園芸倶楽部(小休憩につき)

 アレクとルドルフの試合は、そりゃもう大盛況だった。

 一瞬でも気を散らせば大怪我間違いなしの激しい試合は、どう見たって決闘だし、ふたりとも互いに健闘を讃え合っている。

 それをご令嬢たちはうっとりとした顔で眺めている。


「本当にアレク様もルドルフ様も素敵だったわ……!」

「アレク様の圧勝かと思いましたけど、途中からルドルフ様のレイピア捌き、痺れましたわねえ」

「ふたりがお話ししているのを見るとこう……高まりませんか?」

「えっ?」


 ……明らかにご令嬢の一部がなにかに目覚めかけているけど、アレクは女だ。BでもLでもない。知らんけど。

 隣で見ていたニーヴィンズも、「ふう……」と溜息をついた。


「すごかったなあ……でも、あんな過酷な試合を毎度こなすとなったら、僕には向いてないかも。運動をする倶楽部に入りたかったんだけどな」

「あれはルドルフ様とアレク様の手合わせだったからああなっただけで、初心者ともなったら、また勝手が違うのではなくて?」

「うーん、どうだろう。あまり痛くないほうがいいなあ。なら、馬術倶楽部のほうがいいかなあ」

「まあ……馬術倶楽部ですか」


 私は少しだけ考える。たしか馬術倶楽部にも、攻略対象がいたなあ。

 どうしよう。先に落とす予定の攻略対象のほうに行くか、アレクの偵察も兼ねて馬術倶楽部に行くか。普通に考えたら、アレクに唾付けられない内に、あとは媚薬を盛るだけの算段まで落としておきたいところだけれど、まだあんまり私は目立ちたくないしなあ。

 うーんうーんと考えていると、ニーヴィンズはのんびりと言う。


「ああ、そうだ。見学だったら、次はアデリナさんが行きたい場所に行かない? アデリナさんはどこの倶楽部を見学に行きたいかとか、もうある?」

「あら……どうして私に付き合ってくれますの?」


 私の問いに、ニーヴィンズは人のいい顔で笑う。本当に、友達と一緒にいるときの安心感があるのよねえ。普通。普通。最高。安心感が半端ない。


「だって、君とは友達になれると思ったから」

「まあ……」


 もし本来のアデリナだったら、間違いなくニーヴィンズにがっついて、彼のナイーブな地雷を踏んで険悪な仲になっていただろうけれど。今の私は、ニーヴィンズとはよくなく悪くもなく要領いい距離感でアレクに近付かないようキープしておきたい。


「なら、一旦休憩になさいませんか? 私、園芸倶楽部にお友達がいますの」


****


 そういえば、今日はちっともジュゼッペを見ないんだけど、あいつどこ行ったんだろう。倶楽部に入らなくってもいいのかな。新入生なのに。

 そんなことを思いながら、昨日通った中庭に行くと、中庭にはあちこちテーブルが並べられ、そこで令息令嬢たちが紅茶を飲み、お茶菓子を食べて談笑していた。

 皆に紅茶を振る舞っていたのは、ウィリスだ。ウィリスはこちらを見つけると、赤毛を揺らして駆け寄ってきた。


「アデリナさん、ニーヴィンズさん。見学にいらっしゃったんですか?」

「ええ、ご機嫌よう。先程までフェンシング倶楽部の試合を見学していましたので、見ていて少々くたびれてしまいましたの。お茶をいただいてもよろしい?」

「ええ。少々お待ちくださいね。お茶請けもお持ちしますから」


 ウィリスはペコリと頭を下げると、食堂まで追加のお茶菓子を取りに行った。ニーヴィンズは目を瞬かせる。


「へえ……天才少年ともう仲良くなったんだ?」

「中庭が綺麗でしたから、見学してましたのよ。あなたもグローセ・ベーアなのですから、仲良くしなくてよろしいの?」

「そうは言われてもなあ……僕。なんで選ばれたのかわからないし。論文の内容なんて、普通なことしか書いてないし。まだなにもしてないのに選ばれたせいで、昨日から変な手紙をわんさかもらうし。いいことないよなあ」


