三叉路の屋台
尾八原ジュージ
三叉路の屋台
「その三叉路ね、元々幽霊が出るだの事故が多いだのって噂はあるんだよ。でも俺は理系だから」
理系だから、と一括りにするのもおかしな気がするが、ともかく沖田は、幽霊だの妖怪だのという話は信じていなかったという。
その三叉路は駅から徒歩で十分ほど北に向かったところにある。電車を降りて沖田の住むアパートに行く途中、そこを通ることが多かった。
「あったかくなってきたから、ひとりで飲み歩いてさ。いい気分で歩いてたんだよね」
ふわふわと歩いてアパートを目指す沖田の鼻腔を、ふと旨そうな匂いがつついた。
見ると、三叉路にキッチンカーが停まっていた。初めて見る車だった。簡素な看板には「焼き鳥」と書かれている。
タレの香りをかぐと、どうしてもそれを食べたくなるときがある。沖田はふらふらとキッチンワゴンに寄っていった。
「よく考えたらその時点でおかしいのよ。だって終電の後に、あんな人通りのない場所で屋台なんて」
だが酔いのせいか、そのときはなんとも思わなかったという。
「すいやせーん」と声をかけると、キッチンワゴンの中から人影がぬっと現れた。凹凸の少ない顔の中に、目だけはギロッと大きい、独特な顔をした男だった。
「何があるの?」と沖田が尋ねると、店主は「モモとねぎま」と無愛想に答えた。
「じゃあモモ一本、たれで」
「はい」
電柱に集まってくる虫などを眺めていると、程なくしてまた「はい」と声をかけられた。プラスチックのパックに焼き鳥が一本載っている。立ち上ってくる匂いが芳しい。
沖田はさっそくそれを手にとって、口に入れた。
「うん?」
妙な味がした。モモというよりはレバーのような舌触りで、おまけにジャリジャリする。タレも香りを嗅いで想像していたような味ではなく、やたらと鉄臭かった。
「おじさんさぁ、これ何肉?」
「何って」
店主はフフッと笑った。「鳥ですよ」
「鳥のどこだよ。ほんとにモモ?」
「見ます?」
店主はそう言ってこれ見よがしにゆっくりと瞬きをした。沖田はその顔にひどく違和感を覚えた。
「……見るって何を」
「鳥」
手招きされるままに、沖田はキッチンワゴンの中を覗き込んだ。水色のゴミバケツのようなものが置かれている。
その中で、巨大な胎児のようなものが蠢いていた。
桃色の濡れた表皮が、ワゴンの照明を反射してテラテラと光った。黒いボタンのような目が動き、頼りない視線が沖田の顔を捉えた。
「わあぁぁ」
気の抜けたような悲鳴をあげて、沖田は後ずさった。
その途端、灯りが消えた。
気がつくと、沖田はアパートの自室の前で呆然と立ち尽くしていた。
手には黒いカビのようなものがこびりついたプラスチックパックと、何も刺さっていない汚れた竹串を持っていた。
「だから何か食べちゃってはいるんだよ。たぶん」
自宅のトイレで必死に喉の奥に指を突っ込みながら、沖田はなぜかまばたきする店主の顔を鮮明に思い出していた。
鳥のように、瞼が下から上に閉じていたという。
三叉路の屋台 尾八原ジュージ @zi-yon
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