二着の贈り物(隠し攻略対象出現につき)

 ダンスのレッスンをさんざんして、私は体を引きずって寮に戻り、クタクタになりながらもシャワーを浴びてから、テーブルの前に行儀悪く背中を丸めて座る。行儀悪いのは今日くらいは勘弁してもらいたいダンスは見ている分には流麗なもんだけれど、やっている分には神経を張り詰め続けているから、頭も体も痺れる感覚が襲ってきて、正直言って今日はもう食事は止めて寝てしまいたい。

 使用人たちが持ってきた夕食を、途中で船漕ぎながらいただいていたところで「お嬢様」と声をかけられた。


「なにかしら?」

「お嬢様宛に贈り物が届いております」

「まあ……どちらからかしら」


 そういえば、ジュゼッペが言っていたなあ。

 私はどうにもあちこちに喧嘩を売っているせいで、相当嫌われてしまっているから、ドレスは絶対に自分が用意したものを着ていけと。

 となったら、届いたのはジュゼッペからの贈り物か。あの変人幼馴染、私にいったいどんなドレスを贈ってくれたのかしら。

 そう暢気に思っていたら。

 メイドは言う。


「はい、まずはダーヴィト様から、舞踏会用ドレスが贈られてきました」

「ぶふっ!」


 口に含んだ黒パンを、思いっきり噴き出した。そのまま背中を丸めてゲホゲホと席をする。メイドは慌てて私のカップに水を注いでくれたので、私はそれを飲み干した。

 ……アレク、いったい全体アデリナのなにを気に入ったの!? ドレスなんて贈ってくるか、普通。

 脳内でゲームのことを思い返すけれど、少なくともアレクがライバル令嬢や悪役令嬢にプレゼントを贈る展開はなかったはずなんだけれど。いったい全体、どこからそんなルートが沸いたんだ。全然立てたフラグがわからない。

 私がプルプルしていたら、メイドがドレスを見せてくれた。

 白いドレスは、ちょうど社交界デビュー用のものだ。マーガレット型のレースがあちこちふんだんに使われ、ふんわりと広がるスカートにも刺繍のマーガレットが縫われているという乙女チックなデザインで、なかなかにセンスがいい。

 アレクの思惑はさておいて、彼女も女子だからデザイン面に関してはなかなかいいと思うけれど。


「続きまして、カリオストロ様からのものです」

「んっ?」


 一瞬「誰だよ、そいつは」と思ったけれど、そこで思い出した。


「ちょっと……カリオストロ!? カリオストロなんで!?」

「お嬢様、いきなり大声を上げてどうされましたか」


 いや、ちょっと待って。マジ無理。いったい全体どうしてこうなったの。

 私は口をパクパクパクパクとさせていた。

 カリオストロと言ったら、『ローゼンクロイツの筺庭』の隠し攻略対象じゃないか。

 ローゼンクロイツ創設者のひとりであり、高名な錬金術師。特殊条件をクリアしなかったら出てこないはずのキャラが、どこをどう間違って私にドレスなんか贈りつけてくるのよ……!

 私が立てたはずのフラグを、最初から最後まで思い出してみる。

 私は少なくとも、シュタイナーとウィリスのフラグは立てたし、このふたりに関してはアレク側に行くことはなかったはずだ。残りひとり落とせば、アレクがグローセ・ベーアになるフラグも折れると、そう踏んでいたけれど。

 私が観察している限り、アレクは相当ルドルフに気に入られている。そしてオスワルドにも。彼女に残っているグローセ・ベーアふたりをどちらも落とされてしまったら、彼女はグローセ・ベーア過半数の指示を受けたということで、成績優秀者の彼女のグローセ・ベーア入りは確定してしまう。

 そして、カリオストロだけれど。彼を攻略するルートは相当特殊だし、狙わない限りはまず出現しないはずなんだ。

 カリオストロ出現条件は、半分攻略対象を落とし、半分アデリナや他のライバル令嬢に攻略対象を取られる、3:3の拮抗状態に持ち込むこと。

 つまりは、まだ出るのが早過ぎるのに、何故かドレスを贈られたってことになる。

 これ、どういうこと?

