舞踏会2(ダンスのパートナーつき)

 カリオストロはこちらを見ると、くつりと笑った。


「フロイライン、よかったら私と一緒に踊ろうか」

「…………はあ?」


 こっちの言及には一切答えない態度に、うちの幼馴染を思い出してイラリとする。そういえばジュゼッペ、あいつは今日一度も見てないな。

 カリオストロは私のほうに手を差し出す。年齢不詳の彼は、学問所の生徒たちでは……グローセ・ベーアですら……出せないような余裕と貫禄を漂わせていた。


「なに、私を敵に回したくない人間というものは多いからね。君を敵に回すということは、私を敵に回すということと同意だということを知らしめるいい機会だろうさ。どうする?」


 そう言われて、私は少しだけ考え込んだ。

 正直、今この場を切り抜けるには、カリオストロの提案に乗るのが一番いいのだ。そうすれば、私の邪魔する女子はいなくなり、私は攻略対象を落とすことだけに専念できる……けど。

 思うのはアレクの存在だ。

 元々アレクは、ローゼンクロイツを潰すために教会から送られてきたんだ。そんな彼女がローゼンクロイツの幹部のカリオストロと踊っている私を見たら、どう思うのか。

 ……ほぼ確実に、彼女の容赦がなくなる。

 今までなんだかんだ言って親切だったのが不思議なくらいなんだ。彼女に弱みを見せたら最後、そこを突かれて私は学問所を追放される。それは困る、まだ父様がローゼンクロイツから手を引いてないんだから。

 ローゼンクロイツや錬金術を容認する方向のグローセ・ベーア、それこそシュタイナーやウィリスだったら、まだ見逃してくれるだろう。中立のティオとニーヴィンズはどうなるかは私も読めない。でもローゼンクロイツを敵視しているルドルフとオスワルドは駄目だ。こんなのどう考えたって、宣戦布告が過ぎる。

 私が「ぐぬぬぬぬぬぬ…………」と歯を食いしばって考え込んでいるのを、カリオストロは心底面白そうに眺めていた。


「どうするかね? フロイライン」

「……私、たしかにこの学問所では敵が多いですわ」


 そりゃそうだ。商家からのぽっと出貴族に優しいお貴族様は、そうそういないだろうし。だから爵位持ちを引っ掛けて爵位をゲットしないと話にならないんだし。

 優秀なアレクに近付いたがために、女子からはすっかりと総すかん気味だし。だから現在進行形で嫌がらせをされている訳だし、実際されたし。

『ローゼンクロイツの筺庭』の悪役令嬢って時点で、あらゆる面が詰み過ぎているのが実情だ。他のゲームだったら、まだ多少なりともどうにかできる余地があっただろう。

 でも、最初から乙女ゲームプレイヤーを地獄に叩き落とすことに定評のあるブラックサレナに、譲歩の余地を求めるほうが間違っている。


「ですけど、これは私ともうひとり……この学問所に革命を引き起こそうとするものふたりのチェスですもの。一対一の大勝負に、口出しは無用ですわ。もしそれでも私に口を出したいとおっしゃるのなら」


『ローゼンクロイツの筺庭』は、いわばアレクとアデリナのチェスの駒の奪い合いであり

、どちらが先にチェックメイトを決めるかの勝負だ。

 アレクのほうが圧倒的に優勢だけれど、まだ王は無事だ。つまりは、まだ勝負はついちゃいない。


「あなたが私の駒になりなさい。それが無理なら帰ってちょうだい」


 そう言った途端に、カリオストロは震えはじめた。

 口元を手で抑えたと思ったら、肩を大きく揺らす。


「……くくく……くっくっくっくっく……はっはっはっはっはっはっは!!」


 とうとう腹を抱えて笑い出してしまった彼を見て、私は唖然とする。おい、私は笑わせるために宣言したんじゃないぞ。たしかに胸を補強してヒールで身長さば読んでいるから、通常の悪役令嬢的な威厳は全くないけれど。

