オペレッタ開幕(ヒロイン遭遇につき)

 私の姿を見て、オスワルドは和やかに手を振ってきた。


「やあ、君も来ていたのか。ん、そちらは?」

「ご機嫌よう。こちらは幼馴染のジュゼッペですわ」

「どうも~、いやあ全員ではないとはいえど、グローセ・ベーアの皆さんが揃い踏みな上、早速グローセ・ベーアの候補に挙がっている方がおられるとは、素晴らしい光景ですなあ」


 いつものペラペラとよく回る舌で、ジュゼッペはおべんちゃらをまくしたてる。

 おべんちゃらを使う相手に慣れているのか、オスワルドは怯むことも呆れることもなく、和やかに「そりゃどうも」で会話を終わらせる。本当にあっちこっちで言われてるんだなと、ついつい感心してしまう。

 一方、ニーヴィンズはかなり呆気に取られ、私の右隣に座って、小声で言う。


「アデリナさんの幼馴染って、ずいぶんと個性的な人……だね?」


 本当、ニーヴィンズの普通過ぎる反応ありがとう……! 全員ぶっ飛んでいる反応や大人な反応されたんじゃ、私の反応が合ってるのか間違ってるのか自信なくなるから。

 一方、アレクは私を見つけると、少しだけ微笑んできた……な、なによ。蜂蜜のようにとろけた顔をされると、こちらもたじろぐ。

 彼女はこのゲームのヒロインだから。攻略されたら一環の終わりだからあ……!

 自分でそう律して、「なんですの?」とだけ聞く。


「いや、また会ったねと思ったから。フェンシングのほうにも来ていたでしょう?」

「ま、まあ。今日は見学会なのですし、所属する倶楽部以外を見学できる数少ない機会ですもの。いいでしょう? そういうあなたは、既にフェンシング倶楽部に所属するのが決まっているようですけど、こんなところまで見に来てよろしいの?」

「そりゃもう。私もグローセ・ベーアを目指しているから。他のグローセ・ベーアの先輩がなにをやっている方々なのか、見極めなければならないから」


 凛とした響きで、強い言葉を放つ。

 ……そりゃそうか。私がグローセ・ベーアを攻略しないといけないのと同じで、彼女だってグローセ・ベーアを攻略しなくちゃいけないんだ。グローセ・ベーアの過半数以上の指示が得られなかったらなれないし、全校生徒が揃って、彼女の話を聞いてくれる機会なんて、グローセ・ベーア就任の挨拶のときくらいだもんね。

 ルドルフはアレクの言葉に、あっさりと言う。


「彼は優秀だからね、一年も経たず結果を出せると思うよ」

「それは大袈裟ですよ、ルドルフ様。私はまだまだですから」

「謙遜は美徳だけれど、自信はもっと持ってもいいと思うけれど」


 ふたりの会話を聞き、私は「ん……?」と冷や汗が垂れ流れることに気付く。

 待って。ゲーム内だったら一年だと思っていたけれど、半年? 半年?

 やばいやばいやばいと私はダラダラと冷や汗が垂れ流れるのを感じていた。ステルスを決め込み、半年経ったところで媚薬を仕掛けられればいいと思っていたのに。

 半年後ってなにがあったっけ。私はぐるぐるとゲームの内容を思い出そうと記憶を探り出し、学問所のスケジュールに当てはめる。

 ……前期試験がある。もしそこで最優秀成績残したら、たしかにグローセ・ベーアに選ばれる可能性が出てくる。それに、過半数の支持。

 この時点で既にルドルフは票を入れそうな勢いで親しくなっている。ルートに入っているかどうかは未知数だけれど、少なくとも友情は生まれている。

 オスワルドとニーヴィンズはこの時点だと全く読めないけれど。少なくともオペレッタに誘ったことで、ティオとの接点もできてしまった。

 やばいじゃん。少なくとも、今この場にいないウィリスとシュタイナーは絶対にアレクに票を入れないにしても、少なくともこの場にいるひとりふたりは必ず媚薬盛ってでも、アレクに票を入れないよう細工しないと、アレクが半年後にはグローセ・ベーア入りしてしまうし、この学問所が教会に潰されるじゃん。

 ……実家、没落までの期限が半年にまで縮まってるじゃないか……。私は頭を抱えそうになる。

 しかし、その不安は分厚い音楽に吹き飛ばされた。

 早速ヴァイオリンのソロが流れはじめたのだ。


「それでは、創作オペレッタ【けたたましいカラス】を披露します」


 そのひと言の説明で、次々と歌い手たちがヴァイオリンのソロで歌いはじめ、だんだん伴奏にピアノが、シンバルが、クラリネットが折り重なっていく。

 歌の内容からして、貴族社会で大きな派閥がふたつあり、そのどちらにもいろんなことを吹き込んで回った男性が【カラス】と呼ばれて、ふたつの派閥を引っ掻きまわしていくというもの。

 どうも派閥なんてくだらないという皮肉をコメディーテイストで歌っているようだった。

 私が静かに聞いていたら、突然左手が撫でられた。驚くと、それはジュゼッペだった。彼の手は、体温が通っているのかどうか怪しいほどに、冷たい。


「心配しなくっても大丈夫さ、フロイライン」


 歌声とオーケストラが響き渡っているせいで、真横にいる私にしか、ジュゼッペの囁きは聞こえない。


「君の思うままに動くがいいさ。僕はその手伝いをしよう。なに、まだ二日目。時間は残されているんだから」


 この幼馴染は、なにをどう思って付き合ってくれているのかはわからない。まあ、錬金術を完全に消されたら困るから、学問所が潰れるのは困るんだろうけどさ。

 信じていいのかはよくわかんないけど。今頼れる相手って、本当にこいつくらいしかいないのが厄介だ。


「……次の作戦は考えておきますわ」


 私はできる限り声が響かないよう心掛けて、ジュセッペの手を払った。横目で見たら、ジュゼッペはにやりと笑っている……また人のこと試すような真似をして。

 でも、半年。わずか半年か……。

 正直、一番アレクと好感度が高いルドルフから媚薬を盛るっていうのが正しいと思うけれど、同時に「危険だ」と思ってしまうのは、ルドルフは完璧超人が過ぎる上に、このゲーム屈指の聖人だからっていうのが大きい。

 彼がアレクの身の上に同情する可能性が大きく、もしルドルフが媚薬でやられたら、アレクはその時点でグローセ・ベーアに入って宣戦布告するって道を放棄して、教会に通報する気がするんだ。

 残りはティオとオスワルド、ニーヴィンズなんだけれど……。

 この中で一番私の話を聞いてくれるのって誰だろう。

 カラスがふたつの派閥から責め立てられる歌を聞きながら、私は次の一手を考えることにした。

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