 私は頭を抱えて考え込む。


「お嬢様? カリオストロ様のドレスは見なくてよろしいのですか?」

「ちょっと……待ってちょうだい。今落ち着きますから」


 これ、どういうことだろう。

 考えられることはふたつ。

 ゲーム的な理由と、実家がローゼンクロイツのパトロンという理由だ。

 前者であったら、私とアレクは知らない内に攻略状況を拮抗に持ち込んだということ。でもいくらアレクが成績優秀で人望もあり、女子からの人気も絶大だからとは言っても早過ぎる。特にティオとニーヴィンスをいきなり落とすというのは難しいと思う。

 可能性があるのは、後者のほうだ。

 ……私が実家に送った手紙が、予想通りに検閲に引っ掛かったために、「お前のことは見ているぞ」と脅迫するという可能性だ。

 これ、どう考えてもカリオストロのドレスを着ないとまずくないか?

「お前のことは見ているぞ」って脅されたりしたら。

 いや、でも待て。ジュゼッペが言っていたことも引っ掛かっているんだ。

 近い内に私が嫌がらせされる恐れがあるから、自分の用意したドレスを着ろっていう話。私が十中八九カリオストロの名前を出したら嫌がらせになるとわかるんだったら、ありえる。ほとんどの家はローゼンクロイツとずぶずぶの関係になっている家柄なんだから、カリオストロの名前を出したら、脅迫されていると判断してもおかしくない。


「お嬢様、そろそろドレスを」

「……ええ、お願いするわ」


 ジュゼッペの警告を肯定と取って、アレクの名前で贈られてきたジュゼッペのドレスを着るか。

 それともジュゼッペから軽く嫌がらせされたとあとでぶん殴るとして、カリオストロの名前の謎のドレスを着るか。

 メイドが持ってきたドレスを見て、私はしばらく考え込むこととなってしまった。

 カリオストロの持ってきたドレスは、明らかに最先端の流行の形をしているのだ。ふんわりと広がる袖。シンプルで飾り気のないAラインドレス。これだったら、小柄で華奢な私が袖を通しても、ドレスに着られる心配がない。

 どっちだ。どっちがジュゼッペの贈ってきたドレスだ。

 私はドレスを見て「あー……」「うー……」と悩んでしまった。

 どちらもセンスがよく、私の背丈を考えているんだから、もらえるんだったらもらっておきたいけれど。

 でも片方になにかしらの罠があるとなったら、迂闊にそのドレスに袖を通せない。うちの使用人たちを騙くらかして贈ってきた以上、余計に。

 しかしそもそも、なんでジュゼッペは自分の名前を使って私に贈り物をしてこなかったんだよ。あいつ、私が困っている顔や悩んでいる姿でも見たいんじゃないのか。

 さんざん苦しんでいると、メイドが「お嬢様、どうされますか?」と気遣われた。


「どちらも贈り物ですが、どちらのドレスを着る方が、贈ってくださった方の面子が守れますか?」

「……ええ、今考えていますの。そういえば、お父様やお母様。弟に送った手紙は、まだ返事はなくて?」

「一日や二日で返事は返ってきませんよ。来るとしましたら、それこそ舞踏会の頃でしょう」

「ええ……そうね」


 つまりは。舞踏会の頃にお父様の手紙の返事が返ってこなかったら、検閲されている可能性があると。

 でもその日に舞踏会なんだから、返事を待ってドレスを着るなんて、時間が足りるかどうか未知数だ。

 私がさんざん迷っていたら、レースのマーガレットが目に入った。

 ええっと……マーガレットの花言葉はたしか、【信頼】だったか。【信頼】か。

 カリオストロのドレスが嫌がらせだとしたら、アレクの名前だったら私のドレスを着るんじゃないか。そう取ったと賭けてもいいか。

 おのれジュゼッペ。どうして正攻法で贈り物を贈ってこなかったのか。あとでぶん殴ってやる。私はアレク名義で贈られてきたドレスを指差した。


「舞踏会の日、このドレスを着るから、用意してちょうだい」

「かしこまりました。カリオストロ様のドレスはどういたしましょう?」

「そうね……」


 使用人たちは、基本的に荷物は全部チェックするし、正攻法では嫌がらせの方法はわからない。だからといって、同じクローゼットに入れているのも怖い。


「……元の包みに片付けてちょうだい。舞踏会が終わってから、ドレスのことは考えます」

「かしこまりました」


 ようやくドレスのことに決着がついて、私はぐでーっと椅子にもたれかかってしまった。

 そんなにアレクのことで回りを怒らせたか。それともグローセ・ベーアのことか。いや、たしかにゲーム内でもアデリナは、攻略対象の尻ばっかり追っかけるから、プレイしているこっちも「いい加減にしろよ」と思うからわからんでもないけど。

 女子の嫉妬はおそろしいけれど、出ない訳にもいかないし、こっちだって攻略しないと困るんだ。

 ……手紙が届いたあとだったら、私もアレクのことを助けられるかもしれないんだけどさ。

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