会議と忠告(明日から授業につき)
オペレッタ鑑賞のあと、私はティオに感想を伝えに行った。
「素晴らしかったわ! 創作オペレッタってどんなものか知りませんでしたが、泣いたり笑ったり大忙しでしたもの」
「ああ、ありがとう。部員たちの歌に彩りを与えられたのなら、私も本望だよ。ところで、あなたは倶楽部はどうするのかな?」
「……私、他に入りたい倶楽部がありますの。ごめんなさい。でも、また遊びに来てよろしい?」
それに一瞬、あからさまにがっかりした顔をしたものの、すぐにティオは表情を戻して頷く。
「歓迎さ、風妖精。またその小さな手で拍手を奏でておくれ」
……なんか、すっごく幼女扱いされてしまったような気がするけれど、まあ、悪い感想を覚えられなかったのなら、まだいいのかな。
帰る際に、アレクもまたティオに感想を伝えているのが見える。
「すごいです。あれだけのものを創作できるなんて。あれをつくったのはどなたですか?」
「ああ、私だよ」
「本当に! すごい、社交界の皮肉をあれだけコメディーテイストに描けるなんて!」
アレクの褒め方は、私の感情的なものとは違い、的確に褒めるポイントを抑えたもので、私は頬を引きつらせる。
……彼女、わかって票稼ぎに行っているのか、それとも素直に言っているのかが全然読めないから困る。
でも、半年しか期限がない以上、もっと急いだほうがいいのかもしれないな。私はそう思いながら、小走りで特別棟へと向かっていった。
科学倶楽部へと向かうと、シュタイナーが迎えてくれた。
「それで、どこの倶楽部に入るか決めたかね?」
「ええ……入るのは、科学倶楽部にしようかと思いますの。よろしい?」
「それはかまわないが。しかし、錬金術に傾倒しているとなったら、他のグローセ・ベーアになにかと目を付けられようが、かまわぬか?」
シュタイナーも、ウィリスみたいな教会の使徒の親友がいなかったら、もっとグローセ・ベーアでも孤立してただろうに。それでも妹さんのことで錬金術の研究を辞めることはないだろうな。
一応この件はジュゼッペに投げておいたけれど、どうなるのかは私も読めない。
私は大きく頷いた。
「かまいませんわ。もうどっちみち、私。他の方々に嫌われてしまっておりますもの。これ以上嫌われたとしても、怖くもなんともありませんの」
「ふむ……なにをした?」
シュタイナーが興味深そうに、アメジストの目を細める。
「……人気者のそっけない態度取ったせいで、総スカン食らってしまいましたもの」
「ほう……グローセ・ベーア以外にそのような者がいたか」
「まあ、教会側の方ですから、あまりシュタイナー様と相性はよくないかもしれませんわね」
正直、ウィリスを媚薬で落とした以上は、シュタイナーがアレクに興味を向けるフラグはへし折ったとは思うけれど。既に一年計画でアレクのグローセ・ベーア入りを阻止する予定が、半年にまで早まっている以上、油断は禁物。教会側の考え方だから、アレクとシュタイナーの相性は最悪だろうけれど、保険は何重にでもかけておいたほうがいいだろう。
シュタイナーは「ふむ……」とだけ言って、それ以上はなんにも言ってこなかったから、今はこれで興味は治まったと思っておこう。
それよりも、次の計画が大事だ。
次、落とすとなったら、ニーヴィンズとティオ、オスワルドの中から選ぼうと思うけれど。シュタイナーの意見を聞いておきたい。
「ところで、シュタイナー様はウィリス様以外で、グローセ・ベーアの中で仲のよろしい方はおりませんの?」
「ふむ……アデリナはグローセ・ベーアに興味があるのか?」
「なりたいって訳ではありませんわ。私、お世辞にも頭はよくありませんから、成績優秀者にはなれませんもの。ただ、どんなものなのか、興味があっただけです」
よくも悪くも、シュタイナーの姓を聞かなかったことが功を成したのか、爵位目当てであっちこっちに粉をかけているとか、グローセ・ベーアに憧れるあまりに自分もなるために投票数集めているとか、そういう風には取られなかったみたいだ。
シュタイナーはしばらく考えたあと、手元のシリンダーの中身を覗き込みながら、答えてくれた。
