一章②

 それから急ぐように出ていった柳だが、翌朝になると言葉通りに葉月と朝食を共にするため帰ってきた。

「なんとか間に合ったな」

「おかえりなさい、お兄ちゃん」

 柳を出迎える葉月の様子を微笑ましそうに見ている古参の使用人の中には、華との関係が変わるきっかけをくれたの姿もある。

 食事の席に着くと、葉月も柳も目を丸くした。

「紗江さん。なんだか朝食にしては豪華すぎない?」

 葉月が困惑した様子で問う。

 とてもではないが、二人分の食事の量ではないし、朝から赤飯にたいの尾頭付きまである。

「柳様が正式に跡目を継がれたことと、お二方の新たな門出を祝しまして、調理係がはりきってご用意いたしました」

 ニコニコと微笑む紗江は、本当に嬉しそうだ。

「そうなの」

 確かに柳が跡目を継いだお祝いをしていなかったことを思い出して葉月は納得した。

「今度華も呼んで内々にだけどお祝いしないとね、お兄ちゃん」

「華だけで済めばいいけどな」

 意味ありげな柳の言葉の意味を、葉月は正確に理解していた。

「ご当主様もご招待した方がいい?」

「そうだな。朔様には今回の件に関していろいろ手を尽くしてもらったから、礼をしないままにはできないだろう」

「分かったわ。お兄ちゃんは忙しいし私が準備する」

「ああ、頼む」

 柳は口数が少ないこともあって食事の場はにぎやかというわけではなかったが、その場の空気は穏やかで優しいものだった。

 こんな風に柳と向き合って心穏やかに食事をしている自分の状況が、葉月には不思議で仕方ない。

 これからはこんな日が続いていくのかと思うと、自然と表情は柔らかいものになっていく。

 その様子を見る柳も似たような表情であった。

「そう言えば、もうすぐ学祭の時期だな」

「うん。今年は第一学校の担当よね?」

 年に一度、こくよう学校の第一から第五学校が合同で学祭をする。

 その時には屋台が出て余興なども行われ、毎年大いに盛り上がる一大イベントとなっているのだ。

 開催場所は第一から第五学校が持ち回りで受け持つ。

 去年は第五学校で行われたため、今年は第一学校が担当する予定のはずだ。

 ちなみに、第一学校は一ノ宮の管轄地区にあり、第二学校はじよういんの管轄地区にあるというように、その数字により五家のどこに属すかが分かる。

 第一学校で学祭が行われるということは、今回は一ノ宮の力が大きく影響するのだ。

「ああ。だから当日の警備には俺も参加することになっている。葉月は今年も選抜メンバーに入っているのだろう?」

「まだメンバーは発表されていないけど、たぶん選ばれると思う」

 学祭の間には、第一から第五の各学校の中から生徒が選出され、互いの力を披露し合う交流戦というイベントが行われるのだ。

 選抜メンバーは学校の中でも特に優秀とされる者達ばかり。

 それ故に、選抜メンバーに選ばれることは今後の進路にも大きな後押しとなるのだが、微妙な顔をする葉月に柳は不思議そうにする。

「どうしたんだ? なにか問題でもあるのか?」

「だって、私より華の方がずっと強いのに……」

 人型の式神を二体も持ち、さらには犬神すら式神にしている華は、葉月と比べるまでもなく強い。

 それを最近になって知った葉月は、華をずっと弱い者として、また、守らなければならない者として勝手に見ていた。

 知らなかったとはいえ、今になるとなんてごうまんな考えだったのかと恥ずかしくなってくる。

「華はCクラスだから選ばれるか分からないのよ。おかしいでしょう?」

 過去、Cクラスの生徒が選抜メンバーに選ばれた記録はない。

「おかしいと思うが、華は選ばれても面倒くさがりはしても喜びはしないだろうな」

「確かに」

 葉月は妙に納得した。

 正直、十歳以降二人の関わりは最小限であり、知らぬことの方が多いにもかかわらず迷わず納得してしまうのは、双子故の特別なつながりがあるからなのか、そこは分からない。

「華ったら、術者じゃなくて一ノ宮系列の会社に就職するのが希望だっていうの。お兄ちゃんはどう思う?」

 葉月は、華のあの成績では一般的な会社への就職は少し難しいのではないかと思うと同時に、華の術者としての高い能力をかさないのはもったいないと思っていた。

「さあな。そこは華の、というよりは朔様次第というところだろう」

「ご当主様の?」

「協会に属するにせよ、就職するにせよ、子供ができたらそれどころではなくなるしな」

 とんだ爆弾発言だ。

 華がこの場にいたら、近所の犬がつられてとおえするほど叫んでいただろう。

 葉月も絶句している。

 確かに妊娠したら華の望む将来設計はガラガラと崩れ去っていく。

 今はまだ離婚しようとたくらんでいる華。けれど、朔が離婚を望んでいないのは葉月も知っているので、絶対にないとは言いきれない。

「…………」

 葉月はそっと言葉をみ込み、聞かなかったことにして話を無理やり変えた。

「こ、交流戦の時はお兄ちゃんも見に来てくれる? 一度ぐらいは見に来てほしくて」

 これまでは両親が見に来ていたが、褒められるよりも、何故もっと活躍しなかったのかと責められる方が多かった。

 葉月はいつだって頑張っていたのに、それが認められることはついぞなかった。

 問いかけると、一拍の沈黙ののち、柳はうなずく。

「……ああ」

 その反応を悪い方にとらえた葉月は表情を曇らせる。

「もしかして難しい? それなら無理しなくていいからね?」

「いや、そうじゃない。実は一度どころか葉月が一年の時も二年の時も見に行っていた」

「そうなの?」

 葉月は驚いたように目を丸くする。

「ああ。兄なのだから当然だ」

「そっか」

 葉月は小さくはにかんだ。

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