二章④


 初めて訪れたいちみやの本家は、純和風の豪邸だった。

 はなの家も離れがあるぐらいなのでそれなりに敷地も広く、豪邸と言っても差し障りのないお屋敷だったが、本家はそれを軽く超える。

 車で本家に到着しても、さらに門から玄関まで車を走らせなければならないほど広い。

 さすが旧五大財閥でもある一ノ宮家。スケールが違う。

 やっとたどり着いた玄関前には、いちのような分家や関係者達の車が停められていた。

 華達も玄関の前で降りると、運転手は駐車スペースへと車を移動しに行った。

 華はその本家の豪華さに圧倒される。

「ようこそおいでくださいました、一瀬の皆様。ご案内いたします」

 本家の使用人だろう人物に案内されて中へ。

 興味津々にきょろきょろしていると、づきひじでつつかれる。

「恥ずかしいでしょう。きょろきょろしないでよ」

 お上りさんのように見えたのか、葉月が顔をしかめてたしなめる。

 けれど、華に反省の色はない。むしろ開き直る。

「だってすごくない? こんな豪邸初めて見た」

「それはそうだけど……」

「もう来られないかもしれないんだから、ちゃんと見とかないと損だよ」

「確かに……」

 と、納得しそうになったところで、葉月ははっと我に返る。

「いえ、やっぱり駄目でしょう。一瀬の人間としてぜんとしていないと」

「なら葉月はおすまし顔でいたらいいじゃない。私はたんのうするから。でも、お父さんとお母さんはまだしも、お兄ちゃんは驚いてないみたい」

「そりゃそうよ。お兄ちゃんは術者として普段から本家に出入りしてるんだもの」

「そうなの?」

「そうなのって、知らないの? お兄ちゃんが普段どこでなにしてるか」

「全然」

 特に興味もなかったので、あえてに聞くこともなかった。

 すると、葉月は呆れたような顔をする。

「なんで知らないのよ。妹でしょう!?」

「だって、お兄ちゃんと会話することなんて皆無だもん。葉月とだって……」

 そう、葉月ともこんなに話をしたのは数年ぶりのことだった。

 それなのに、なんの違和感も覚えずぽんぽん言葉を交わせるのは、やはり双子という特別な繋がりがそうさせるのだろうか。

 葉月も、華の言わんとしていることを察したのか、気まずい表情を浮かべる。

 それを誤魔化すように葉月は早口で話し出した。

「お兄ちゃんは、術者最年少で四色の色を得たのよ。五色の漆黒を手にするのももうすぐって言われてるぐらいなんだから」

 術者協会に属する術者はランクで分けられている。

 下から、一色、二色、三色、四色、五色。

 それぞれ、白、金、紅、瑠璃、漆黒の色で表される。

 協会から支給される術者の証明書であるペンダントトップは、それぞれの色をしており、その者のランクが分かるようになっている。

 さすがにやなぎが術者をしているのは知っているが、滅多に顔を合わせない柳のペンダントを見たことはなく、現在どのランクにいるのかすら知らなかった。

「へぇ~」

 葉月から説明されても、すごいなとは思うが、それ以上でもそれ以下でもない。

 それだけ、華にとっては他人事ひとごとだった。

 年に数えるほどしか顔を合わせない兄のことだ。どうでもよさそうな反応になるのは仕方のないことだった。

 そんな薄い反応が葉月は許せなかったのか、目を吊り上げる。

「なにその反応!? 凄いことなのよ!」

「凄いとは思うけど……」

「華はいつもそう。自分は関係ありませんみたいな態度で無関心なのよ!」

 確かに無関心と言われても無理もないほどに、家族と関わらない。

 けれど、それは華がそうしたかったわけではなく、先に家族が華への関心をなくしたのだ。

 だから華はそれにならっただけで、こんなふうに葉月に責められる覚えはない。

 言い返そうかと口を開こうとした時、父親の声が間に入る。

「なにを騒いでいるんだ! 本家では礼儀正しくしていなさい」

 葉月は一瞬、華をにらみ付けてから父親の後についていった。

 華もそれに従ったが、それ以降二人の間に会話はなくなった。


 大広間に通されると、すでに多くの関係者が座っていた。

 ちらほらと華と同じ年頃の若い女性が、見るからに気合いの入った姿で座っている。

 彼女達はきっと当主の妻の座を狙っているのだろう。

 あまりにも華やかすぎて、これでは地味な華が逆に目立つ。

 華達一瀬家の面々は分家の中でも下座の方に通される。

 そこから一瀬家が分家の中でも影響力が下であることがうかがえた。

 数代前は上位に位置していたらしいのだが、最近では強い術者が生まれなかったためか、それまであった発言力を失いつつあった。

 だからこそ、本家並みの力を持つ葉月への期待が一身に集まるのだ。

 両親は葉月を使って分家内での発言力を取り戻そうとしている。

 分家内での順位など華にとったらどうでもいい。

 父親も不必要なプライドなど捨ててしまえばいいのだが、術者としては優秀とは言えない父親は身の丈に合わない権力に固執している。

 それに巻き込まれる子供の方がいい迷惑というもの。

