一章⑤

 学校を一緒に登下校するどころか、行動を一緒にすることすらなかった華と葉月が同じ車から出てきたことがよほど物珍しいのだろう。

 しかも現在の華は一ノ宮当主の妻だ。

 自然と人目を集める立場となってしまった。

 けれど、まだ双子だという関係があるからこの程度の騒ぎで収まっているのだ。

 これが望と葉月が二人で登校した日には、望とどんな関係かと噂されるに違いない。

 無理やりにでも一緒に登校してきてよかったと、華は考えなしだった望に対してじとっとした眼差しを向ける。

 華の言わんとしていることがその眼差しで分かったのだろう。

 望は少々ばつが悪そうに先に校舎の中へ行ってしまった。

 葉月はというと、友人なのか取り巻きなのか分からない生徒に囲まれ、質問攻めにあっていた。

「葉月さん! どうして一緒に登校されたの?」

「望様も一緒だなんて」

「どういうこと?」

 他人の事情に遠慮もなく土足で踏み込む無神経な人達に華は不快感を覚えたが、葉月はにこりと微笑みを浮かべながらあいまいに答えを濁していた。

「さすがは優等生」

 華は葉月のあしらい方に感心してから、自分もクラスへと向かった。

 あれ以上葉月といたとてクラスが違うのだし意味はない。

 葉月なら上手うまいこと収めてしまうのだろう。

 クラスに行けば、早速すずが寄ってくる。

「おはよー、華ちゃん。聞いたよ~。お姉さんと一緒に登校してきたんだって? 華ちゃんがお姉さんと仲よく来るなんて初めてじゃない?」

「いつもながら思うけど、鈴のその情報の早さはどこから来てるの」

 華は寄り道せず真っ直ぐクラスにやって来たというのに、鈴はもう知っている。

「えー、だって新聞部がSNSで投稿してたんだもん」

「なにそれ?」

「華ちゃん知らないの? 新聞部のアカウント」

「知らない」

「新聞部があることないこと最新情報をSNSに投稿してるんだよ。それでさっき、華ちゃんがお姉さんと一緒にいるのが投稿されたの。ほら」

 そう言って鈴がスマホの画面を見せてくれる。

 新聞部のアカウントに投稿されていたのは、まさに先ほど車から出てきたばかりの華と葉月の写真だ。

『あの双子になにが!? 一緒に車から出てくる一ノ宮当主の妻とその双子の姉!』

 というコメントが一緒に載っている。

「めちゃくちゃ隠し撮りじゃない。いつの間に……」

 勝手に撮られた怒りというよりはあきれが先立つ。

「他にもいろいろと学校内の最新情報が投稿されてるんだよ~。学校の生徒はほとんどフォローしてるんじゃないかな? 華ちゃんが知らなかったなんてびっくりだよ」

「……肖像権の侵害で争ったら勝てるかしらね」

 過去の投稿を確認してみたら、華が朔と結婚したという話題まで、花嫁衣装姿の華の写真と共に載っているではないか。

 しかも、結婚式を挙げた当日にだ。

 花嫁衣装の写真をどうやって手に入れたのかとツッコみたい。

 そりゃあ、これだけおおっぴらに情報を流されていたら学校に来た時に誰もが知っているはずである。

 散々騒がれた当時を思い出し、言いたいことはたくさんあったがぐっとこらえて、とりあえず華も新聞部のアカウントをフォローした。

 幸いと言えばいいのか、まだ葉月が一瀬を出て一ノ宮で暮らしていることは、新聞部も情報をつかめていないようだ。

 しかし、時間の問題のような気がする……。

 まあ、なるようになるかと気を取り直すと、教師が入ってくる。

 今日の華には葉月のこと以上に考えねばならない大事があるのだ。

 ドキドキしながらその時を待つ華に、その時がやって来る。

「この間行った試験の答案を返すぞー」

 先日あった『がんどく』の問題が片付いた直後に行われた試験の結果が今日返される。

 喜ぶ者や嘆く者、三者三様の反応を見せる教室内で華以上に緊張している者は他にいないだろう。

 この結果にすべてがかかっている。

「──次~。一瀬……じゃなくて一ノ宮」

「はい!」

 いまだに旧姓で呼んでしまう教師を残念に思う暇もなく、硬い表情で答案用紙を受け取りに向かう。

 席に戻り、深呼吸をしてから答案用紙を確認した。

 その結果に、華はすぐさま頭を抱える。

「ヤバイヤバイヤバイヤバイ」

 念仏のようにひたすらつぶやく華に、隣の席の男子が気味悪そうな顔をしていたが、そんなことは気にならないほど結果で頭がいっぱいだった。

 あずはが華を心配するようにヒラヒラと周りを飛ぶ。

 そこへ鈴がにこやかな顔でやって来て、華の答案用紙をのぞき込んだ。

 するとうれしそうにニンマリとする。

「ほら、やっぱり華ちゃん赤点ばっかり~。付け焼き刃なんて無理なんだよぉ。でも華ちゃん頑張ったんだし、また次があるよ」

 慰めているのか、けなしているのかよく分からないが、鈴なりに慰めてくれているようで、優しく肩をたたかれる。

 しかし、次では駄目なのだ。

「……これは駄目だ。とてもじゃないけど見せられない。あれだけ勉強したのに赤点が一つ二つじゃないなんて」

「ちょっとの勉強でどうにかなるものじゃないよ~。普段からしてないのがいけないんだから」

 鈴のもっともな言葉を聞きながら、華は決意する。

「よし、封印しよう!」

「どうやって?」

「燃やして証拠隠滅する」

「さすがに燃やすのは危ないよ」

「広い一ノ宮の庭でなら、たき火の一つや二つしたって問題にはならないわよ」

 確かにその通りだが、鈴はまゆを下げる。

あきらめてご当主様に謝った方がよくない?」

「そんなことしたらどうなるか。考えるだけでも恐ろしい……」

 顔色を悪くして、華は答案用紙をぐちゃぐちゃに丸めて机の中に押し込んだ。

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