一章③

「ほほほほ。本当のことをお教えしたまでですよ。家のためとは言え、子供の意思をないがしろにするなどあり得ないと憤慨していらしたではないですか。十和はこの耳でしっかりとお聞きしましたよ」

 美桜は恥ずかしそうにしながらふいっと視線をらした。

 その様子に、葉月はあつにとられ、華と朔は笑いをこらえている。

「朔! 華さん! さっさとお座りなさい。食事が始められないでしょう!」

 八つ当たりするように矛先が変わるが、華は声を出して笑わないようにするので必死だ。

「はーい……」

 朔はやれやれと上座に座り、その横には華が座った。

「葉月、こっち」

 華は自分の席の隣をトントンとたたくと、葉月はおそるおそる隣に腰を下ろした。

「ここでは食事を皆で取るから、葉月もね」

「えっ、一緒に取るの? ご当主様も?」

「時間がある時はね」

「そう、なんだ……」

 葉月が驚くのも無理はない。

 一瀬では皆なにかと理由をつけて各々勝手に食べていたから、家族団らんとは無縁の生活だった。

 特に兄である柳は仕事を理由に家を空けることが多く、遭遇率すら低かった。

 それなのに同じく忙しいはずの朔が一家団らんの輪に入っているのが驚きなのだろう。

 葉月も慣れるまでは違和感があるかもしれないが、すぐに慣れて一人での食事が味気なく感じてくるようになるはずだ。

 それはそうと、まだのぞむが来ていない。

「そう言えば、朔。望に葉月のこと話したの?」

「いや、母上が話しているかと」

「いえ、私は華さんが話していると思っていましたよ」

 全員が全員あれ? という顔をした。

 そんなところへやって来た望は、部屋に入ってくるやいつもの自分の席に座り、正面に座る葉月の姿を見て一拍ののち「はあぁぁぁ!?」と葉月を指さして絶叫した。

「なんで、なんで葉月がここにいんだよ!」

「今日からここでお世話になることになったの」

 葉月がやや申し訳なさげに答える。

「聞いてねぇよ!」

 望は説明を求めるように朔や美桜、そして華に視線を向けたが、どうやら誰もかれも誰かが説明しているものと思って、結局望にはなにも話していなかったようだ。

「どういうことだよ!?」

 激しく動揺する望を朔がなだめる。

「落ち着け、望。今葉月が言っていただろ。今後は俺が後見人となってここで一緒に暮らすことになった。葉月、詳しいことはお前から説明してやってくれ。言ってもいいことと言いたくないこととあるだろうし、同じクラスで顔見知りのお前の方が適任だろう」

「分かりました」

 葉月は望に向き直って、にこりと微笑む。

「後で説明するから。とりあえず、これからよろしくね」

 すると、望はこれでもかと顔を真っ赤にする。

「お、おう」

 葉月を直視できないけれど気になって仕方ない様子でチラチラと見ている。

 食事が始まるも、望の態度は華に対するものとは大違いで、借りてきた猫のように大人しい。

 気になった華がたまらず問いかける。

「ねえ、葉月と望って仲いいの?」

「は!? きゅ、急になに言ってやがるんだっ!」

「なんでそんな動揺してるのよ」

「してねぇよ!」

 いや、誰がどう見ても望は激しく動揺していた。

 ニヤけるのを抑えきれない華が再度問いかける。

「で、どうなのよ?」

「仲いいわよ。望とはずっとクラスも一緒だし、一番仲よくしてるって言ってもいいわ。ねっ?」

「そそ、そうだな」

 葉月にそう微笑みかけられ素直にうなずく望。華にはみついてばかりだというのに。

 似た顔をしているのにこの態度の違いといったら……。

「それならちょうどいいわ。葉月さんの部屋は望の部屋の近くに用意してありますからね」

 そんな美桜の言葉に望がぎょっとする。

「えっ、どうしてです? 姉妹で近くの方がいいんじゃないですか?」

 望も母親の美桜相手には丁寧な言葉を使う。朔も同じだが、美桜がいかにこの家の重要な位置にいるかがうかがえる。

「華さんは朔の部屋の隣です。いくら姉妹と言えど、当主夫婦の部屋の近くに分家の者の部屋を用意するわけにはいきません。仲よくしているなら、なおさら望の部屋の近くの方が相談しやすいでしょう?」

 それに、華と葉月は同じ家に住みながら、華は離れ、葉月は母屋というように、別々に暮らしていた。

 正直、急にべったりとはいきにくい。

 むしろ葉月と共にいた時間だけなら望の方が長いだろう。

 部屋がそこに決まったのは、格下の分家の葉月と当主の嫁である華の立場の違いを明確にするためという理由があってのことだろうが、結果的には望の部屋に近い方が葉月のためになるかもしれない。

 望の方が葉月に近しいようで寂しさもあるが、葉月のためになるなら華にも否やはない。

「お世話になります。よろしくね、望」

 ようやく一瀬から解放されて、晴れやかな葉月の笑顔はぱっと花が咲いたようだった。

「ままま任せろ!」

 そんな葉月の笑顔を目の当たりにした望はあからさまに挙動不審である。

 まるで恋人になりたての初々しいカップルのようなやり取りをする二人の様子を見て、美桜もなにやら思うところがあるようだが、口にはしなかった。

 そんな中、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた華に、朔がおわんを持ちながら冷静にくぎを刺す。

「余計なことはしてやるなよ」

「分かってるってぇ。ちょっと遊ぶだけよ」

「やめてやれ」

 朔も望の様子に勘づいているみたいだ。

 どうやら気づいていないのは葉月のみ。

 成績は優秀だが、色恋には疎いようだと、華は少し葉月のことを知れた。

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