二章①
別荘から帰宅後、華は自分の部屋に直行した。
「あ~、疲れた~」
そう言いながら華はソファーに横になる。
畳に布団を敷くタイプの一ノ宮の屋敷とは違い、別荘にはベッドが置いてあった。
華がベッドに飛び込むようにして寝転がれば、マットレスのほどよい反発が華を受け止めてくれた。
よほど質のいいマットレスのようで、すぐに睡魔がやって来るほどに寝心地がよかったのを思い出す。
いっそ一ノ宮の屋敷もベッドにしてもらうように頼もうか。
そうすればいつでも寝たい時に寝られるしなどと思っていると、朔がノックもなく部屋に入ってくる。
溶けるようにくつろいでいる華を見て、朔は苦笑いする。
「だらけすぎだろ」
「だって、別荘に着いて早々
今朝起きたら、朔は帰ったと椿に聞かされて華は
なにせ外を見れば一掃したはずの妖魔がまたもやそこら中を
「葵は椿から逃げ回って役に立たないしさ。そもそも妖魔はたまに掃除するだけでよかったんじゃなかったの? めちゃくちゃいたんですけどぉ」
華はソファーに横になりながら、責めるようにじとっとした眼差しを向ける。
「それは悪かったな。こっちも急に呼び戻されたから華に直接伝える時間がなかったんだ。今日湧いた妖魔は、華の気配に反応して周辺の奴らが寄ってきただけだろ。別荘の土地は関係してないと思う」
別荘に張ってある対妖魔用の結界は、入ることはできるが出られないという、妖魔を捕獲するための結界となっている。
ただでさえ集まりやすい土地に、普段から妖魔に狙われる華がいたことで、思いがけず妖魔ホイホイのようになってしまったようだ。
こればかりは朔にも想定外だった。
「華が帰って以降は、妖魔も現れていないと報告があったから問題ないだろう。また時間を見つけて掃除しておいてくれ」
「はいはい」
やっぱり面倒なものを引き受けてしまったと後悔が襲ってくるが、今さら返すと言っても朔は受け入れないだろう。
「今度から朔の言葉は信じないことにする」
「そう言うな。任せたぞ」
本音は嫌だが仕方ないと、華は大きな溜息を吐いた。
「あー、もう。嵐で心を
そう言うや、華はソファーから起き上がって、近くで横になりくつろいでいた嵐に抱きついて、そのもふもふの毛に顔をうずめた。
魅惑のもふもふが華のささくれだった心を癒してくれるような気がする。
嵐は
なんと心の広い神様だろうか。まあ、そのせいでたたり神になってしまったぐらい優しい神様なのだ。
「ところで、急用ってなんだったの? なんか帰ってきたら屋敷の空気がピリピリしてるんだけど、そのせい?」
「気付いたか」
「そりゃあ、あんだけ張り詰めた空気を発してたら嫌でも気付くって」
一ノ宮に属する術者が頻繁に出入りしており、その全員が怖い顔をしているのだ。
本家とあって、普段から証となるペンダントを首から下げた術者が出入りしてはいたが、その頻度が異様に高い。
これはなにかあったなと、鈍感な者でも気がついただろう。
朔は嵐に抱きつく華の前に
「術者協会本部に侵入者があった」
「マジで言ってるの」
「ああ。犯人は捕まっていない。目下捜索中だ」
「うえぇ」
華がひどく驚いた顔をするのは当然だった。
術者にはならず一般の会社に就職するつもりでいたために術者協会のことに詳しくない華でも、協会本部の警備の厳重さは耳にしていた。
関係者以外は、ありんこ一匹中に入れぬ強固なセキュリティーを自負している協会本部。
そんな場所に侵入しようと試みた人間がいたことにも驚くが、本当に侵入してしまったことにさらに
しかも犯人が捕まっていないとは。
「協会の警備はどうなってんの?」
「警備は
「それはなんというか、ご愁傷様としか言えない」
「まったくだな」
深く息を吐く朔からは焦燥感のようなものを感じる。
「その侵入者って、ただ侵入しただけじゃないんでしょう?」
そうでなければこれほど多くの術者が動いているはずがないという華の推測だったが、それは当たっていた。
「ああ、侵入者は協会本部に保管されていた
「呪具っていうと二条院の作った?」
「ああ。しかも危険ランクSSの呪具ばかりだ」
「それめっちゃヤバいやつじゃない!」
「だから、皆ピリついてるんだろうが」
今さら何を言っているんだと言いたげな朔の
華でも知っているその危険性。
呪具と聞くと悪いものを想像しがちだが、すべての呪具が人間に害を与えるわけではない。
そのほとんどが妖魔と戦うために生み出された、対妖魔用の武器と言ってもいい。
そんな中で、危険ランクSSと評価された呪具は、悪用された場合には人間にも大きな災厄を与えかねないと封じられたものなのだ。
それがどんな効果を持っているのか、分家の中でも発言力の弱い一瀬家の華は知らないが、そういう危険な呪具を協会が管理していることは授業で習う。
それと共に、危険ランクSSと評価されたもののすべてが、二条院により作られたものだということも。
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