一章④


    ***


 葉月が一ノ宮で暮らすことが決まってから初めての登校日。

 朝から華達はめていた。

 正確には華と望がだ。

 口論の理由は、葉月をどちらの車に乗せて登校するかというくだらないものだった。

 しかし、本人達は真面目である。

「葉月は俺の車で行くんだよ!」

「なに言ってるのよ。葉月は私の姉なんだから私と行くわよ」

 せっかく葉月と和解したのだから、少しでも無駄にした時間を取り戻したい華は、譲れないとばかりに食らいつく。

 一方の望も負けじと応戦する。

「葉月とはいろいろと話すことがあるんだよ」

「今じゃなくても望は部屋も近いからたくさん話せるじゃないの」

「葉月が来た日からほとんど葉月の部屋に入り浸ってたお前に言われたくない」

 望の言うように、華はこれまでの葉月の行動の意味を知り、申し訳なさも相まって、葉月を構い倒していた。

 せっせとお茶菓子を運び、頻繁に様子を窺いに部屋を訪れては、葉月の周りをうろちょろしていたのだ。

 葉月が少々戸惑うほどだったが、それに華は気づいているのかいないのか。

 同じく、葉月が同じ屋根の下に、しかも自分の部屋の側で暮らすと聞いて落ち着かずに葉月を訪ねてきた望と鉢合わせして、口論の末に「葉月さんが落ち着けないでしょう!」と怒鳴り込んできた美桜によって、二人共葉月の部屋からたたき出されてしまった。

 そんなことがあった次の日である。

 両者譲れないものがあった。

「そんなこと言って、昨日私が出ていった後に葉月の部屋に忍び込もうとしたんじゃないの? まさかやましいこと考えてないでしょうね?」

 葉月に聞こえないよう華がぼそっとささやくと、望は顔を赤くした。

「するか! 馬鹿!!」

 葉月は聞こえていないので望の反応にきょとんとしているが、華は新しいおもちゃを見つけたようにとしている。

「だいたい、望が葉月と二人で朝から一緒に登校したりなんかしたら噂になるのが目に見えてるじゃない。あ~、もしかしてそれが狙い? 周りから固めようっての?」

 華が疑惑のまなしを向けると、望は動揺をあらわにする。

「違うわ!」

「え~やだ~。図星~? 葉月に注意しておかないと」

 華は望をからかってなんとも楽しそうだ。

 朔がここにいたらやめてやれと止めるかもしれないが、あいにくとすでに家を出ている。

「だから、違うと言ってるだろ!」

「じゃあ、私と乗っていっても問題ないわよね。葉月、行きましょう」

 素早く葉月の手を引いた華に望が慌てる。

「ちょっと待て!」

「待ちませーん。ほら、葉月、乗って」

「う、うん」

 揉める二人に困っていた葉月は言われるままに車に乗った。

 華がその後から続いて乗ると、反対側の後部座席のドアが開いて望が無理やり乗ってきたではないか。

 そのせいで、葉月を挟んで三人で座るという状況になる。

 普段は断固として華と一緒の車には乗らないというのに。

 望はふんっと顔をらしながら腕を組んで座るそんな態度だが、耳まで赤くなっているのがかわいらしい。

「あれ~。そんなにお様と一緒に登校したいの~? 望君ったら甘えん坊さんなんだから」

 もちろん、望が華ではなく葉月と一緒にいるために同乗してきたと知っていて言っている。

 望は震えていたが反論すれば、葉月と一緒にいるためだと言っているようなものなのでそれもできないでいる。

「くふふふ、愉快愉快」

『あるじ様、性格悪いよ?』

 華の髪に止まるあずはが静かにツッコむ。

 すると、葉月がビックリしたようにあずはを見る。

ちようがしゃべった……」

 蝶を始めとした虫の式神は、位で言うと最下位の力しか持たない弱い存在。

 言葉を介して意思の疎通ができる力を持っているはずがないので、葉月が驚くのも無理はなかった。

 学校が襲撃された時、あずはとやり取りしている場面を葉月も見ていたはずだが、そんなことを気にしていられる状況ではなかったので忘れているのかもしれない。

「あー、あずはと葉月はほとんど初めましてみたいなものだっけ」

 互いの式神の存在は知っているが、式神を作って以降、二人の生活環境はがらりと変わってしまったので、密なやり取りをしたことがなかった。

 華も葉月の式神であるひいらぎと会話したのは、葉月を助けてくれとについてきた時が初めてだった。

 それほどに十歳以降の二人の仲はよくなかった。

 それもこれもすべては両親のせいだ。

「あずは、葉月にごあいさつ

『あずはです』

 華の髪から離れて、ヒラヒラと葉月の目の前を飛びながら、舌っ足らずな子供のような声で話す。

「あ、葉月です……」

 釣られるように名乗った葉月に華はクスリと笑う。

「この子って、昔から話せてたの?」

「ううん。十五歳の時に力に目覚めてね。その時から話せるようになったのよ」

「他にもいたわよね。人型が二体と犬みたいな……」

あおいみやびあらしね。あの子達はまた今度紹介するわ」

 今日のお供はあずはだけで、他の式神はお留守番なのだ。

 いつも連れていく式神は決まっていない。

 あずはが留守番の時もあれば、全員ついてくることもある。

 ただ、常に姿を見せているあずはと違い、葵や雅はついてきていても姿を消していたら、朔レベルの術者でない限り、いることには気づかれない。

 その点では葵や雅の方が連れて歩きやすいが、落ちこぼれをやめた今となってはどっちでもいい。

 ちなみに犬神である嵐は姿を消すこともできるが、顕現していることの方が多い。

 その方が力が使いやすいのだという。

 人間にはその辺りのことはよく分からないが、嵐がやりたいようにやればいいと思う。

 優しいあまりたたり神になってしまったほどの神様は、決して無意味に他者を傷つけたりしないと信頼しているからだ。

 一ノ宮の屋敷からはそう遠くない学校に着くと、扉側に座っていた華と望が先に出る。

 周囲にいた生徒達は華と望が一緒に登校してきたことに目を見張っていたが、同じ屋敷に住んでいるのだからさほどの驚きではなかった。

 しかし、続いて葉月が出てくると、ヒソヒソとしたざわめきが起きる。

「えっ、葉月さんがなんで一緒に来てるの?」

「双子なんだから別におかしくはないんじゃない?」

「でもさ、あの二人が一緒にいるところなんて見たことないのに」

「それもそうよね」

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