一章①

 柱石を護る一ノ宮の分家の一つであるいち家。その一瀬家の者もまた機密を知ることを許された一握りの者達だ。

 そこでは縁者を呼んでそれは盛大なパーティーが行われていた。

 その日は双子であるはなづきの十五歳の誕生日。

 それが華の転機となった日だった。

 華も葉月の隣に座ってはいたが、両親や招待客が華ではなく双子の姉の葉月の誕生日を祝いに来ていることはちゃんと理解している。

 ちょっとあからさますぎやしないかと思ったが、華も今日で十五歳、幼い頃からこの扱いの差は慣れっこだ。

 家族への見切りをつけたあの日から、華の心はこれ以上ないほどに穏やかだ。

 それでも両親からは葉月との力の差について、ちょくちょく嫌みのような言葉の攻撃を受けるが、殊勝な顔をしつつ内心ではあっかんべーと舌を出してやりすごしていた。

 この数年でかなり性格が悪くなったことを自覚している。

 葉月ともほぼ会話のない状態が続いていた。

 今日とて顔を合わせるのは数日ぶり。

 ましてやこんなに近くに座ることすらいつ以来だろうか。

 少し寂しく思う気持ちと、もう昔とは違うというひどく冷淡な気持ちが混在していた。

 葉月に目を向けると、相変わらずの人気者で、太陽のような明るい笑顔を皆に振りまいていたが、その一方で葉月の残りカスの評価を受ける華は、よくやるなぁと冷めた目で感心しつつジュースを飲んでいた。

