゃいけないはずなのに、力が抜けてしばらくその場から立ち上がることができなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る