二章③


       ***


 とある日。

 学校から帰ったはなは離れの家でおかきを片手に何気なくテレビを見ていた。

 テレビの中から聞こえてくる不穏なニュースに華は顔をしかめる。

「犬の大量虐殺だって。たしか数日前にも似たように犬が殺されてたってニュースやってたよね。あんなかわいい生き物を手にかけるなんて、世の中には血も涙もない奴がいるわね。地獄に落ちろ」

「本当ですね。それに、場所はここからそう遠くありませんね」

 華のためにれてきた緑茶の入った湯飲みを置きながら、みやびもニュースを聞いていたようで、わずかに顔を険しくさせた。

あるじ、一応気を付けてくれよ」

 こういう恨みを持った魂は、ようへと変わることが多々あるのだ。

 この辺りということは、そんな人間への恨みを持った妖魔が近くで新たに生まれた可能性がある。

 遭遇する可能性があるために、あおいは心配をしていた。

 けれど、華にとっては余計な心配でもあった。

「気を付けるもなにも、その前に始終くっついてる葵がやっつけちゃうでしょ」

「当然!」

 なにか問題でも? と言いたげな顔で葵は即答する。

「別にいいんだけどね、それは。けど、人目があるところではやめてね」

「分かってる」

「本当に分かってるのやら……」

 ごく最近も学校からの帰り道で妖魔と遭遇した時、華が止める間もなく葵が瞬殺してしまった。

 いちみやが護る柱石のあるこの地域では、それを狙って自然と妖魔が集まってくるので、遭遇率も高い。

 しかし、基本は見えざる存在なので見えていない普通の人に手を出したりはしないのだが、妖魔は術者を取り込むことで力を増すことがある。

 それ故に式神を作れるほどの力のあるものは、こくよう学校のような術者養成学校に入り、妖魔への対処方法を習うのだ。

 けれど、正直、妖魔に狙われるほど力を持った術者は少ない。

 柱石を狙った方がより強い力を得られることを妖魔は知っているからだ。

 けれど、隠していても妖魔には華の強さが分かるようで、一人でいる時によくからまれるのである。

 おかげで、Aクラスでもないのに、無駄に実戦経験が豊富だったりする。

 葵と雅を作り出したのも、そんな妖魔を相手にするのにへきえきしていたからだった。

 今のところ葵も雅も、華の望み通りの働きをしてくれていた。

 最近では少し自分でも戦わねば腕が鈍るのではないかと心配になるほどだ。

 けれど、術者から離れ、普通の生活をしていこうとしている華にはいらぬ経験かもしれない。


 しばらく惰性でテレビを見ていると、離れに人の気配がした。

 葵と雅は次の瞬間には姿を消す。

 ここに来るのはや使用人ぐらいだが、どんなに仲がよかろうと、華は葵と雅の存在を教えるつもりはなかったので、誰か来たらすぐに姿を消すように命じていた。

 華の予想通り、姿を見せたのは紗江だった。

 そろそろ夕食の時間かと時計を見てそう思う。

 しかし、いつもは持ってきてくれている料理は手にしておらず、不思議に思う。

 そしてどこか困ったような様子を見せた。

「華様、今晩は母屋にてお食事をお願いします」

「えっ、母屋で?」

「はい。旦那様が一緒にご夕食をと」

 そんなことはこの離れに移ってからは初めてのことで、華は一瞬聞き違いかと思った。

「お父さんが本当に私を呼んでるの?」

「そうでございます。大事なお話があるとか」

 一体どういう風の吹き回しかと思ったが、華をわざわざ呼ぶほどのことでもあったのだろう。

 なんとなく面倒臭いことにならないかと心配しながら母屋へと向かえば、普段は滅多に家に帰ってこない兄のやなぎまでがいた。黒曜学校を卒業した後は術者として働いているようだが詳しいことは知らない。なにせ会話がないのだ。