「最近、他の連中が入れたニーヴィンズはよくわからないが……ティオの音楽は不思議なものだな。我はあまり音楽というものはわからないが、あれの曲には心惹かれるものがある」
おお、と私は唸った。
元々ティオの音楽の才能は、全く興味のない人すら惹かれてしまうというものだ。錬金術一筋のシュタイナーがそう言うってことは、本当にすごいってことだろう。前世でも全く興味なかったクラシックを最後まで聞かせたんだから、ティオは本当にすごいんだと思う。
なによりも、嫌いな人のことは頑なに口にしないシュタイナーが口を開いたということは。結構シュタイナーの中で好感触なんだな、ティオは。
で、オスワルドはというと。
「オスワルドは知らぬ。けたたましいとは思う」
短っ。無茶苦茶シュタイナー、オスワルドのこと嫌いじゃない。
あの人、相当距離感近い人だから。多分そこがシュタイナーの癇に障ったんだなあ……。
だとしたら、落とすときに引き入れるとしたら、まだなんの評価も下せていないニーヴィンズか、かなりの好感触なティオの二択ってことだな。
私は脳内のメモに書き込み、どちらを引き入れるか、最悪どちらかに媚薬を盛るか、考えないといけないと考えることとなった。
入部届を書いてシュタイナーに引き渡すと、そのまま寮に帰る。
いつの間にやらいなくなっていたジュゼッペが、私のほうにヒョコヒョコと着いてきた。
「やあやあ、作戦は決まったかな?」
「まあ、ジュゼッペ。あなた音楽倶楽部のオペレッタの中で急にいなくなりますから、びっくりしましたのよ? 今度はいったいどこに行ってましたの」
私がジト目を向けると、ジュゼッペは気にすることもなく「はっはっは」と笑う。
「なにぶん僕も暇ではないからねえ。素晴らしい音楽に耳を傾けているフロイラインの邪魔をするのも憚れるから、少し早めにお暇したのさ」
「……意味がわかりませんわ。でも、先程シュタイナーと話をしてきましたの。次落とすのは、ティオがいいんじゃないかと」
ニーヴィンズは正直、同学年だしクラスも一緒だからいつでも盛れる。
でもティオは学年が違うし、倶楽部が違うし、なによりも日頃から大勢の部員のいる場所にいる。
逆に言ってしまえば、ティオだったら媚薬を盛っても犯人探しを特定されにくいのだ。これで半分落とせたんだったら、アレクはもうグローセ・ベーアの投票の過半数の支持を得ることはできず、私たちの勝ちになる。
私がぐっと握りこぶしをつくっていると、ジュゼッペは「うんうん」と頷く。
「君にしてはずいぶんと考えたじゃないか。いやあ、君が安直なことばかりするから、泣きながら助けを求めるんじゃないかと思っていたけれどねえ。感心感心」
「お・こ・り・ま・す・わ・よ?」
「はっはっは、もう怒っているじゃないか、フロイライン」
ジュゼッペはさんざんケタケタと笑ったあと、「でもねえ」と急に目を細める。
「君が落とされたらおしまいだってことは、自覚したらいいよ?」
「……私を落とすって、なにがですの?」
「うん、無邪気なアデリナ。わかってないならかまわないんだ」
さっき一瞬見せた冷たい瞳は、あっという間に消えてしまい、いつものオーバーリアクションなジュゼッペ以外わからなくなってしまった。
「さあ、明日から授業開始だけれど。君の馬鹿っぷりが露呈しないよう、気を付けたまえよ。君は既にずいぶんのご令嬢に喧嘩を売ってしまっているんだから、足を引っ張られてしまったらことだからねえ」
「まあ……私が成績悪いせいで、さらになにかあるっていいますの?」
「当たり前じゃないか。付け入る隙を与えてしまったら、人はどこまでも残酷になれてしまうからねえ。気を付けるんだよ、アデリナ」
なんか本当に無茶苦茶馬鹿にされてる気がするけど、本当のことだし。
前世の知識なんて、ゲーム攻略情報以外全く役に立たない以上は、自力で勉強するしかない。
一応この学問所は、社交界デビューのための勉強がメインのところだ。あまりに馬鹿が露呈したら、社交界でさんざん馬鹿にされているのは目に見えている。
頑張ろう。アレクに学問所をぶっ壊されるのを阻止したとしても、そのあとは社交界が待っているのだから。
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