二章②

「相変わらず人気者だねぇ、はなちゃんのお姉さん」

 すずは感心するようにつぶやいた。

 明るく人をきつける笑みを浮かべているづきだが、それが偽物だと気付いている華としては、なんとも複雑な気持ちだ。

「ほんとにね……」

 葉月にはこれまでそれとなく苦言を呈してきた。

 親の言いなりになっていることに対し、このままでいいのかと。

 けれど、その度に拒絶され、葉月はいい子ちゃんでいることを選んできた。

 今も、周囲が望む優等生を演じている。

 華にはどう転んでも、葉月のように周囲が望む優等生にはなれない。

 だから、あいきようを振りまく葉月を見て思うのだ。

「今日もご苦労様です」

 華は葉月を見てそう呟いた。

 葉月に忠告しながらも、彼女がいてくれるおかげで両親の関心はすべて葉月に向けられている。

 それは力を隠し続けている華にとってはとても助かることだった。

「そうだ、華ちゃん。この間配られた進路希望の紙になんて書いた?」

 葉月のことなどもう忘れたかのように鈴が問いかけてくる。

「鈴こそなんて書いたの?」

「えへへ、私はね。後衛の術者になりたいの」

 術者の家系に生まれた者はこの黒曜学校を卒業した後、柱石を護る五つの家が作った術者協会に登録し、術者として生きる者が半数以上だ。

 しかし、術者として働くと言っても、協会もこくよう学校のように力によってランク分けがあり、それにより役割分担がされている。

 上位のランクに振り分けられた者はようとの戦いを中心に働く。

 危険は多いが、その分給料はいいのだ。

 鈴が目指している後衛は、支援や補佐、後処理を中心とした比較的安全な部署。

 華と同じようにCクラスにいる鈴では戦いの場に身を置くのは無理だと本人も分かっての選択だろう。

 とはいえ、名字に三の字を持つ鈴は五家の一つ、さんこうろうの分家筋の者であり、式神を持つ立派な術者なので、その進路はかなうはずだ。

 花形である戦いを主とする術者に比べ、後衛の術者は常に人手不足が問題となっているから、なおのこと喜んで迎えられるだろう。

「華ちゃんはどうするの?」

「私は普通に一ノ宮グループのどこかの会社に入って、術者とは関係ない生活を送っていくのが希望かな」

 一ノ宮を始めとした五つの家は、裏から日本をまもると同時に、表の世界でも強い影響力を持っていた。

 昔は五大財閥と言われ、財閥と呼ばれなくなった現在に至っても経済を掌握していると言っても過言ではない。

 そればかりか、政治面でも旧五大財閥の意思が強く反映されているという。

 下っ端の華には真実は分からぬことだが。

 同じく五家の一つ、いちみやの分家の生まれである華は、一ノ宮が表で経営しているグループ企業への就職が第一希望だった。

 術者として生きる気などさらさらない。

 術者の家系に生まれても全員が全員術者の道を選ぶわけではない。

 のように術者としては生きなくとも術者と関わりを持つことを選んだ者もいれば、普通の一般人として生きることを選ぶ者も少なからずいるのだ。

 それは術者としての能力に欠ける者や、現役を引退した者など理由は様々だが、一ノ宮だけではなく他の家でもそんな者達を自社グループで受け入れていた。

 華は一ノ宮の分家なので、一ノ宮系列の企業を受けるつもりだ。

 よほどの問題がなければ、ほぼ確実に就職できるだろう。

 そして、就職と共にあの家を出る。

 反対されるかもしれない。

 術者の家系に生まれながら術者にならないなど恥だ、許さないと言って怒るかも。

 しかし、両親が華に期待しないように、華とて両親にはもうなにも期待していない。

 自分のことは自分で決める。

 たとえ縁を切ることになったとしても、欠片もためらいはなかった。

 しかし、きっと葉月は術者の道へ進むだろう。

 成績も、エリートが集うAクラスでぶっちぎりのトップに立っている。

 葉月が選ばなくとも、協会の方から葉月に打診してくるに違いない。

 それを葉月は受け入れると華は確信している。なんの疑問も違和感もなく、両親や周囲が望む道を歩いていく。

 双子の片割れとしてそれでいいのかと問いたいが、問うたところで葉月は華の言葉になど耳を傾けようともしないだろう。

 もう仲のよかった昔のような関係には戻れない。

 それをどこか寂しいと感じている自分がわずかに残っている。

 昔、愚痴を言い合ったあの頃がひどく懐かしい。


       ***


