オペレッタの誘い(見学につき)

 音楽倶楽部が行われているのは、特別棟のひとつ、大きなサロンだった。

 そこではどこからどう見ても仰々しいドレスやら燕尾服やらを来た部員たちが、昔風の髪型のかつらを被っている。


「はい、最後の発声練習!」

「ラーラーラーラー……」


 全員の歌声は、高いソプラノから低いバリトンまで幅広く、分厚い。

 中高時代の合唱コンクールとは比べ物にならない伸びやかな歌声に、私はポカンとしている。


「これはいったい……?」


 ゲーム内でも、倶楽部見学会を細やかに見せることはなかった。だからこれがなにをしているのかは私にもよくわかっていない。

 そんな中ティオが言う。


「今日は倶楽部見学会だから、私たちでオペレッタを披露しようと思ったんだけどね。でも今年はフェンシング倶楽部や乗馬倶楽部のほうに新入生たちが殺到してしまってね……無駄と呼ばれるものを省いたところで無駄が省けるだけで豊かになる訳ではないのに」

「なるほど……」


 ティオの相変わらず長ったらしい言い回しはともかく、事情はわかった。

 グローセ・ベーアの追っかけやファンが固まってしまっていて、人集めがままならないらしい。

 オペレッタはオペラに近いけれど、基本的に喜劇が中心の歌劇だっけ。オペラはかなり長い歌劇だけれど、オペレッタは基本的に短めにつくられている。

 これだけ歌が上手い人たちが集まってするんだったら、魅力的なんじゃないかな。でも私以外には新入生は本当にまばらで、部員確保以前に客入りに苦戦しているようだった。

 それにしても……と私は思う。


「ティオ様は歌いませんの? 衣装も着替えてないようですが」

「私が歌うと、皆の視線を奪ってしまうからね。それじゃ部員確保はできないじゃないか。グローセ・ベーアに参加を決めたのだって、元々パトロンづくりが目的だったというのに、あれこれしきたりが多くって難しいね。風は縄では縛れないのに」

「あはは……」


 ……うん、ティオは言い回しが長々しいけど、若干怒っていることだけはわかる。

 もっと自由人で気ままに生きているのかと思っていたけれど、意外と読むときは空気を読んでるんだな。

 でもせっかく面白そうなのに、人が集まらないのはもったいないな。今だったら馬術倶楽部のほうの見学会も終わったし、あそこでたむろしている人たちが文化系の倶楽部にも回ってくれたら、ちょうどいいんだけれど。


「いつからオペレッタははじまりますの?」

「あと十分で上演する予定だよ。風妖精は座りたまえよ。本当は癪だが、なんのために私がグローセ・ベーアに入っているのかね」


 少しだけルビーレッドの瞳を細めて、立ち去って行った。

 まあ、ただの悪役令嬢のちびっこが「面白そうだから一緒に見ましょう」と言ったところで、人の集まりがいい訳ないか。なによりもアレクのことで完全に他のご令嬢たちに煙たがられてるしねえ。

 仕方なく、私は並べられた席に座って眺めていた。


「やあやあ、アデリナ。入りたい倶楽部は見つかったかなあ?」


 と、今までいったいどこに行ってたんだな人物が、オーバーリアクションで私の隣に座ってきた。


「ジュゼッペ……! いったいどこに行ってましたの! あなた、倶楽部見学どうなさるおつもり? どこに入りますの?」

「ああ、僕は立派に入りたい倶楽部を見つけたし、もしよろしかったら君もどうかね?」


 そう言って、ひょいと見せてくれたのは。

 ……黒くなるまでしっかり焦げたトカゲだった。


「ひ、ひいっ……! なんですの!?」

「アプローチとしてどうなっているのか興味本位で行ってみたら結構面白かったんだよねえ。黒魔術研究倶楽部が」

「よ、よろしいの……? 黒魔術研究って、教会的には」

「教会もさすがに国をあげて『駄目』と言っているのは錬金術くらいで、それ以外の教義が趣味レベルなら放置しているからねえ。ここだって、グローセ・ベーアに潰されないようにひっそりまったりしているんだから、まあいいんじゃないかなあ。科学倶楽部のほうにも興味は惹かれたんだけれど、よくも悪くもあそこは女性陣が多過ぎる。あまりにけたたましいのは僕は苦手さ」

「な、なるほど……?」


 まあジュゼッペはひとりでも勝手に錬金術の研究をしているから、人と一緒にわいわいがやがやするくらいだったら、黒魔術研究倶楽部みたいに地味で目立たないところで好き勝手やれるほうが、性に合っているのかも。

 それはさておき。


「でも意外ですわね。あなた芸術には興味ないと思ってましたのに。ティオ様ではありませんが、無駄を無駄って豪語するのはあなたのような方だと思っていましたわ」

「そうかいそうかい。でもねえ、フロイライン」


 ジュゼッペは私のドリル……じゃない、巻き毛に指を突っ込んでくるくると回してきた。

 だからこいつ、どうしていちいち乙女ゲームのスチルみたいなことをしてくるのか。


「無駄は無駄。それは今も僕は思っている。でも面白いことに首を突っ込んで、多少の火傷をしなければ得られないものはわかっているつもりさ。君もせいぜい、賢く動き回っているつもりでも、火傷のリスクを避けられない局面で得られるものを逃さないようにね」


 ……これは、忠告なのか。ジュゼッペなりの。

 私は頷く。


「……わかってますわ。それくらい」

「ならかまわないんだけどね。おやおや、人が集まってきたようだ……ちょうど、僕たちの敵ばかりだ」


 ティオが連れてきた面々を見て、私は少しだけ目を細めた。

 馬術倶楽部のほうまで行ってきたのだろう。見学会で見た面々ばかりが入ってきた。

 ルドルフにオスワルドにニーヴィンズ……そして、アレクの姿もそこにはあった。

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