ヴァイオリンの響き(正規攻略対象出揃いにつき)
馬術体験が楽しかったらしく、ニーヴィンズはそのまんま馬術倶楽部に入ることを選んだらしい。私はもう使ってない筋肉が痛過ぎて、無理。これは無理とお断りすることにした。
……まあ、攻略対象を見たかっただけで、目的は果たせているし、最初から入りたい倶楽部は決めている。
科学倶楽部だったら味方のシュタイナーもいるから、ここでじっくりグローセ・ベーア攻略の作戦会議ができるでしょうと思っている。ウィリスも普段から出入りしているしね。
それはわざわざ言う必要もないから、「もうちょっと文化系の倶楽部に入りたいなと思いますの」と伝えておいた。
別にそれでオスワルドは気に病むこともなく「そうかそうか」と頷いてくれた。
「んー、でも文化系の倶楽部かあ……絵画倶楽部もあるけれど、あそこはほとんどパトロンを待っているようなレベルの絵描きばかりだから、少々お勧めできないかなあ。ああ、そういえば」
オスワルドはポンと手を打った。
「あいつがいるから、あいつと話をしてみるかい、お嬢さん」
「どなたですの……?」
「ティオ。普段から集まりには全然顔を出さないけど、いい奴なんだ。音楽倶楽部だったら自由に好きな音楽を楽しめるからいいと思うけど」
ああ……!
私は思いっきり身を乗り出してオスワルドを見上げた。
「どちらにいらっしゃいますの?」
「んー……あいつもパトロン絶賛募集中で、学問所で出入り自由なところでいきなりリサイタルを開いてるからなあ……今日は多分倶楽部見学会で人とパトロン目当てに、校舎近くにはいるとは思うけど」
「ありがとうございます!」
私はお礼を言うと、体中ギシギシ痛むのを堪えて、校舎近くを探し回ることにした。
ティオ。ティオ・リリエンタールは、正規攻略対象の最後のひとりだ。超絶マイペースが過ぎて、グローセ・ベーアの集まりには集まらない、授業にも出たり出なかったりだけれど、出席日数は計算している上に成績は怖ろしくいいために、一度たりとも留年の危機に瀕したことはない。
なによりも彼は。
ルドルフやオスワルドみたいに教会側の考え方ではないし、シュタイナーみたいに錬金術に傾倒している訳でもない。限りなくニーヴィンズと同じく中間的な考え方。
もし彼を落とすことができたら。過半数の支持を得るという、アレクのグローセ・ベーア入りを止めることができる。
ただ。ティオは爵位的には全然おいしくないのだ。
本人はリリエンタール家の三男で、継ぐものなんてなんにもないから、音楽家として独立するために、学問所在学中にパトロン探しを進めているんだから。
実際問題、『ローゼンクロイツの筺庭』でウィリスの次に攻略が楽だったのはティオなんだよね。だって、アデリナが爵位がないし玉の輿目指せないせいで、興味持ちにくいって補正がかかっているせいで、アデリナが媚薬を盛るルートを狙うほうが難しいって言われているくらいに、攻略が楽だったんだよね。
ウィリスのとき、私は危うくデッドエンドになりかけたし、ティオの地雷を踏み抜いて、またもデッドエンドの危機っていうのは避けたい。
とりあえず、ウィリスのときみたいに早まるのは駄目。今回は偵察に徹する。OK、私? OK。
自分にそう言い聞かせながら、校舎の周りをぐるぐると回る。既に倶楽部見学で目ぼしい倶楽部を見つけた子たちや、倶楽部見学会に参加してない他学年が、ベンチで寛いだり談笑したりしているのが見える。
うーん……倶楽部勧誘兼パトロン探しをしているティオだったら、校舎近くにはもういないのかな。
そう思ったとき、耳にビリビリするような音楽が滑り込んできた。
前世、クラシックを聞いていても眠くなるだけだったし、現世でも成金のせいであまり音楽については詳しくない。でも。この音楽の美しさだけはよくわかる。
ヴァイオリンの流麗な音楽は、華やいだ浮足立つようなリズムを刻んだかと思えば、ひっそりと光の差さない森の奥みたいな静けさを奏でる。ヴァイオリンってここまで音色が変わるものなのか。それともこれが生音だからわかるのであって、今までそこまで生音で聞いたことがないから気付かなかっただけなのか。
とにかく、私はふらふらとヴァイオリンの音色を辿って行った。
しばらく歩いて行った先には、小さな噴水が水しぶきを散らしている。その近くで、熱心にヴァイオリンを奏でている人が立っていた。
金色の髪を三つ編みに束ね、ルビーレッドの瞳を伏せ、一心にヴァイオリンを奏でている。
元々攻略対象は全員綺麗な顔立ちをしているけれど、見てくれだけだったら、おそらく彼が一番だろう。整った顔つきで音楽を奏でている様を見たら、余計にそう思う。
私はしばらく噴水の縁に座って、彼の曲に耳を傾けていた。やがて、演奏は途切れ、私は彼に一心に拍手を送った。
ティオは目をパチパチとさせて、こちらに視線を送ってきた。
「おや、シルフかい?」
それに私は目を細める。シルフ。風妖精のことだけど……でも四大妖精の呼び方って、起源を辿れば全部錬金術なんだよね。
ティオは全然錬金術に興味なかったはずだけれど。それとも、おしゃれだから妖精の呼び方として覚えているだけ?
……つくづく、ウィリスに刺殺されかけたことがおっかなかったんだと、反射的に及び腰になっている自分を振り返って思う。
ティオはルビーレッドのまなじりを下げる。
「怖がらなくてもいいよ。私はティオ。美の女神を追い求めて音楽を紡ぐ者……どうも今年は美の使徒がいなくてね、我々の倶楽部も手詰まりを感じているところだよ。あなたのような風妖精に、こうして目に止めてもらえたのなら僥倖。よろしかったら、我々の倶楽部にどうかな?」
……こ、これは。
私は背中がじっとりと汗ばんでいるのを感じていた。
打算で動いているアデリナが苦手視するはずだ。彼は完全に感覚でしゃべっているし、気の向くままに行動している。ホラーと恋愛は、行動が読めないものは怖いんだ。
どうにかティオのやたら装飾の多い言葉を読み解く……これは、倶楽部に人が集まらなくって困っているけれど、見学いかがですかってことで、いいのよね……?
私はしばらく、ぐるぐると考える。
……アレクはどうして、彼を落とせたんだっけか。アデリナが苦手視して寄ってこなかったからだけでなく、かなり楽に落とせたと思う。媚薬トラップに滅多に引っかからなかった彼は、本当どうやって媚薬にかかったんだろう。
むしろこれは、その謎を解明する、チャンスでは……?
考え込み過ぎても、怪しまれる。いや、ティオはとても綺麗な顔でこちらをじっと見ているだけで、怪しむもなにも考えていないのかもしれないけれど。
私は、意を決して口を開いた。
「倶楽部勧誘のお誘い? ええ、今は見学だけでよろしいのなら」
「風妖精、よかった。よかったら、あなたの名前を教えてもらえるかな?」
「アデリナよ。アデリナ・ブライテンライター。案内してもらえるかしら?」
「ああ、嬉しいよ。ありがとう」
……なんだ、この仰々しい会話は。
本当に悪気なくしゃべっているティオに若干の疲れを覚えながら、私は音楽倶楽部の練習場所へと誘われることとなったのだ。
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