 放課後、図書室で本を選んでいると聞こえてくる声。

「あれ葉月さんのがららしじゃない?」

「こんな所になにしに来たのかしらね」

「勉強したって意味ないでしょうに。落ちこぼれはなにしたって変わらないのにね」

 クスクスとちようしようする声が華まで届く。

 しかし、そんな嫌みにも華は我関せずを貫き本を選んでいたのだが、ぞわりと漂い出した殺気に、『あっ、やばい』と慌てて人気のない所へ移動した。

 誰もいないことを確認すると、すうっとその場に二人の男女が現れた。

 突然現れた男女に華は驚くよりも困ったような顔をする。

 二十歳前後の男女はなにやらとても不機嫌な様子。

あおいみやび、学校で姿を見せるのは駄目だって前にも言ったでしょう? あんな嫌み今に始まったことじゃないんだから、いちいち反応しないの」

「申し訳ございません」

 しゅんとしおらしくすぐに謝ったのは、雅という美しい女性。長い髪を結い上げており、まるで天女のような服は雅の神々しいまでのはかなくも美しい雰囲気により拍車をかけていた。

 そして傍らの男性の名は葵。

 背が高く、体格もがっちりしており、身長ほどもの大剣を背負っている。

 こちらもまた雅に引けを取らぬ美男子だが、中身はやんちゃ坊主を思わせる勝ち気な性格だ。

 この二人は、力のかくせい後に華が作り出した式神である。

 普段は姿を隠し、力を極限まで抑えて華に付き添っているのだが、先ほどの悪口を聞いて力が抑えきれなくなった気配に気付き、華は慌てて図書室を出てきたのだ。

 華の注意に葵の方は納得がいっていないのか、いまだにムスッとした顔をしている。

「葵?」

「……あるじの言いたいことは分かるが、主を悪く言われて黙ってはいられない」

 この頑固さはどこから来たのか。

 けれど、この二人もここにはいないあずはも、いつも華を最優先に考えてくれる。

 華が作った式神なのだから当然なのかもしれないが、絶対的な味方がいてくれるという事実は華を勇気づけてくれる。

「別に今始まったことじゃないでしょう?」

 そう言えるのも、式神達がいてくれるからなのだが、それは上手く伝わらない。

「それでも嫌だ」

 先ほどまでしおらしくしていた雅も、隣でこくりと頷いている。

 今度こそ華はやれやれというように息を吐いた。

 華のことを最優先に考えてくれるのは嬉しいが、それ故に融通がきかないところがあるのが難点だ。

「私は二人の存在を周囲に教えるつもりはないの。力をちゃんと抑えられないなら、あずはと一緒に家でお留守番よ」

 そう言うと激しいかつとうをしているのが見て取れる。

 けれど、常に一緒にいたいという二人が最後には折れることを華は知っていた。

「う~。分かった……」

 不満を前面に押し出しつつも了承した葵の頭をよしよしと撫でてやる。

 葵の身長が高いので華の手が届かないと分かると葵の方からしゃがんでくれるのだ。

 そんなところがかわいらしい。

 これで解決かと思ったところで、雅が問う。

「ちょっとでも駄目でしょうか? 気付かれないようにしますよ?」

 と、なんとも悲しげに眉を下げて懇願してくる。

 それは同性である華ですらくらりとしてしまう美しさだったが、頷くわけにはいかない。

 二人が顕現しただけで、かなりの力が周囲に漏れる。

 今は気付かれぬように結界を張っているが、二人が力を使うとなると、結界では防ぎきれないかもしれない。

 術者の多いこの学校では勘のいい者は少なくなく、そこからばれれば大騒ぎになってしまう。

 なにせ、人型の式神はめったにいないのだ。

 現在の黒曜学校では、葉月の式神一人だけ。

 それだけに華が貴重な人型を二人も使役しているなどと知られたら、術者の道へまっしぐらだ。

 それだけは絶対に避けたい。

 なので、厳しくこう言うしかなかった。

「駄目です!」

 雅はひどく残念そうに頬に手を添えた。

「そうですか? やってやれないことはないと思うのですが……」

「俺もそう思う」

「駄目ったらだーめ!」

「主様を見下す愚か者どもを締め上げたかったのに、残念です……」

「主が望むならすぐにつぶしてやるのに……」

 二人はブツブツと文句を言いながら姿を消していった。

「やれやれ……」

 華は苦笑しつつも、そんな二人の気持ちが嬉しくもあった。

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