一章①

 ついにはなたちの両親は失脚。やなぎいちを継ぐという話はすぐに一ノ宮の一族へ通達されたが、特に目立った反対意見はなく収まった。

 たとえあったとしても、一ノ宮当主であるさくが握りつぶしていただろう。

 なにせ、柳が一瀬の長となるように働きかけていたのは朔なのだから。

 だまし討ちのようなところもあったが、他の一族の人間は詳細を知らないので問題ない。

 柳はまるで最初から一瀬の長であったかのように家を引き継いだ。

 そして、一ノ宮の屋敷で居候していたづきは、兄の柳と共に一瀬の家へと帰ってきたのだった。

 あれだけ大騒ぎして家を出たというのに、こんなにすぐに舞い戻ってくるとは葉月とて思いもしていない。

 二度と帰らない覚悟を持っていたので、少々気まずさは隠せなかった。

 両親のいない屋敷は、なんとなく静かな気がする。

 少し前までは家に帰るのがゆううつで、すぐにでも逃げ出したくて仕方なかったというのに、今はもう以前のような息苦しさは感じなかった。

 両親がいないというだけで屋敷も家具の位置も変わらないが、気持ちの上では大きく違う。

「本当にいなくなったんだ……」

 両親の姿がない家の中を見て改めて実感する。

 これまで葉月を心身共にがんじがらめにしてきた両親とは、今後滅多なことがない限り会うことはないだろうと柳から言われた。

 うれしいかと聞かれたら、分からないと葉月は答えるだろう。

 これまで両親に強要され続けた生活だったが、別に両親を恨んだりしていたわけではない。

 だからこそ、複雑な心境だった。

 これが華だったなら、「ざまあ~!」と言って、それはもう嬉しそうに高笑いしただろうが。

 葉月はまだそこまで気持ちを切替えることはできていない。

 それでも、両親から解放されたというあんかんは大きかった。

 自分を縛る存在はもういない。自由なのだ。

 屋敷では、あらかじめ柳から聞いていたように両親に近しかった使用人は一新されており、見覚えのない顔ぶれが見られる。

 少し戸惑うものの、両親がいない以上の大きな出来事ではない。

「大丈夫か、葉月?」

 柳が心配そうに葉月を振り返る。

「うん、大丈夫よ」

 葉月は問題ないと笑うが、その心中は複雑だ。

 それを柳も察しているのだろうか。

 これまでの無関心を装った感情の見えない声色とは違い、優しく声をかけてくる。

「なにかあればめ込まずにすぐに相談してくれ。あの人達はもういない。好きに過ごしたらいいんだから」

「うん」

 好きに過ごしたらいいとは言うが、葉月はどう過ごすべきなのか分からない。

 これまで両親が決めた通りに動くよう行動を強要され、葉月の意思は無視されていたのだから当然だ。

 一ノ宮の屋敷にいた時は、なんだかんだ華やのぞむが、一人になる暇もないほど構い倒してきたので気にならなかったが、こうしていざ自由を手に入れると、なにをしたらいいのか困ってしまう。

「俺もこれからはちゃんと家に帰ってくるようにする」

 柳が父親から憎々しく思われていると知ったのはつい最近のことだ。

 それを聞いた時に驚いたのは葉月も華も同じだった。

 だが、確かに柳が両親と楽しげに会話しているのを見た覚えはなく、ヒントはいろいろなところにちりばめられていたのだ。

 それに華も葉月も気がつかなかっただけ。

 いや、二人共自分のことを考えるだけで手一杯だった。柳はちゃんと華と葉月のことを考えてくれていたのに。

「とりあえず、仕事に行ってくるが、夜にはちゃんと帰る。葉月もまだ戸惑っているだろうが、まずはこれから朝と夜の食事は一緒に取るようにしよう」

 一ノ宮家では当たり前だった家族集まっての食事の風景は、この一瀬の家では無縁だった。

 もちろん最初は違っていた。

 一ノ宮の家のように家族で食事をしていたはずだったのに、いつの間にか別々になっていた。

 なにがきっかけだったかはもう覚えていない……。

 そんな希薄な関係の家族だったので、柳も柳なりに葉月との距離を縮めようと努力しているのが分かった。けれど……。

「お兄ちゃん、お仕事大丈夫なの? 私に構っている暇なんてないんじゃない?」

 最年少でよんしきいろの術者となった柳は、その能力を買われて当主である朔からの信頼も厚く、日々忙しく動き回っていると聞く。

 どのような仕事を頼まれているのかは、まだ学生である葉月には分からないが、これまでほとんど家を留守にしていたのを考えても、今ものんびりできる状況とは思えない。

 まあ、帰ってこなかった理由の一つに、仲が悪かった両親と顔を合わせたくなかったというのもある気がするが。

 それでも、柳が忙しいのは間違いないはずだ。

「もし、私に気を遣っているなら気にしないで。私ももう子供じゃないんだし、一人でも大丈夫だから」

 兄を煩わせたくないと考えるのは、気を遣いすぎて遠慮しがちな葉月の悪い癖だ。

 それを柳はちゃんと理解していたようで、苦笑しながら躊躇ためらいがちに葉月の頭に手を乗せる。

 これまで頭をでられるなんてことを両親にすらされた覚えのない葉月は、驚いたように目を大きく見開いた。

「俺がそうしたいんだ。後悔しないために。葉月が俺といるのが嫌なら無理強いするつもりはないが」

「そ、そんなことないわ!」

 寂しそうな目をした柳を見て葉月は慌てて否定すると、柳はわずかに口角を緩めた。

「だったらやはり食事ぐらいは一緒に取らせてくれ。俺がそうしたいんだ」

「うん」

 そこまで言われて嫌だなんて言えるはずがない。

 葉月にとって兄は遠くありつつも尊敬する存在だったのだから。

 嬉しいという気持ちの方が勝った。

「じゃあ、行ってくる。あの人達はいなくなったし、これから家のことは葉月のしたいようにしたらいいからな。俺も常に家にいられるわけじゃないから、家の中を模様替えするなり、人を雇うなり、葉月が思うように動いていいんだ」

「うん。ありがとう、お兄ちゃん」

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