 ニーヴィンズはぐったりとしながら、椅子に座る。私もちょん。と腰掛ける。

 うーん、ニーヴィンズが自己評価が低いのって、別に欲しくもなかった家督が、いきなり転がり込んで来ちゃったからなんだよね。彼は教会で勉強してたけど、どんなに頭がよくっても学問所に進学するお金がなかった。転がり込んできたギフトが、彼からしてみれば「なんで?」になってしまっている。

 アレクと友達になった彼は、少しずつ自己肯定していくんだけれど、今はアレクとの仲はどうなんだろうな。下手に好感度を上げても困るけれど、好感度が下がっても困る。

 私はしばらく考えた末、「綺麗な庭ですわね」と話を変えた。それにニーヴィンズはじっとこちらを見る。


「昨日教えていただきましたの。庭って、いつも手を加えてなかったら、どんなに綺麗な花や草が植わっていても、綺麗にはならないんですって。あなたがグローセ・ベーアにふさわしいかどうかは、あなたがこの学問所に溶け込んでからじゃなければ、わからないのではなくて?」

「うーん……まだ入学したばかりじゃ、わかんないもんかな?」

「当たり前ですわよ」


 ちょっとだけニーヴィンズの顔の曇りが払拭されたことに、私はほっとした。

 友達の距離でいさせて欲しい。本当に。

 話がひと区切りついたところで、ウィリスが紅茶の茶器とお茶菓子を持ってきてくれた。今日のお茶菓子はバームクーヘンだ。


「お待たせしました。それじゃあお茶にしましょう」

「まあ、おいしそう。いただきますわね」


 紅茶はひと口含むと、砂糖も入ってないのに甘い味が口に広がるし、わずかな苦みが、バームクーヘンの素朴な甘さとマッチして、本当においしい。

 私が紅茶を堪能していたら、ニーヴィンズがのんびりと口を開く。


「そういえば、ウィリスはこのまんま園芸倶楽部か?」

「はい、僕はこのままです。おふたりはどこの倶楽部に所属される予定ですか?」

「うーんと。そろそろ馬術倶楽部のほうの見学に行こうかと思っているんだけど」

「馬術倶楽部ですか……」


 ウィリスは少しだけ険しい顔をしているのに「んっ?」となる。

 あそこにいる攻略対象とウィリスは、別に仲が悪くなかったと思うけど。


「ウィリス様?」

「……いえ、馬術は楽しいですよ。馬も可愛いですし」

「そっか。紅茶ご馳走様」


 ニーヴィンズが立ち上がるので、私も「ご馳走様!」とカップを空にして立ち上がる際、ウィリスがちょいちょいと私の裾を引いた。


「アデリナ様、お気を付けください。あちらには、グローセ・ベーアの方々が……教会側の方が集まっておられますから」

「えっ」


 媚薬効果のせいか、ウィリスは信仰心の塊の部分が少しだけ氷解し、他人に信仰心を押しつけるような真似はしなくなった。でも。

 教会側はウィリスも含めて三人。

 ウィリスに、ルドルフに……オスワルドかあ。オスワルドが馬術倶楽部の部員だから、会うことは想定していたけれど、ルドルフ、アレクと一緒に彼に会いに行ったとなったら、教会側の人間に私のことがばれる可能性があるんだよなあ。

 どうしよう。ここで盛り上がるだけ盛り上がっておいて「やっぱやーめた」となったら、ニーヴィンズの心象も悪くなるような気がする。遠巻きに見物だったら、まだ大丈夫かな。ふとウィリスと目が合う。ウィリスは琥珀色の瞳に心配を浮かべている。私はウィリスの肩を叩いた。


「大丈夫ですわ。ただ見学だけですもの。お気遣いありがとうございます」

「……アデリナ様。ご武運を」


 ニーヴィンズは不思議そうな顔をして待ってくれているので、私は「待ってくださいまし!」と追いかけていった。

 うう、いったいどうなるんだろう。厄介なことにならなければいいんだけれど。

 私は戦々恐々としながら、馬術倶楽部の見学へと向かったのだ。

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