馬術体験(ヒロインとニアミスにつき)

 馬術倶楽部の活動場所は、学問所の外の敷地になる。

 柔らかな草原で、馬たちに馬具を付けて連れてきたのは、乗馬服姿の部員たちだ。その中に、ちょうど長身で褐色の青年がいた。

 オスワルドだ。オスワルドの乗馬姿を見学しようと、明らかに馬に乗ったことのない令嬢たちもいる中、私たちは貸し出された乗馬服を着て並んでいた。

 オスワルドの褐色に、少しだけラフな胸元で鎖骨が眩しい。帽子をちょん。と乗せた姿も愛嬌があっていい。

 ニーヴィンズはというと、明らかに着慣れてない感がすごく、乗馬服を着ている人というよりも、乗馬服に着られている人みたいな初々しさがある。帽子を深く被ってしまっているため、折角のご尊顔も台無しになっている。

 攻略対象が華やかだったり初々しかったりする中、私はというと。一番小さいサイズのものを用意してもらってもなお、がばがばで着られてる感だけで言ったらニーヴィンズよりも上だ。かろうじてブーツの靴紐をキツく締めて足下だけは固めているものの、肩幅もないし袖も捲り上げないといけなかった。


「うん、今年は結構な部員を確保できそうだなあ……おっ、ニーヴィンズ。お前もうちに入ってくれるのかい?」


 軽い調子でしゃべる彼は、ニーヴィンズとは違う意味で貴族っぽくない。オスワルドに話しかけられ、当然ながらニーヴィンズは緊張した面持ちで、首振り人形のように頷いた。

 うん。同じグローセ・ベーアとはいえど、学年も違えば立場も違うから、距離感詰められると困惑しちゃうよね。

 そして今度は私のほうに金色の瞳を寄せてくる……って、近い!

 私が思わず仰け反っていると、オスワルドは「うーん……」と顎に手を当てる。


「可愛いお嬢さんもいるけど……台があれども、馬に乗れるかなあ。ふたり乗りだったら、いけそうなんだが」


 身長か。身長のせいか。たしかに私は他の同年代女子よりもちょーっとばかし身長が足りないけど。それのせいでたしかに台があっても馬に乗れないかもしれないけど。

 余計なお世話とはいえど、たしかにその通りだ。でも、ここで女子同士で馬に乗るっていうのも、女子で私以外に乗馬服着ているのは……。

 ほとんどの女子は見物に来ただけだし、他は部員だ。さすがに乗馬体験で部員の手を煩わせるのも気が引ける……という中。

 いた。ひとりだけ女子で乗馬服を着ているのが。

 アレクが乗馬服を着て、ルドルフと一緒にやってきたのだ。フェンシングのときのジャケット姿も麗しかったけれど、乗馬服にブーツ、帽子姿もかなり美しい。どうしてアレクにはスチルがないのか。

 一方、親の顔より見たルドルフのナマ乗馬服姿も麗しい。帽子から垂れ出た銀髪が王子様感溢れているのだ。同じ乗馬服だっていうのに、どうしてこうも着ている人が違うと、月とすっぽん、提灯に釣り鐘、鍋蓋とすっぽんみたいに違いが出てしまうものなのか。

