一章⑥

「く~。朔はその性格直した方がいいわよ。モテなくなるんだから」

「安心しろ。俺には華以外は目に入ってないから問題ない」

「だから、そういうのをやめてってば!」

 恥ずかしげもなく口説くような台詞せりふを言われても、華は反応に困ってしまう。

「俺の本心だ。華には回りくどい言い方をしても伝わらなそうだからな。ストレートに愛情表現することにしている」

「だからって、人前でやめてよ」

 向かい側で同じく足湯を楽しんでいたおば様連中が、ニヤニヤしながら見ているではないか。

「若いっていいわねぇ」

「私もそんな時代があったわー」

 そんなおば様達から聞こえてくる言葉が華のしゆうしんを刺激してくる。

 これ以上ここにいては心臓に悪いと湯から足を上げてタオルでこうとすると、タオルを奪った朔が華の足を丁寧にぬぐい始めた。

 これには華は大いに慌てた。

「ちょっと、朔!」

 向かいのおば様達が「あらあらあら」と微笑ましい表情で盛り上がっているのが、余計に居たたまれない。

 華の動揺もなんのその。タオルを奪い返そうとする華を軽くいなして綺麗に水滴を拭いてから、朔は自分の足も同じように拭った。

 恥ずかしさでいっぱいの華は無言で靴下と靴を履き、足早に足湯から離れた。

「おい、華。待て」

「待ちません!」

 朔には羞恥心というものがないのかと、華はお冠だ。

 しかし、朔の顔には申し訳なさはまったく浮かんでおらず、逆にとても機嫌が良さそうにしている。

 その顔がなおさらムカついて仕方ない。

「なんで笑ってるのよ」

「くくくっ。華といると本当に飽きないな」

「意味分かんないし」

「俺が分かっているから問題ない」

 以前に朔が笑わないと言っていたのは椿だったろうか。

 ろう人形のように表情筋が死んでいるようなことを言っていたが、今の表情豊かな朔を見ていたらとてもじゃないが信じられない。

 だが、笑わない朔よりは、笑っている朔の方がずっと魅力的だと思う。決して口には出さないけれど。

 再び朔の方から手をつないできたが、華は嫌がったりはしなかった。

 そのままぶらぶらと温泉街を歩いていると、ふとまがたまを売っている店が目に入って足を止める。

 パワーストーンとも書かれており、そこにはいろいろな石で作られた勾玉が置いてあった。

「欲しいのか?」

「うーん、そうだなぁ……」

 石の名前と共に意味と効果も書かれている説明を読みながら気になったのは、白いのうの勾玉。

 石の意味と効果の内容を確認して華はニヤリと笑う。

「すごくあくどい顔になってるぞ」

 すかさず朔がツッコむが、華の表情は変わらない。

 いや、むしろ笑みが深くなったように見える。

「朔、この白瑪瑙の勾玉買ってあげる。私からのプレゼントってことで、漆黒のペンダントと一緒につけてよ。愛妻からのプレゼントなんだからうれしいでしょう?」

 ニコニコと笑みを浮かべる華の言葉をみにする朔ではなく、疑いのまなしが向けられる。

「それはいいが、なにをたくらんでる」

「失礼な。別荘をくれた朔へのお礼よ」

 すると、華は白い瑪瑙の勾玉を一つではなく二つレジへ持って行った。

「んふふふ~」

 なんとも機嫌のよい様子で、買ったうちの一つを朔に渡す。

「ほらほら、つけてみて」

「ああ」

 何故二つなのか疑問に思いながらも、朔は術者の証明代わりである漆黒のペンダントトップが通ったチェーンに勾玉を通した。

 小ぶりな勾玉は邪魔になることなく漆黒のあかしと共に朔の首元を飾る。

「もう一つはどうするんだ?」

「いざという時の保険に取っとくの~」

 疑問は解消されないままだったが、華の機嫌がよさそうなので朔はそれ以上追及することをやめた。

 その後も温泉街を歩きながらたくさんのお土産を買って意気揚々と別荘に戻ると、張り付いた椿を引きずりながら葵が半泣きで帰りを待っていた。

「俺を置いてどこに行ってたんだよぉ」

「今日一日ダーリンといられて、椿幸せ~」

「早くこいつを引き離してくれぇぇ」

 なんとも情けない声で助けを求める葵。

 まさかあの後も追いかけっこを続けているとは思わなかった華と朔は、顔を見合わせて深いためいきを吐いたのだった。

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