一章④

にぎやかだなぁ」

 一瀬の家にいた頃とはずいぶんと違っている。

 葵と雅も人の目を気にせず普通に姿を見せているし、華には生き生きしているように見えた。

 失敗したかと思った朔との契約結婚だが、隠れるように過ごしていた葵と雅にとったらいい決断だったのかもしれない。

 ベンチでのんびりしていると、朔が華を呼びにやって来た。

「華、中の準備も終わったようだ。妖魔の姿もないからもう中に入っていいぞ」

 華を巻き込んでおきながら米粒ほども申し訳なさを感じていない朔に、華はじとっとした目を向ける。

「この詐欺師め」

 言いたいことはたくさんあったが、怒りを突き抜けて逆にとうの言葉もうまく出てこない。

 代わりに精一杯の怒りを視線で訴える。

「人聞きの悪いことを言うな。ちゃんと海の見える別荘だろうが。噓は言ってない」

「妖魔のまり場って知ってたらもらわなかったわよ!」

 くわっと目をいて怒鳴る華だが、朔にはじんも効いていない。

「言ったら嫌がるだろうが」

「当たり前だ、馬鹿やろー!」

 どこの世界に妖魔付きの事故物件を欲しがる人間がいるのか。

「逆に朔なら欲しがるの!?」

「俺もいらんな」

 朔があっけらかんと言ってのけるので、華は怒鳴るのも疲れてきた。

 華は深いためいきを吐いて自分を落ち着かせると、ベンチから身を起こす。

「中に入っていいって?」

「ああ。昼食の用意ができたようだから食べに行くぞ」

「はいはい」

 やれやれという様子で立ちあがった華は、朔について建物の中に入る。

 洋館はただの別荘とは思えないほど豪華な内装で、落ち着いた雰囲気の純和風な一ノ宮の屋敷と違い、置いてある家具や調度品もとても華やかで明るい印象がある。

 華に与えるほどなので、ほとんど使っていない別荘なのかと思いきや、古びた様子もなく手入れも行き届いているように見えた。

「今日は天気がいいからテラスに用意させた」

 昼食が用意された広々としたテラスからは、海がパノラマで見える。

「うわぁ、れいな景色」

「そうだろ? 立地だけは最高なんだがな」

 朔の言わんとしていることは華にもすぐに伝わった。

 妖魔という問題さえなければ好物件なのは間違いない。

 まあ、その妖魔がすべてを台なしにしていると言っていいだろう。

「妖魔さえいなきゃね」

「そうだが、華ならなんとかできるだろ」

「できるっちゃできるけど、年老いてまで管理できないわよ?」

「その時はまた一ノ宮が引き取る。だから今のうちは華が管理してくれ。他に任せられそうなのがいないんだ。俺は当主の仕事もしなきゃいけないから、こちらまで手が回らないこともある」

 朔の真剣な表情を見るに、切実な問題のようだ。

 そりゃあ、華と朔に加え式神総出で動き回って午前中がつぶれてしまったのだ。これまでは朔が忙しい仕事の合間に一日かけて行っていたというので、結構な手間となっていたのだろう。

「しゃーない。時々私が掃除しといてあげるわよ」

 術者の仕事に一ノ宮の当主としての仕事を兼任する朔のために、今回は華が折れることにした。

「助かる」

 柔らかく笑った朔に、華も自然と笑みが浮かぶ。

「言っとくけど、今度だまし討ちみたいなことしたら即離婚するから」

「安心しろ。離婚を言い出しても俺の権力で握り潰してやる」

「そこは素直に離婚してよ!」

「嫌だ」

 なんとわがままな俺様なのだろうか。

 しかし、そんな朔を受け入れつつあるのを華は感じているから厄介だ。


    ***


 妖魔の掃除も終わり、華はせっかく手に入れた別荘をたんのうすべく洋館の中をうろうろとする。

 といっても、ひと通り見てしまえば後はやることがなく、手持ちになってしまう。

 洋館は物珍しくはあるが、豪邸で言えば一ノ宮の屋敷の方がレベルが高いので、一ノ宮の屋敷を見慣れてしまった華が新鮮味を感じられたのは最初の一時間だけだった。

 退屈になってきた華は朔のいる部屋に向かった。

「ねえねえ、朔」

「なんだ?」

 朔はこんな時でも仕事らしく、ノートパソコンのキーボードをたたいている。

「暇だ~。どっかに面白いものないの?」

「お前なぁ」

 パソコンの画面から顔を上げた朔は呆れたような視線を向けてくる。

「別荘だと大喜びしてたんじゃないのか?」

「そうだけど、よくよく考えるとやることなくてつまんない。ここテレビもないし、スマホは圏外だし」

「仕方ないだろ。妖魔を外に出さないようにこの別荘周辺に強力な結界を張ってるせいで電波が通らないんだ。テレビもラジオも妖魔の影響か、雑音が入るからそもそも置いてない」

「朔が今持ってるパソコンは?」

「仕事に必要な書類を作ってるだけだ。ネットにはつながってない」

 とんだ不良物件である。楽しみがほとんどないとはこれいかに。

 華がスマホ依存症だったら叫んでいるところだ。

 あいにくと悟りを開いた老人でもないので、娯楽がないのはかなりの苦痛である。

「この辺りに遊ぶとこないの?」

「あるぞ。ここいらは温泉も湧くから、近くに観光客が集まる温泉街があって、店もたくさんあるはずだ」

「それを早く言ってよ。出かけてきていい?」

「ちょっと待て。もうすぐ一段落するから一緒に行く」

「忙しいんじゃないの?」

 せわしなく動く手を見ていると、遊んでいる暇があるようには思えない。

「問題ない。本当は掃除に今日一日かかるつもりで予定を空けていたからな」

 よくそんな物件を渡してきたなと、華は半眼になる。

 朔は術者の中で最も上のランク、五色の漆黒を持つ術者だ。

 そんな朔が一日かかるとは、普通で考えたらとんでもない案件である。

 それをコンビニでアイスをおごるような軽さで与えるのだから、これを華の力を認めてくれている信頼ゆえと取るべきか正直迷う。

「すぐ終わるから待ってろ」

 ごうがんそんにそう言うと、朔は再びパソコンの画面に視線を落とした。

 仕方なく華は近くのソファーに座り、あずはと戯れながら大人しく待つ。

 ここに葵がいないのは椿と洋館の中で盛大な追いかけっこをしているからだ。

 あの二人は力の強さがきつこうしているために、葵も椿から簡単に逃げられずに苦労している様子。

 もういっそ受け入れた方が楽ではないのかと思うが、葵は椿をかなり苦手としていて、椿の想いが葵に通じることは当分なさそうだ。

 葵が折れるのが先か、椿に新しいダーリンができるのが先か、二人の動向をひそかに楽しんでいるのは葵には内緒である。

 葵の他に姿の見えない雅と嵐は一緒に散歩に出かけていった。庭でのんびり日向ひなたぼっこしてくるらしい。

 新入りの嵐は他の式神とも仲良くやっているようで、華もひと安心する。

 同じ式神でも、本物の神である嵐はプライドが強く出てしまわないか心配していたものの、先輩である他の式神をそれとなく立ててくれるので、うまくいっているのだろう。

 どこぞの偉そうな当主様に嵐の爪のあかせんじて飲ませたいものだ。そうすればもう少し謙虚さを得られるかもしれないのに。

 そうこうしていると、ノートパソコンをパタンと閉じた音が聞こえてきたので朔に視線を向ける。

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