 最後に話をしたのはいつだろうか。思い出せないほどに会っていない。

 そして、相変わらず無口なようで、入ってきた華をいちべつしただけでふいっと視線をそらした。

 そんな態度も気にせず席に着けばづきが入ってきて、華と同じように柳の存在に驚いている。

 その葉月とすらこんな近くで同じ空間にいるのは久しぶりのことだった。

 誰も言葉を発しない気まずい空気が流れる中、両親が姿を見せ、着席したと同時に食事が運ばれてきた。

 こうして一家で食卓を囲むのは何年ぶりのことだろうか。

 しかし、誰も楽しむ様子はない。

 早く用件を話し出さないかなと父親をうかがいながら食事を進めていく。

 父親が口を開いたのは全員の食事が終わってからのことだった。

「柳は知っているだろうが、この度、いちみやの当主が代替わりなされる」

 これには普段家のことには無関心の華も驚いた。

 隣に座っていた葉月も初耳なようで、華と似たような顔をしている。

「次の当主は長男であられる一ノ宮さく様だ。後日、本家にて朔様の襲名披露式がなされるので、お前達も出席するように」

 当然のように「はい」と頷いて了承する葉月と柳とは違い、華は異論を唱える。

「お父さんの言うお前達の中には私も含まれているんですか?」

「そうだ」

「葉月はいいとしても、私は必要ないかと思いますよ」

 暗に、落ちこぼれなどお呼びではないだろうと告げる。

「駄目だ。今回は分家の年頃の女子は全員参加させるようにとのお達しだ」

「なぜ?」

「朔様は、現在未婚であられる。決まった相手もおられず、今回は花嫁の選別という意味も含まれているのだ」

 華は心の中で、やっぱり面倒臭いやつだ! と、来たことを後悔した。

「まあ、優秀な葉月と違い、お前が朔様の目にとまることなど億が一にもないだろうが、そういうわけで出席は絶対だ。一応お前もこの一瀬の娘なのだからな」

 都合のいい時だけ娘とのたまう。

 だが、父が不本意であることが見て取れ、それはこちらもだと反抗心が生まれてくる。

 ドタキャンするかと、華に悪魔がささやいたが、そんなことをすれば後でうるさいだろうと諦めた。


 そして、当主襲名披露式当日。

 華は紗江に着付けてもらい、薄いピンク色の振り袖をまとっていた。

 髪もれいに結いあげてもらい、飾りを付けて完成だ。

 我ながらかわいくできたと自画自賛して母屋へ行くと、そこには色鮮やかな深紅の振り袖を着て、豪華な髪飾りで髪をセットした葉月の姿があった。

 よく似た双子は互いの姿を見て言葉を失う。

 着物や髪飾りは両親から渡されたものだ。

 本家に行くとあって華の着物も決して悪くはない。

 しかし、葉月の着物の前ではかすんでしまうほどに地味だった。

 いや、逆か。葉月の着物の質がよく華やかなのだ。

 あの両親が葉月と差別するのは今に始まったことではないが、これほど見て分かる差をつけてくるのは初めてだった。

「準備はできたか?」

 そう言って姿を見せた父親は葉月を見て満足そうに微笑んだ。華のことは空気である。

 そして、父親の後ろからやって来た母親も、手放しで葉月を褒めた。

「まあ、綺麗よ、葉月。やっぱりその着物は葉月によく似合っているわ!」

「ありがとう。けど、その……華のとはずいぶん違うのね」

 葉月はチラチラと華を見ながら両親に確認する。

 自分と明らかに違うと感じたのは華だけではなかったようだ。

 葉月は困惑した様子でいる。

 ここで、優越感を覚えるような性格になってしまうほどにはゆがんでいないようで、華は少し安心した。

 しかし、両親は葉月の戸惑いなどなんのその。

「先日も言っただろう。今回は当主の花嫁探しでもあるのだ。お前は優秀な術者であり、親の目から見ても美しい子だ。きっと朔様のお目にもとまるだろう。そのための衣装だ」

「葉月ならきっと選ばれるに違いないわ。頑張って。他家の女達に負けては駄目よ」

「……はい」

 それを輪の外から見ていた華は不快感でいっぱいだ。

 華では、落ちこぼれで当主の目にもとまらないと暗に告げているのはまだいい。

 この親達は、まだ葉月に重圧をかける気でいる。

 始末に負えないのは、そのことに両親が気付いていないことだ。

 華ならいつしゆうするところだが、葉月はまたもや両親の期待に応えんと頷いてしまった。

 なんの茶番だと、華が冷めたまなしを三人に向けていることに誰も気が付いていない。

「お父さん、お母さん、そろそろ時間です」

 紺色の着物を着た柳が呼びに来る。

「おお、そうか。では行くか」

「葉月、ちゃんとご当主に気に入られるようにするのよ。そうすれば、あなたは一ノ宮で当主に次ぐ権力が与えられるのだから」

「はい」

 しっかりと頷いた葉月に満足して、両親は先に行ってしまった。

 両親が期待を寄せるのは葉月だけ。それなら自分は用なしなのではないかと感じて、脱走を試みようかと本気で考えていると、不意に華の髪になにかが触れた。

 反射的に振り返ろうとしたが、「動かないで!」と叱り付けるような葉月の声に華は動きを止める。

 少しの間髪をいじくられたかと思うと、すぐに離れていった。

「もういい?」

「いいわよ」

 ゆっくりと振り返ると、少し不機嫌そうな顔をした葉月と目が合った。

「なにしたの?」

「なんでもないわ」

 そう言って先に行ってしまった。

 疑問符を浮かべる華に、あずはがひらひらと飛んでくる。

『あるじ様の花飾りが増えてる』

「えっ?」

 髪型を崩さないようにそっと触れると、確かに髪飾りの数が増えていた。

 それとは逆に、葉月の後ろ姿から確認できる髪飾りが少なくなっていた。

 なんの気まぐれかは分からない。

 あまりにも華の姿が地味すぎたのが目に付いたのか、葉月は自分の髪飾りを華に譲ってくれたようだ。

 華の中に、なんとも言い表せない感情が湧いてくる。

 葉月は自分が嫌いなのではなかったのだろうか。

 落ちこぼれで、そのくせ口うるさい華のことを厭うているのかと思っていた。

 話をしなくなったのもそのせいだと……。

 違ったのだろうか。

 葉月の気持ちがよく分からない。

 お礼も言い忘れたまま、なんとももんもんとした気持ちで、華は本家へと向かうのだった。

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