愛の焼き鳥事件

惟風

愛の焼き鳥事件

 何だよせっかく飲みに来たってのにシケた顔してよ。お前が誘ったんだろうが。定時に終われたんだから真っ直ぐ帰りゃ良かったのに。

 可愛い女の子ならまだしも、お前みてえな野郎にまだ家に帰りたくないー、なんて言われても全然嬉しかねえんだよな。

 付き合ってやってんだから話してみろよ。こんな優しい先輩なかなかいねえぞ。

 ん? 奥さんと喧嘩したのか。まあそんなこったろうと思ってたよ。

 わかるよ。結婚生活ってなあ、楽しいだけじゃねえわなあ。ちょっとしたことでギスギスしちまうんだ。

 腹減ってんだろ。仕事も結婚生活も先輩の俺様がイイ話してやっから、食べながら聞けよ。


 俺が新婚の時、十五年くらい前かな。カミさんと喧嘩、つうか怒らせちまって。理由は何だったかな。脱いだ靴下を洗濯機に入れてないとかそんなんだった気がするわ。

 今考えると全面的に俺が悪いのに、小言言ってくるカミさんに対してコノヤローって気持ちになって。

 もうあんな奴とは口も聞きたくない飯も一人で食う! なんて思ってな。普段ろくに料理したこともないのに。

 それで、何でか焼き鳥を作ろうと思ったんだよ。

 イイ感じに鶏肉切って竹串に刺して焼いて、市販のタレかけりゃできるだろって軽く考えてな。

 で、一人でスーパーに行ったんだ。ちょうど近くのホームセンターにも用ができたから、その帰りに寄って。

 まあ適当に鶏肉とネギ買って、一緒に飲むビールなんかも見繕って。

 台所に立って、材料並べてサァやりますかって意気込んでたら、カミさんがフラッとやってきてさ。

 アンタ何してんのってブスッとして聞いてくるから、こっちもイラッとしてお前には関係ねえだろって返して、後は無視してたんだ。

 そしたらカミさん、ジィっと俺のこと見つめた後、フイって家出てっちゃって。

 マー感じの悪い奴だぜ、でも出てってくれて清々したこれでノビノビ作業ができるなんて思って。

 肉とかネギ切ったり酒に漬け込んだりフライパン用意してたら、何と竹串がない。どこにも見当たらない。

 アレ確かこの辺にいつも入れてあったはず、って探してみても無くて。

 もう後は串に刺して焼くだけだってとこで、わざわざ買いに出るのも気持ちが挫ける気がして面倒で。

 どうすっかなあいっそ串無しでやるか、て思ってたところにカミさんが帰ってきた。

 ガサゴソ探しものしてるとこ見られるなんざカッコつかねえなあ、って思ってたら、無言で近づいてきて、差し出してきたんだよ。

 竹串を。

 ちょうど切らしてたから買ってきた、どうせ焼き鳥作ろうとしてたんでしょ、って。

 そっぽ向いて相変わらず無愛想な言い方だったんだけど、アイツ、耳まで真っ赤になっててさ。

 そん時、ああ俺コイツのことちゃんと大事にしてやろう一生幸せにしようって思って一緒になったんじゃないか、って思い出したんだよな。

 些細な喧嘩でぶすくれて、あんな奴いらねえって極端な考えになってた自分が恥ずかしくなってさ。

 ありがとう、そんでゴメン、って謝ったよ。

 そっから二人で焼き鳥焼いて。

 焼きすぎて焦げちまったのもあったけど、あん時のは美味かったなあ。

 いまだに「焼き鳥事件」て呼んでるよ。


 どうだ。先輩の惚気話を聞かされるのは。

 気持ち悪いだろ。

 これに懲りたらとっとと帰って奥さんと仲良くしろよな。

 ちょっとしたことの積み重ねなんだよ。喧嘩しちまうのも、仲直りするのも、絆を深めるのも。

 だから、こんなことでとか思わずに、奥さんと美味いモンでもつつきながらゆっくり話してみろって。

 え? そりゃ今でも喧嘩くらいするさ。でもあれ以来、そこまで頭にカーッと血が上ることは無くなったかな。


 だから、焼き鳥事件の時に買ったノコギリもハンマーもロープもブルーシートもすぐに捨てたよ。

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