 周囲の期待を受ける葉月の評価は華とは正反対で、明るく優秀で人当たりのいい完璧な人。

 そんな葉月に昔は憧れていたが、最近になって分かってきた。

 あれは見せかけだけのものだと。

 双子だからこそ気付いたのかもしれない。

 あの葉月の表情は嘘にあふれていると。

 人に好かれる笑顔。どうすれば人によく見られ、どんな言葉をかければ優秀ないい子と評されるか、葉月は計算して演じている。

 昔はもっと自然な笑顔だったはずなのに……。

 変わってしまったのは華だけではなく葉月もということなのかもしれない。


 さっさとこの葉月のご機嫌伺いのための誕生日パーティーが終わらないかなと思っていた華に、それは唐突に起こった。

 華は自分を透明人間のように扱う周囲を気にすることなく、皿の上のケーキでなんの感動もない誕生日を実感していた。

 特別なにかをしたわけではない。本当にただケーキを食べていただけなのだ。ケーキの前にから揚げを食べ過ぎた気はするが、体調も良好で普段から丈夫だけが取り柄である。

 それなのに急に体が熱を帯びたようにカッと熱くなる。前触れもない突然のことに華の手が止まった。

 内にあった熱が外に放出されていくような感覚の後、まるで卵の殻が剥けるように、パリパリと華の中のなにかががれ落ちていくのを感じた……。


       ***


 柱石を護る五つの術者の家の一つ、一ノ宮。

 その一ノ宮の分家の一瀬家は昔こそ分家内での発言力も強く、一ノ宮の当主からも一目置かれた存在だったが、強い術者が生まれなくなって久しい。

 それに従い分家内での発言力も地位も下がっていった。

 そんな一瀬家には女児の双子がいた。

 その妹である華は、常に優秀な姉の葉月と比べられる毎日だった。

 双子であり、容姿はよく似た二人だが、術者としての能力は天と地ほどの差があるぐらい葉月が突出していたので、華が比べられるのはどうしようもないことであった。

 葉月は本家である一ノ宮の術者に匹敵するほどの能力を早くから開花させており、両親や周囲の期待は自然と高まる。

 特に父親は今の一瀬家の立ち位置に不満を持っており、いつか返り咲いて見せると強い野心を抱いていた。

 それにより葉月へ異常なまでに大きな期待を寄せていったのだ。

 そして、葉月とは違い、いつまでも術者としての能力が低い自分を見ては両親が溜息を吐くことに、華は小さな頃から胸を痛めていた。

 双子なのだから、自分も葉月のようになれると信じて華は必死で勉強した。

 術者としての修行だってした。

 けれど現実は残酷で、華の力が強まることはなく、いつも葉月の添え物、姉の残りカスと言われ続けた。

 葉月はそのようぼうからしても幼いながらに目鼻立ちの整った大人っぽい美しさを持っており、その笑顔は花がぱっと開くようなその場を明るくさせる魅力があった。

 能力も高く、性格も明るく人じしない社交的な葉月が周りから好まれるのは自然の流れであり、常に彼女は人の輪の中心にいた。

 双子なのだから容姿は似ており、華も美しいことは間違いないのだが、葉月と比べられると見劣りしてしまう地味で幼げな顔立ち。

 葉月のふんわりと色素の薄い髪と、華の真っ黒な直毛が与える印象でも違うだろう。

 性格もあまり社交的な方ではなく、目立つのが好きではない。

 だから人々に囲まれている葉月を遠くから見ては、華はまぶしくて近寄りがたく感じていた。

 周囲から比べられることが多い故に、華自身も葉月と自分を比べてしまい、一人勝手に落ち込んでしまう。

 だが姉妹仲は決して悪くはなかったと思っている。小学校低学年ぐらいの年の頃は……。

 葉月へ一心に期待を寄せる両親はおのずと華への関心が低かったが、葉月は落ち込む華をよく慰めてくれていた。

 そんな優しい片割れは華にとっても自慢の姉だったのだ。

 まだこの頃は二人もよく話をしていた。

 学校のことや友人のこと、そしてお互いの不平不満なんかを。

 葉月は、周囲からの期待が嬉しいと同時に大変だとよくもらしていた。

 それは期待されない華からしたらなんとぜいたくな悩みだろうか。

 普通ならこんなにも優遇される葉月になにかしらの負の感情が芽生えそうなものだったが、不思議と姉へのねたみは湧いてこなかった。

 だからこそ、双子は仲よくやれていたのかもしれない。

 だが、決定的な差が生まれてしまう。

 それは十歳の時、初めて式神を作り出す日のこと。

 式神を作り出すことは術者となるための最初の試験と言ってもいい。それができた者が、術者の見習いとして一族に迎え入れられるのだ。

 それ故に術者の家にとって十歳のこの日は特別な日として、大々的に親族を呼んで祝うのだ。

 家の広い庭には地面にぼうせいが描かれ、その周囲にろうそくが灯されている。

 その前で緊張した面持ちでいる華と葉月。そしてそんな二人をたくさんの大人達が眺めている。

 式神とは、術者の力を注ぎ込み生み出す、術者の手足となる存在で自分の分身とも言える。

 術者の能力の高さにより生み出される式神の姿や力の強さも変わってくる。

 強い式神は人の言葉を話し意思疎通を図ることができる。

 華は、味方と言える存在の少ないこの家で、自分の、自分だけの裏切らない友人を得られることをことのほか喜んでいた。

 そして、そんな華が作り出した式神は、ちよう

 虹色の羽を持ったとても美しい蝶だったが、虫は最下位の弱い式神と言われていた。

 華は初めての式神に喜んだものの、最も位の低い弱い式神しか作れなかった華を見て、最後に残っていた一欠片かけらの期待すら失っていく両親の表情が強烈に印象に残った。

 華は今度も両親の期待には応えられなかったのだ。

 落ち込む華の横では、葉月が式神を作り出していた。

 それは式神の中では最高位とされる人型の式神。

 周囲はにわかに沸き立った。

 華や葉月と同じ十歳ぐらいの男の子の姿をした式神であったが、人型の式神を生み出すなどということは、本家の術者でも難しいことなのだ。

 二人には兄のやなぎがいる。彼も将来有望と言われているが、その柳ですら人型の式神を作り出すことはかなわなかった。

 だから両親や兄が葉月のことを褒めたたえることはなんらおかしなことではない。

 けれど……。

 忘れ去られたようにぽつんと取り残された華は寂しげで、そんな華にひらひらと虹色の蝶が寄り添う。

「慰めてくれてるの?」

 葉月の作ったものとは違い言葉も話せない華の式神。

 会話なんてものはできないけれど、この蝶は華を心配してくれているとなんとなく感じた。

「ありがとう。あなたは私の側にいてくれるのね」

 そうだと返事をするように、蝶は華の肩に止まった。

 両親にすら見限られてしまった自分なんかの側にいてくれる。

 それが泣きそうなほど嬉しかった。

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