舞踏会(嫌がらせにつき)
その日、私はメイドたちに丁寧に着飾られていた。
マーガレットのレースに合わせて、普段のドリル……縦カールに合うよう、マーガレットの刺繍の施されたヘッドドレスをあしらわれ、首元にはアクセントでサファイヤのペンダントを付けられた。
乙女ゲームでやっているときは浮き足立って進めていたけれど、まさか現場がこんなに緊張するものだとも、陰謀が張り巡らされているとも思っていなかったんだけど。
そもそも。ここは唯一アレクがドレスを着て踊るシーンなはずなんだけれど、現在進行形でアレクの攻略状況は私も把握してないし、そもそも男装を解く気がないのかすら知らないんですけど。
私は私で、アレクのファンの令嬢がたに相当煙たがられているし、うちにまでドレスを贈ってきたジュゼッペ以外の誰かの特定はできなかったんだから、いったい誰が敵で誰が味方なのかすらわからないんだ。
舞踏会でされる嫌がらせって、なんだ。ドレスになんか仕込まれているとか? 毒とか……うわ、怖い。錬金術でずぶずぶになっているような貴族だったら、ものすごくありえる。
どうしてジュゼッペが事前に察知してくれたのかわからないけど、これでまた貸しがひとつできちゃったもんなあ。あとでなにされるのかわかったもんじゃないけど。
「お嬢様、これでよろしいですか?」
「……まあ」
出来上がった私の姿は、なかなかに上々だった。
身長も胸も全然足りないのを、どうにか補正下着とヒールで誤魔化し、ドレスに着られないように体型をきちんとつくった。
純白のドレスにヘッドドレスが、金色の髪の艶と胸元のサファイヤの青を引き立てて、高慢ちきなお嬢様もいっぱしの令嬢に見えるってものだ。
「ありがとう、素敵だわ」
「それはようございました」
「あの……父様と母様の手紙は?」
念のために聞いておく。届くとしたら、今日のはずなんだけれど。
そう尋ねていたら、「お嬢様、着替え中に申し訳ございません。失礼してよろしいでしょうか?」とドア越しに声をかけられた。
「はい、どうぞ」
「失礼します。お嬢様宛にお手紙が届いておりますよ。旦那様と奥様からです」
「……! ありがとう、そこに置いておいてちょうだい」
「かしこまりました」
メイドが手紙とペーパーナイフをテーブルに置いて、立ち去っていった。私の服を見繕ってくれたメイドも「それではお嬢様、舞踏会の迎えが来るまでお待ちくださいませ」という言葉を残して立ち去っていったので、私は慌ててテーブルの物を手に取った。
びりびり破りたいのを必死で堪えて、封筒にペーパーナイフを入れてシャリシャリと開けていく。
まずは母様の手紙。私はすうっと息を吸って吐いてから、便せんを広げた。
【親愛なるアデリナ
あなたが学問所に入ってから、家はずいぶんと静かになりました。
弟は健やかに成長しております。外国語もラテン語も申し分なく勉強しておりますので、将来はさぞかし我が家を盛り立ててくれるでしょう。
最近は体調もよく、医者にもしばらくは薬はいらないねと言われました。
学問所に入って、いろんなものを見聞きしてあなたもさぞかし素敵な令嬢に育っていることでしょうね。
どうか我が家のことは心配せず、存分に励みなさいな。】
母様の手紙を読んで、私は心底ほっとした。
どうも母様の具合はいいらしい。弟も元々頭がいい子だから、この分だったら紹介状もらって学問所に入れるときも来るかもしれないな。まあ……まだちょっとだけ早いとは思うけれども。
さて、問題の父様の手紙だ。
私は慎重に慎重に封筒にペーパーナイフを入れて、ショリショリと開ける。
怖々と便箋を開いて、視線を落とした。
【親愛なるアデリナ
手紙ありがとう。しかし困った話だね。うちには取引相手が多く、いったい君が誰のことを言っているのかがさっぱりわからないよ。
君が心配しているのはいったいどこのことだい?