 華がなんとしても力を隠しておこうとするのも、父親の無駄な権力欲の道具に使われたくないからだ。

 空いていた席が次々と埋まりしばらくすると、華の母と同じ年代の女性が入ってきた。

 その後から、華と同じ年齢ぐらいの男の子が続くと、ざわついていた広間は一気に静まりかえる。

 そして、とうとう当主が姿を現す。

「一ノ宮家ご当主、一ノ宮さく様のおなりです」

 その声と共にふすまが開かれ、一人の男性が入ってきた。

 一斉に周りが頭を下げたので、華も倣って頭を下げる。

「皆、面を上げよ」

 すっと通った低い声が耳に入ってくる。

 当主の声に皆が顔を上げる。

 華も周囲の様子を窺いながら顔を上げたが、分家の中でも下座に座る華には当主の顔までは分からなかった。

 けれど、声は予想よりずっと若い。

 当主に就くというのだから、それなりに年がいっているのかと思ったが、よくよく考えれば若い女性を花嫁候補にと呼ぶぐらいだ。

 年齢はそう離れていないのだろう。

「この度、一ノ宮の当主を襲名した一ノ宮朔だ。これより結界師として柱石のまもりを引き継ぐ。皆、これよりよろしく頼む」

「誠心誠意お仕えいたします」

 当主の言葉に対して、誰かがそう告げると、再び広間にいたすべての者が当主に頭を下げた。

 結界師とは、柱石に結界を張っている五つの家の当主のみが名乗ることを許される名称。

 その名はとても重く、大きな責任が含まれていた。

 けれど華には無関係な遠い世界のこと。この時はそう思っていたのだ。


       ***


 襲名披露式とは言っても特別ななにかをするわけではなく、分家の者達を前に当主になったことを報告するだけのようだ。

 その後には大勢での食事会。

 華の前にぜんが運ばれてくる。

 それを黙々と食べていた華はちらりと視線を上座へと移す。

 食事会になると、なぜか分家の地位に関係なく若い女性達が上座近くへと座らされたのだ。

 花嫁探しも兼ねているというのは冗談ではなかったようだ。

 だが前に出されたおかげで、ようやく華は一ノ宮朔という人物を目にすることができた。

 黒い髪に意志の強さを感じる漆黒のひとみ

 すっと鼻筋の通ったようぼうは整っていて、周りにいる女子達が浮き足立っているのが分かる。

 別にこんな集団お見合いのようなことをしなくともすぐに見つけられそうなのだが、よほど理想が高いか、本人に問題でもあるのかもしれないと、華は密かに思う。

 一人が勇気を出してお酌に向かうと、負けてなるものかとわらわらと女性達が当主を囲んでしまった。

「朔様、音楽はお好きですか? 私は琴をたしなんでおりますの」

「私は舞が得意なのです。ぜひご覧になっていただきたいものですわ」

 女性達の積極的なことといったらない。

 肉食獣も真っ青の肉食っぷりだ。

 葉月は大丈夫かとその姿を探せば、出遅れたようで輪の端の方でどうしようかと焦りをにじませている。

 すると、これまでどんな秋波を送られようとも無言を貫いていた当主がようやく口を開いた。

「この中に人型の式神を持つ者がいるというが、誰だ?」

 女性達が顔を見合わせて困惑する中、葉月が当主の前に座った。

「わ、私でございます」

 少し緊張しているのが見て取れる。

「お前は?」

「一瀬の娘、葉月と申します」

 ここがアタックのチャンスとでも思ったのだろう。

 計算され尽くした、人を引きつける笑顔を当主に向けた。

 そこらの男なら簡単に落とせるかもしれない会心の笑みを前にしても、当主は顔色一つ変えなかった。

 そのことに華は心の中で感心したものだが、葉月は思うような反応が返ってこずに焦ったことだろう。

 どうやら当主が気になったのは葉月自身ではなく式神のことのようで、「ここで見せてみろ」と葉月に命じた。

「か、かしこまりました! ひいらぎ

 葉月が自分の式神である柊の名を呼ぶと、どこからともなく少年の姿をした式神が現れる。

 葉月が作り出した時から変わらぬその姿。

 最初は同じ年頃だったというのに、あんなに小さな子供だっただろうかと、久しぶりに見た柊の姿に華は少し驚く。

「こちらが私の式神の柊でございます」

 当主は柊のことを上から下にと視線を移して目を細めて見ると、あっさりとした言葉を返す。

「そうか、もういい。消せ」

「えっ? は、はい」

 一体なにがしたかったか分からない葉月は、困惑したまま柊に姿を消すよう命じた。

 そのやりとりを横目で見ていた華は、なにやら偉そうな男だなと思いつつ、自分には関係ないかと、当主に群がる女性達をよそに料理に舌鼓を打った。

 そんな華を見つめる当主の視線には気付かぬままに。


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❀この続きは『結界師の一輪華』(角川文庫刊)でお楽しみください。

3巻まで好評発売中&4巻 2024年2月22日頃発売予定です!



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