一章⑥

「現金な奴め」

「だって、朔。ここのお店ってほんとに予約取れなくて有名なのよ! そんな店にいつでも行けるなら、これはもうごまをするしかないでしょ」

「一ノ宮の嫁が簡単にごまをするな! プライドを持て!」

 朔の鋭いツッコミもなんのその。

 雪笹からチケットをもらった華は上機嫌だ。

「プライドじゃお腹は膨れないのよ~」

「まあ、この間のお詫びもかねてってことで」

「ふへへへへ。そういうことなら仕方ないから許してあげる」

 今にも歌いながら踊り出しそうな華は、なんとも不気味な笑い方をしてチケットを大事そうに鞄に入れた。

 これを使い、葉月と鈴ときようとで女子会を開くのだ。

 きっと楽しいに違いないと、想像するだけで頰が緩む。

 そうこうしていると、料理が運ばれてきた。

 さすが朔が誘ってきただけあって、どの料理も美味おいしい。

「うまっ!」

「それはよかったな」

 朔はどんどん皿を空にしていく華の食べっぷりに、呆れつつも優しげな眼差しで見ている。

 そしてそんな朔を面白そうな顔で観察している雪笹は、ニヤリと笑って口を開いた。

「なあなあ、黒曜学校に通ってた頃の朔の女性遍歴聞きたくねぇ? 朔ってばそれはもうかなりモテたんだぜ」

 華は持っていたカトラリーの動きを止めた。

「え、めちゃくちゃ聞きたい」

 その目は興味津々だ。

「馬鹿! 雪笹、お前余計なこと言うなよ!」

 朔がなにやらえているが、その余裕のない様子がさらに華の興味を誘う。

「朔ったら、そんな動揺するぐらいとんでもない学校生活送ってたわけ?」

 以前に朔から、学生の頃はかなり荒れていたと聞いていたので、きっと女性関係もやんちゃだったに違いないと、華は勝手に想像した。

 思わず冷たい眼差しになる華に、朔の頰がひくりと引きつり、やり場のない感情が雪笹へと向く。

「雪笹、お前本気で帰れ!」

「えー、俺は本当のことしか言わねぇぞ」

 からかうような雪笹の様子に、朔が怒りを感じているのが分かる。

「まさか人に言えないようなただれた生活をしてたんじゃ……」

「そこまではひどくない!」

 ドン引きする華に朔は否定するが、口が滑ったことに気づいた時には遅かった。

「つまり、そこまでじゃない程度には女性関係が荒れていたと」

「ぐっ」

「あははははっ!」

 言葉をなくす朔と、テーブルをたたいて大笑いする雪笹。

「お前らまじおもしれぇ。笑い死にしそう……」

「そのまま苦しんでろ!」

 笑いすぎて苦しんでいる雪笹に朔は吠える。

 朔に女性の影が見えた華は、なにやら少し胸がムカムカとした。

 調子に乗って食べすぎたかと、本当の理由は自分で分かっていながら心を覆い隠す。

 ここで認めてしまうのはなんだかしやくだったというのもあるが、華自身がまだしつという感情を受け入れられていない。

 それに、きっと表に出してしまったら朔が調子に乗りそうな気がしている。

 だから今はまだ胸の中にしまっておこうと、幾重にも頑丈な鎖で縛りつけて強固な南京錠で鍵をかけた。

 華がそんなことを考えている間にも、朔と雪笹は言い合いをしており、怒っている朔とは反対に雪笹は楽しそうだ。

「朔が女教師に保健室へ連れ込まれそうになった話聞きたい?」

「聞く聞く」

 ずいっと身を乗り出した華をデコピンして、朔は次に雪笹へおしぼりを投げつけた。

 見事に顔面キャッチした雪笹は、それでも楽しそうな表情は変わらない。

「なんだよ、せっかく俺がお前の大事な嫁に楽しい昔話をしてやろうってのに」

「そうだそうだ」

 華が雪笹に味方するようにノリノリで声を上げる。

 女性関係にモヤモヤしつつも、朔がどのように荒れていたのか、華も気になって仕方ない。

 けれど、朔は黒歴史とばかりに聞かれたくなさそうにしている。

「余計なお世話だ。というか、お前も便乗するな、アホ」

 と、朔は雪笹だけでなく華にも注意する。

「アホとはなによ。アホって言う方がアホなんだからね!」

「お前は子供か?」

「朔の口が悪いんでしょ。よくそんなんでモテたわね。勘違いなんじゃない? 自意識過剰?」

 華にとって朔は口が悪い俺様である。

 確かに顔はいいが、性格が残念すぎる。

 すると、それを聞いた朔が頰を引きつらせる。

「俺の魅力が分からないとは残念な奴だ。それなら分からせてやろうか?」

 そう言って近づいてくると華のあごつかみ、引き寄せる。

 目の前に雪笹がいるというのに、キスができそうなほど顔を近づけてくるので、華は一気に顔を赤くさせた。

 無駄に色気をあふれさせるものだから余計にたちが悪い。

「ちょちょちょ、ちょい待ち!」

 動揺する華に己の優位を確信したのか、ニヤリと不敵に笑う朔。

「雪笹、あっち向いてろ」

「オッケー」

「オッケーすんな! てか、めちゃくちゃ見てるじゃないのよ」

 華が鋭くツッコミを入れる。

 雪笹は顔を背けるどころかニコニコしながらガン見している。

「よそ見する暇があるとは余裕だな」

「ぎょわぁぁ!」

 ほんとにあと少しというところで、華は考えるより先に頭が動いた。

 ガンッと朔の顔面に頭突きをしたのだ。

「うっ……」

 朔の痛そうなうめき声が聞こえたが、そのおかげで朔の魔の手から逃れることができてほっとする。

 そして、恥じらいもない朔にせいを浴びせる。

「馬鹿! エロ親父! 節操なし!」

「一言目に言うことがそれか。歯が折れるかと思っただろうが」

「朔が悪いんでしょうがっ!」

 吐き捨てるように叫ぶ華の顔は真っ赤になっていた。

 もちろんキスをされそうだった状況の恥ずかしさと、朔の色気にである。

 悔しいかな、やはり顔だけはいい。

 そこは華も認めざるを得ない。

 学校時代にモテていたのは決して冗談でもなんでもないのだろう。

 性格は残念だが、一ノ宮の嫡男で術者としての能力も高く、顔もいいのだから、異性が放っておくはずがない。

 そんな朔が華を好きだというのだから、本当に不思議でならなかった。

 華は自分がなにか特別なことをしたとは思っていないのだ。

 華のなにが朔の琴線に触れたのか、それは朔にしか分からない。

「まったく、恥ずかしがりな奥さんを持つと夫は大変だ」

 やれやれという様子で自分の席に戻った朔だが、やれやれなのは華の方であると、ギロリとにらみつける。

「大変なのはこっちの方よ」

 すると、そんな華と朔のやり取りを見ていた雪笹が急に笑いだした。

 くくくくっと、こらえきれないというように。

 二人の視線がいぶかしげに雪笹に向けられる。

「お前ほんと変わったな、朔。昔を知る奴らが今のお前を見たら全員同じ感想を言うだろうさ」

 朔は苦虫をつぶしたような顔をするも、なにも言い返さなかった。

 朔が学生時代からどう変わったのかは華には分からない。

 それがいいことなのか悪いことなのか、それは笑っている雪笹の様子を見ればいちもくりようぜんだったので、華はなにも言わず食事を再開した。

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