もし誰かに忠告されたのなら、君の友人はかなりたちの悪い人間なのだから、遊ぶ相手は選びなさい。】
うむ……やっぱりか。
私の悪戯か、誰かに指図されたって思われたんだなあ。そりゃそうだ。本来のアデリナは玉の輿狙うこと以外なにも考えていないんだもの、実家の没落の危機に悲鳴を上げて動くタイプじゃないもんね。
期限がこっちが思っている以上に短くなってしまっている以上、やっぱり誰かを落とすことで実家の没落を防ぐことを考えたほうがいいか。
私は急いで便箋を取り出すと、ペンを走らせた。
【父様へ
心配ありがとうございます。私の友人たちは、この学問所でも優秀な生徒たちですから、なにも考えずに言う方々ではないと思います。学問所ともっとも関係のある取引相手に、どうぞ注意してくださいませ。近い将来、大変なことになるやもしれません。
アデリナより】
これ、大丈夫だよなあと、私は何度も何度も手紙を確認して首を捻る。検閲が入った場合、私がローゼンクロイツの悪口を書いているって触れ回られたら、どのみち摘むのだ。実家はローゼンクロイツの庇護なくして生き残ることはありえないんだから。
これで決まるといいんだけれど。私は便箋を折りたたんで封筒に閉じ込めると、蝋印を押した。
続いて母様の手紙に、科学倶楽部に入った旨を書いて蝋印をすると、メイドたちに手紙を出してもらうことにした。
待っている間に、舞踏会行きの馬車が到着した。私はそれに乗り込んだ。それにしても、向こうで最後のひとりを落とさないといけないとなったら、私もどうしたらいいのか。
最後の攻略対象のカリオストロの名前が唐突に出てきたことも気がかりだし、会場で考えて行動するしかないかな。
緊張で今にも吐き出しそうだったがために、ほとんど食事せず、お腹は空っぽのまま馬車に揺られた。だんだんと見えてきたのは講堂だ。
****
「まあ、本当に素敵。ルドルフ様。いったい誰と最初に踊るのかしら?」
「それを言うならオスワルド様も。燕尾服姿だというのに野性味があっていいわ」
「普段は滅多に見ないシュタイナー様も参加されているなんて。本当にお美しい」
「ウィルス様も初々しいながらも本当に紳士で」
「ティオ様は今回は踊る相手はいらっしゃるのかしら?」
「ニーヴィンス様のあっさりとした雰囲気がたまらないわあ」
「ああ、本当に素敵、グローセ・ベーアの皆さんは……!!」
周りからの視線を物ともせず、会場の中でもひと際目立っている集団。
全員、燕尾服姿で嫌でも脚の長さを強調させ、頭をひとつにまとめている姿は、普段の制服姿よりもなお、神々しさで辺り一面光って見える。というより、ゲーム内でも物理的に光っていたような。うわ、まぶしっ。
しかし、困ったな、これだけ固まられていては、一対一で踊ろうなんて言ったら途端に他の女子たちから睨まれる……というより、既に睨まれて嫌がらせすらされている状態だ。私だとまだどこまで嫌がらせされているのかわかってないんだけど。
そもそも、他の令嬢たちもなんだかんだ言って、最初に踊る相手を見繕っているのだ。元々は社交界デビューのための舞踏会なんだから、一年生は最低でも一回は踊らないといけないんだけど。
アレクの姿も見つからないし、ジュゼッペもいないし。どうしよう。
私はだんだんだんだん心細くなってきて、ひとまず立食パーティーの場所へと向かった。緊張でなにも食べていなかったけれど、用意されているウェルカムドリンクや並んでいる食事を見ていたら、だんだんとお腹が空いてきた。
せめてなにかひとつ食べてから考えようか。そう考えたときだった。
「あら、ごめんあそばせ」
背後からドンッと押され、途端にウェルカムドリンクを被ったのだ。って、げえっ、やばいっと私は反射的に胸元を抑える。
白いドレスは、濡れたら当然透ける。化繊だったらともかく、ゲーム内に化繊なんてある訳ないじゃない。やばいやばいやばい。
「おや、フロイライン。ずいぶんとびしょ濡れになってしまって」
私がどうしようと思っていたところで、急に声をかけられた。
こちらに金髪の男性が声をかけてきたのだ。燕尾服にドレスシャツを下に着た男性。しかしどう見ても学問所の生徒じゃない。生徒よりも大人だけれど、教師でもない。
教師にしては、やけにオーラがあるんだもの。
というより、この人の顔……。
彼は胸元のハンカチを素早く取ると、私に差し出した。
「今はこれを使って拭きたまえよ」
「……ありがとう、ございます……?」
「向こうに来たまえ、新たにドレスを見繕おうか」
私の手を「失礼」と取るの、そのまま私の手を軽く引いて、講堂の向こうへと向かっていった。
講堂に設置された着衣室は、食事やダンスの際にトラブルがあったときの対処用のはずだけれど。彼は私に新たにドレスを用意すると「ひとりで着られるかな?」と尋ねてきた。
「着られますけど……でも、あなたいったいどうして……?」
「なに、君が消えてしまうと私も困るからね。君がローゼンクロイツの存続を望んでくれている間は、君の味方でいよう」
「……っ!」
やっぱり。いきなりドレスの贈り主の名義に出てきたから、まさかと思っていた。でも、なんで私のほうにいきなり。
「私にドレスを贈ってきたのはどうして? あのドレス、仕掛けでもされていたのかしら?」
「おやおや、人聞きの悪い。私は君にふさわしいドレスを贈っただけだよ。それに、君はなにかと人に嫌われるたちだ。君に誰かの名義で贈られた服は、紙でできていたんだよ。もしウェルカムドリンクを被ったら最後、私が助ける暇もなく、君は赤っ恥を掻くところだった。溶けてないんだから、君は正しい選択をしたのさ」
マジかよ。紙でできたドレスって完全にいじめじゃねえか。
自分がされかけたことに、心底ぞっとしつつ、私は彼を見た。
「それで、どうして私のことをご存じなんですか? カリオストロ伯爵、でよろしいかしら?」
そもそも、いったいどこから最後の攻略対象が出てきたんだよ。
私はそう思いながら、微笑を浮かべる彼を睨み付けた。
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