 ただ泣いて待っていれば助けが来るなんて、誰も思ってないからな。私はカリオストロが笑い終わるのをしばし待ってから、溜息をついた。


「私を笑いものにして満足?」

「くくく……いや、すまないねフロイライン。君のことを決して馬鹿にしたかった訳ではないんだ」


 嘘つけよ。

 そう頭の中で突っ込んだけれど、すぐにカリオストロが返事を寄こす。


「勇敢だと思ったまでだね。いやいや、本当に長生きはするもんだ。それじゃあ、私は失礼するよ。それでは、よい夜会を」


 優雅に礼をして、そのまま立ち去っていくカリオストロの背中を、私はしばし眺めていた。

 このおちょくり具合、私のことをさんざん試すようにした真似、なによりもドレスを贈ってきた動機。

 まさかとは思う。ありえないとも思う。だって、年齢がまず違うのだ。余裕だって威厳だって違う。うちの幼馴染、本当にヒョロヒョロなのだから、カリオストロほどしっかりしていない。

 でもあいつは錬金術師だ。たしか史実におけるカリオストロだって、年齢不詳で名前だっていくつも偽名があったとされている。ゲーム内のカリオストロも、その辺を意識してか、年齢不詳で偽名を持ってて、姿形も人によって変わると記述があったはず。

 ……あんた、ジュゼッペだっていうの……? 隠し攻略対象の?

 そもそもあんた、アデリナの幼馴染なはずなのに、いったいどこをどうしてこうなってるのさ……!

 私は頭を抱えてしまった。そもそも、カリオストロが表舞台に出てくるのって、いろんな意味でまずくないか?

 だって、彼は隠し攻略対象……わざわざ隠れないといけないシナリオが、まともだった試しはない。


****


 ひとりでぐるぐると考え込んで、ようやく会場に戻る。

 一回だけでも踊らないと、あとで先生に怒られるんだけどなあ。正直、もう帰りたい気分でいっぱいになっている。

 でも会場に入った途端、周りが騒がしいことに気付く。どうしたんだろう。ダンスフロアに皆が一斉に視線を注いでいる。ちょうど腕を組んで眺めているニーヴィンスがいたから、声をかけてみた。


「あら、あなた今ひとり? もしよろしかったら踊ってくださる? 私、まだ誰とも踊ってないのよ」

「あれ、アデリナさんまだだったんだ? 僕もそろそろパートナーを探さないとまずいと思っていたところだったんだけれど」


 相変わらず燕尾服に着られている印象のぎこちないニーヴィンスは、心底ほっとしたような顔をした。そしてちらりとダンスフロアを見る。


「まあ、周りはあちらに注目しているだろうから、こちらにまで脚光は来ないからちょうどいいよ。さっさと終わらせてしまおう」

「ええ……今、どなたが踊ってらっしゃるの?」

「うん。正体不明の人。すごい美人がルドルフさんと踊っているんだ」


 えっ……!?

 私はギュンッとダンスフロアに注目した。

 真っ白なドレスは波打つロマンティックな雰囲気。シャンデリアの光を一身に受けたその人は、胸元に赤いペンダントが映えた。金色の髪はひとつに束ね上げられ天使の輪を描き、潤んだ瞳はサファイヤブルーに輝いている。

 ……アレクじゃない。しかも、こんな堂々とドレスを着て踊っていたら、誰も気付かない。

 そりゃそうだろう、体のラインを思いっきり潰しているから、豊満な胸が露わになり、化粧まで施されてしまったら別人だと思ってしまう。

 そして彼女をエスコートしているのは。

 銀色の髪をひとつに結い、燕尾服の胸元には白バラをあしらった、エメラルドグリーンの瞳の青年。

 ルドルフとアレクが踊った途端に、太陽と月が一緒に踊っている美しい絵柄が完成し、周りが感嘆の溜息をつくに決まっている。

 これが乙女ゲームしているんだったら、私はモブ視点でキャーキャー言いながら見守っていただろうに、今のアデリナからしてみれば「怖いペアが完成してしまった……」と恐怖に脅えるしかない。

 これ、間違いなくルドルフは攻略された。

 残り三人陥落されたら、うちは没落する。私はひしっとニーヴィンスの腕にしがみついた。アレクに視線を向けていたニーヴィンスは、少しだけ驚いたような顔でこちらを見てきた。


「アデリナさん?」

「踊りましょう? ほら、せっかくですもの」

「……うん、そうだね」


 必死で胸を押し当てても、残念ながら詰め物の感触しかないだろう。私には色気がないのだから。だから、ニーヴィンスの初々しさに付け込んで、私は必死で次の一手を考えるしかないのだ。

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