一章③

「ほら、行くぞ」

 さっさと先に行ってしまう朔を慌てて追う華と式神達。

 世話係として来ただろう数人の使用人は何故かついてこない。

「ねえ、朔。あの人達は?」

「掃除が終わったら入ってくる」

「えっ、普通掃除ならあの人達がするもんじゃないの?」

 彼らは一ノ宮に仕える人達で朔は当主なのに、主人に掃除をさせるなんて逆ではないのか。

 そんな華の疑問はすぐに解消する。

 門から五分ほど歩くととても綺麗な洋館が見えてきた。

 華と式神達で使うには大きすぎるほどに立派な建物。

 庭も広く、ゴルフの打ちっぱなしでもできそうなほどだ。

 あまりにも華の想像を超える立派な別荘に、さすが一ノ宮が所有していただけあると感嘆したところで、そんなことよりも気になるものがあちらこちらをうろうろしていた。

 庭の美しい景観を台なしにしてしまっている、よう、妖魔、妖魔の集団。

「なんじゃこりゃあぁぁぁぁ!」

 思わず絶叫してしまった華を誰が責められようか。

「朔ぅぅぅ! なによこれ!?」

 華は怒りを含んで詰め寄るが、朔はしれっと答える。

「見ての通り妖魔だ」

「妖魔だ。じゃないでしょうが! なんでこんなにいるのよ」

「ああ。ここの別荘はな、様々な問題で普段から妖魔のまり場になっているんだよ。定期的に掃除してやらんといかん」

「掃除……」

 朔の言っていた掃除の意味を理解する。

 連れてきた使用人達が一緒についてこなかった理由も。

 そりゃあ当然だ。使用人は術者の家系に生まれた者がほとんどだが、うじゃうじゃいる妖魔を倒せる実力があるなら使用人なんてせずに術者として生きている。

「無駄に多い上に強めの妖魔が集まっているから、下手な術者には任せられなくてな。これまで俺が時々来て掃除していたんだが、お前が報酬を欲しがったからちょうどよかったよ」

「チェンジ! チェンジを要求します! 他の別荘がいい!」

あきらめろ。もう手続きが済んでお前のものだ。だから自分のものはちゃんと管理しろよ」

「だ、騙された……」

 華はその場にひざをついて肩を落とす。

 自分の別荘だと喜んでいただけに、ショックが激しい。

 これはすぐには立ち直れないほどの衝撃だ。白いクロップドパンツが砂で汚れているのも気にならない。

 なのに、傷心の華を朔も妖魔も放っておいてくれなかった。

「ほら、来るぞ、華」

 朔はこれからひと仕事を始めようと気合いを入れるようにそでをまくり、自分の式神を呼び出す。

「椿、来い」

「はーい」

 白い髪のツインテールにケモミミでフリフリのメイド服を着た人型の式神は、朔の式神の椿。

 椿は現れるや葵に目をつける。

「やーん、ダーリンがいる~」

「ひっ!」

 まるで狩人かりゆうどの目つきで見るものだから、葵がおびえている。

 以前は朔の愛人を自称していた椿だが、葵にひとれして、今は葵以外目に入らない様子だ。

 今にも葵に飛びかかっていきそうな椿の頭を朔がわしづかみにする。

「ダーリンは後にしろ。掃除が終わったらいくらでもデートしてきていい」

「やったー! 椿、頑張る~。待っててね、ダーリン」

 語尾にハートマークがつきそうな声色で葵に投げキッスをすると、椿は妖魔の集団の中に突撃していった。

 投げキッスをされた葵の方は顔色を悪くしている。

「やだよ、主。俺、あいつ苦手だ……」

 葵は華に助けを求めるようなまなしを向けるが、助けてほしいのは華の方だと、葵をおもんぱかれる状況ではない。

「ひどい、あんまりだ。楽しみにしてたのに。そのために事件解決も頑張ったのに、その見返りがこれなんて……」

 半泣きの華は、今まさに襲いかかってこようとした妖魔をギッとにらみつけると、八つ当たりするように叫んだ。

「私の別荘を返せー!!」

 展開展開展開! と連呼して妖魔を次々に結界の中に閉じ込めると、「滅ぅぅぅ!」とたけびを上げるように絶叫して近くにいた妖魔を一気に退治する。

「葵、雅、あずは! 人んに勝手に入り込んでる不法侵入者を一掃しちゃって」

『私も手伝おうか?』

「お願いね。嵐がいるなら百人力よ」

『うむ』

 嵐はたくさんの妖魔に気負うこともなく、群れの中に走っていった。その後を葵がついていく。

「嵐、どっちがたくさん狩れるか勝負しようぜ」

『よかろう。負けぬぞ』

「俺だって」

 仲良く行ってしまった嵐と葵の背を見送り、華はやさぐれたように鼻を鳴らす。

「ふん、やってやろうじゃないのよ」

あるじ様、やけくそになっていらっしゃいますね」

 雅が困ったような顔をするが、これでやけくそにならずにいられようか。

「朔のボケェェ! 覚えてなさいよ!」

 この、内に湧き起こる怒りをどうしてくれようか。

 とりあえずはいらちをぶつけるべく妖魔に突進していくことにした華により、妖魔は次々と滅せられていった。


    ***


 その様子をはた目に見ていた朔はひどく感心している。

「やはりあいつにここを任せたのは正解だったな」

 怒り爆発の華により、面白いほど簡単に妖魔が倒されていく。

 この別荘は一ノ宮の所有であるために代々一ノ宮が管理をしていた。

 しかし、ここの妖魔はそこらにふらりと現れる妖魔と違って力が強く、退治するためには複数人の力の強い術者を動かす必要があった。

 けれど、定期的に複数人の術者を拘束するわけにもいかず、これまでは朔が一人で掃除をしていたのだ。

 けれど華の実力なら十分に倒せるだろうと、別荘の話を出した時にすぐここを思いついた。

 いつもは一日がかりの大仕事だったが、華には犬神である嵐もいるので、ものすごい速さで妖魔が消えていっている。

 その様子を見ていて、朔は肩の荷が下りたように感じていた。

 朔も当主となり以前より時間を思うように取れなくなったので、この別荘を華に任せられるのは大いに助かるのだ。


    ***


 庭の掃除はなんとか午前中で終わった。

 知らせを聞いた使用人達が続々と入ってくる中、華は庭にあったベンチに倒れ込んでいる。

「疲れた……」

 イライラをぶつけるために、無駄に動いたせいでグロッキー状態だ。

 もう一歩も歩きたくない。

 一方で、術者の霊力でできているために疲れというものを知らない、葵達式神は元気いっぱいだ。

「あーあ、嵐に負けたぁ」

『葵もなかなかだったぞ』

 ようを倒した数で競っていた葵と嵐。

 そこにやって来た椿が葵に抱きつく。

「ダーリン~。お疲れ様ぁ。お礼にデートしてあげるぅ」

「ぎゃぁぁ! いらねえよ!」

「照れなくてもいいんだよ~」

「照れてねえ! 離れろー」

「や~だ~」

 ずいぶんと騒がしい葵と椿を、華はベンチに横になりながらあきれたように見ている。

 華をひざまくらしている雅はニコニコと見ているだけ。

 あずはは庭に咲いているたくさんの花の周りを楽しそうに飛び回っていた。

 なんとも自由な式神達である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る