一章⑤
「終わった?」
「ああ」
「じゃあ、早く行こう!」
待ってましたとばかりにソファーから飛びあがるように立った華は、機嫌よく部屋を出ていく。
「よほど退屈だったんだな」
やれやれと困った子を見るような優しさを含んだ
「葵達はどうしようか? 声かける?」
「ほっとけ。今頃楽しく鬼ごっこをして遊んでるんだろうからな」
椿にとって楽しいのは間違いないが、葵にとっては真逆な感想だろう。
しかし、観光客という人目のある中に騒がしい二人を連れていっても面倒を起こしかねないので、ここは葵を放置するという選択肢を取ることにした。
使用人に車を出してもらい、華と朔、そしてあずはは共に町に出る。
高台の上の方にある別荘から車で五分から十分ぐらいだろうか。
この日は休日とあって大勢の人が歩いている。お店も大盛況なようで、行列ができている店もたくさんあるようだ。
「こんな
「そうだろ。少しは気に入ったか?」
「
「それさえなんとかできる実力があれば最高な別荘だろ。華には嵐がいるし、戦力は十分なはずだ。ただ、こんな人が多く集まる場所が近いだけに、
「めんどーい」
華に与えられた以上、今後は華が注意しなければならない。
観光客が多く集まる温泉街なんてものがあるので、妖魔が溢れて何かあったら華の責任になってくる。
まったく面倒なものを押し付けられてしまった。
「掃除は半年に一度ぐらいでいい。今回は当主の交代や犬神の一件で忙しくて様子を見にこられなかったせいで相当数の妖魔が集まっていたが、普段はあんなに多くない。来る頻度を上げれば、華の実力ならさほど重労働でもないだろう」
「そうなんだ。それならなんとかなるかも」
なにせ妖魔の問題がなければ素晴らしい物件であるのは否定できない。
普段から力が強い故に妖魔から狙われている華にとったら、妖魔退治はそれほど難しい作業でもないのだ。
ただ、今回は量が半端でなく多かったので文句を垂れ流しているだけ。
多少であるなら嵐を式神に持った華ならばなんてことはない。
そう考えると、海が見えて近くに温泉街もあるあの別荘はいいもらい物だったのかもしれない。
というか、もうそう思うように自分に言い聞かせることにした。
『あるじ様、早く見て回ろう』
華の髪に飾りのように止まっているあずはが催促をする。
あずはは遠出をしたことがないので密かにテンションが上がっているのかもしれない。
「そうね。行こうか」
歩き出すと朔がすかさず華の手を握ったために動揺する。
「朔っ!」
「迷子になりたくないだろう? それに、この方がデートっぽいしな」
自信に満ち溢れた強気な笑みを浮かべる朔の手を振り払うことができず、わずかに頰を赤らめた華は、離されないように軽く手を握り返した。
温泉街では定番的な温泉卵を買い、熱々の温泉まんじゅうにかぶりつき、
「おい、食ってばっかりだな」
さすがに朔も
「だって
「夜ご飯食べられなくなるぞ」
まるで母親が子供にするような注意をする朔の言葉も右から左に聞き流し、次は視界に入ってきた足湯に興味を
「ほら、朔。足湯があるよ」
朔の手を引いてずんずん向かう華に、朔はやれやれといった表情をしつつも、その目はとても温かいものだった。
目の前で売っていた瓶に入ったサイダーを購入してから、靴と靴下を脱いで足湯につかる。
「朔もおいでよ」
なにやら
「あー、気持ちいい~」
そう言いながらサイダーをラッパ飲みする様は、うら若き女子高生とは思えない。
「ぷはぁ。最高ですな、これは」
「どこぞの親父みたいだぞ」
「いいじゃないのよ、せっかくなんだから。温泉なんて初めてだし。別荘にも温泉湧いてないの?」
「ちゃんと引いてきている。源泉かけ流しだ」
源泉かけ流しとはなんと心惹かれる響きだろうか。
「やった。帰ったら入ろっと」
「なんなら俺が背中を流してやるぞ」
ニヤリと口角を上げる朔を、華は半眼で
「このエロ親父」
「夫婦だ。遠慮するな」
「するに決まってんでしょうが!」
「まあ、キスも俺が初めての華に、一緒の
カッと顔を赤くする華は、朔に向けて手に集めた力を投げつけた。
それは朔に当たると霧散したが、朔は非常に慌てた表情になる。
「危なっ! お前、こんなところでなにするんだ」
力の塊は術者ではない一般人に見られることはないが、過去にはそれで朔の弟である
力の強い朔だからこそ相殺されたが、一般人には危険である。しかし、そんなことは華もよく分かっての行動だ。
「朔が悪いんでしょうが! ちゃんと手加減したもの」
実際に朔にはデコピンされたより弱い衝撃しか与えられなかっただろう。
「その程度で照れてどうする。世の夫婦はもっとすごいことするんだぞ」
真剣な顔でなんてことを言うのか、この男は。
「その前に離婚してやるー!」
その時になって、朔は華の反応をただ楽しんでいるだけなのだと分かった。
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