ホテルで告白した男。

かなたろー

特別な日の特別な店。

 その男は、今から10年ほどまえ入籍した。

 その日は、入籍相手の誕生日で、つまりは結婚記念日を忘れないために、その日に入籍することにした。


 その日は、今後特別な日になる。


 特別な日だから、男は、特別な店を予約する。

 手堅く、ホテルの高層階にあるレストランにした。

 その店のウリは目の前に広がるスカイツリーがとても美しく鑑賞できることで、夜景が好きと言う入籍相手にはうってつけの店だと判断し、自信満々に予約をした。


 またこういう店では、サプライズ的なサービスも行えるので、予約をした際、デザートのプレートに入籍相手への特別なメッセージを書き込んでほしい旨を伝えた。


 その男は、夕方、入籍相手と入籍届を出し、夜、予約した店に赴いた。

 その店の料理は和食で、入籍相手は、ちょっと信じられないくらいの出汁がしみた吸い物にたいそう喜んだ。


 しかし、その入籍相手は、食事を終えた後、


「こんな素敵な店は私にはもったいないよ」


と述べることになる。


 言い方はとてもやんわりとしているのだが、実のところ、内心ではたいそうご不満だったらしい。


 なかでも、注文したレモンサワーがなかなかこないのにたいそうご不満だった。

 かけつけ一杯を瞬時に飲み干した入籍相手は、追加で注文したなかなかこないレモンサワーにたいそうご不満だったらしい。


 ようやく届いたそれは、とてもおしゃれに、ていねいに透明度の高い氷を見事な球体に加工していたのだけれども、そこにとにかくご立腹したらしい。

 そんな余計なことをするくらいなら、もっと手早く、素早く、給仕をしていただきたいとたいそう苛立ったらしい。


 そしてその苛立ちは、デザートのプレートが来た時にピークに達する。


 生粋の酒豪で辛党なのにケーキ?

 しかもサプライズのオルゴールが流れてその空間にいる人たちに祝福をされて?

 なんなのこれ! 恥ずかしいったらありゃしない!!


 そんなわけで、それ以降のお祝いは、行きつけの焼き鳥屋に行くことになっている。

 厳密には、焼き鳥ではなく焼きトンなのだけれども、とにかく、その焼きトンはこのご時世にも関わらず、ワンコイン(100円)でおつりがくる激安価格で、劇的にうまい。


 そして、入籍相手が愛してやまないレモンサワーも、ワンコイン(500円)で、2杯も飲めてしまう、ちょっと信じられないくらいの激安の店だった。


 つまり、ふだん使いに最適な、なんでもない気軽な店だった。

 しかし、その店は二人にとっては特別な店だった。


 昨年、おととしと、昨今の生活様式の変容のため、特別な日に、その店に行けていない。


 はたして、今年はどうなるだろう。

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ホテルで告白した男。 かなたろー @kanataro_

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