 ……おおっと、いけないいけない。つい乙女ゲームのスチル萌えに走ってしまった。

 アレクに乗せてもらえばいいんだ……いや、ここでアレクに不審者がられてロックオンされたら困るし、下手にファンに睨まれても困るから、それは最終手段だな。


「キャー、グローセ・ベーアの皆さんが四人も揃うなんて」

「ルドルフ様とアレク様が遠乗りする姿が見られるのねえ……」

「……この間から大丈夫? 熱ありますの?」


 ……さっきのフェンシングの試合で目覚めたご令嬢、ここにもいるのか。

 私は頭が痛くなるのを堪えつつ、とりあえずオスワルドに小首を傾げた。


「誰かと一緒に乗らなければ、馬に乗れませんの?」

「んー、そんなことはないけど。もしお嬢さんがよかったら、一緒に乗るかい?」


 うーん。私はちらっとニーヴィンズを見た。ニーヴィンズは「大丈夫?」と心配そうな顔をして見てくる。

 これは、まあ。ウィリスと……今は姿を見せないジュゼッペ……以外は、完全に小さい子扱いしてくるのよね。まあ、いいでしょう。

 小さい子扱い上等。それで媚薬を盛れる機会を探れるなら。


「か、かまいませんわよ。あなたがよろしいのなら」


 一部、明らかにギャラリーの視線が冷たくなったけれど、仕方ないじゃんよ。悔しかったらギャラリー辞めて一緒に倶楽部見学すればいいんだ。

 こうして乗馬倶楽部の乗馬体験会へと参加することとなったのだ。


****


 馬を乗るのは、もっと軽やかなもんだと思っていた。だって前世の競馬選手も、時代劇のお殿様も、皆軽々と乗ってるから。

 でも実際は違った。


「い、痛い……痛い……」

「ごめんごめん。慣れない内は、股関節とか痛いよなあ。慣れれば大したことないんだけど。乗馬難しかったかい?」


 台からでも馬に乗ることのできなかった私は、オスワルドに持ち上げられる形で馬に乗せてもらい、後ろからオスワルドが手綱を握って操るという、夢のような体勢だった訳だけれど。

 そんなシチュエーションを堪能する暇もなく、少し走るだけで、捕まるときに股関節が、普段使わない筋肉が……無茶苦茶痛いんですけど……。

 一方ニーヴィンズは最初はおそるおそるだったものの、コツを掴んでひとりで走らせはじめたし、アレクとルドルフに至っては、他の部員と一緒に遠乗りに参加してしまっている。そりゃそうか。アレクは元村娘で、ルドルフはなんでもできないといけない次期当主様……そして私と相乗りしてくれているオスワルドは、元騎馬民族だ。

 私がぐったりしている中、オスワルドは馬から私の腰を抱いて下ろしてくれ、椅子に座らせてくれた。


「すまんすまん。でも苦手なら、どうして参加したんだい?」


 それに私は「う……」と唸る。

 まさかあなたの監視に来ました。ルドルフと親友同士のあなたなら、アレクをどう見るのかと。なんて、本当のことは言えないしなあ。

 私がそんなことを考えていると、オスワルドは「んー……」とこちらを見てくる。

 つくづく距離感がおかしい人だ。ジュゼッペもたしかに距離感がおかしいけれど、あれはあいつが変人だからで説明がつく。オスワルドの場合は、自然に距離感が誰とでも近いんだ。


「好きな子でも追っかけてきたかい? ときどきいるんだよなあ。それで無茶なことする子がさあ」


 そう小さい子に言うような言い方で聞いてくる。

 ……ああ、そっか。元々オスワルドは誰とでも距離感が近いせいで、アレクとも最初から距離感が近く、彼女も女だとばれるのが困るからと逃げ回るという、ラブコメチックな恋を展開していた。

 あれは、男同士……正確には男装女子と男なんだけれど、オスワルド視点からだとパラメーターが特定値まで達してイベントを進めないと、アレクが女子だと気付かない。

 一方、私の場合は、最初から男女だけれど、その代わりアデリナの体型や言動が残念過ぎるせいで、完全に妹扱いして痺れ切らした彼女に、アレクがパラメーター維持失敗した場合、媚薬を盛られてしまう。

 誰とでもこの距離感なのに、この言動はかなりいただけないなあ。


「ち、違いますわよ。ただ、やってみたかっただけで」

「ふうん、そうかそうか。まあ、もし見物したいんだったらいつでもいいな。お前みたいな小さい子が馬と戯れていると、うちの部員の士気も上がるだろうからなあ」

「あ、あなた失礼過ぎません!? 私とあなた、一歳しか違いませんでしょう!?」

「んー? お前、ウィリスと同じで飛び級だと思ったんだが……」


 ああ、まずはそこからか。

 でもウィリスと同じく飛び級入学が可能だったら、そもそもグローセ・ベーアに選ばれててもおかしくないでしょ。


「ウィリス様よりも私のほうが年上ですわ!」

「はあ……そうかそうか。すまなかったなあ」


 そう言って、帽子越しに頭を撫でてきた。

 なんか知らないけど、ものすっごく馬鹿にされてる気がするんですけど……!

 私はガウガウしたいのを堪えながら、遠乗りして戻ってきた面々を眺めていた。アレクはルドルフとすっかり仲がよくなったのは、フェンシング、乗馬と通して、友情を深めた結果だろうか。

 ちらっと彼女がこちらに視線を向けてきたような気がしたけれど、私は無視した。

 ……まだ、なにもしてませんーん。まだ、なにも目立って悪いことしてませんからーと。

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