88歳の魔法

葛鷲つるぎ

第1話

 街灯の瞬く夜の街でパトカーが走り回る音がしていた。

 マンションの一室。女はサイレンの音が遠ざかっていくのを満足げに聞きながら成果物を手に取った。


「イーッヒッヒッヒッ」


 魔女が笑っているような声だった。実際、魔女であったかもしれない。

 女の齢は八十八。

 もう寿命の方が近いだろうに、いまだ警察を振り切るほどの矍鑠とした老婆だった。

 その指は寄る年波には抗えぬものの、その指先に納めている宝石にも劣らない滑らかさがある。


 宝石は盗品であった。

 女は怪盗である。

 そして一定期間を置くと返却しに行くことで有名な、変な怪盗だった。


 ふいに、マンションの一室に子供が二人現れた。双子のようでそっくりな容姿だ。


「来たね」

「来たね」


 双子はほくそ笑む。

 ピンポーン。

 呼び鈴が鳴った。


「こんにちはー!」


 警察が来るのは度々あって、双子は楽しそうに返事をする。八つかそこらの少女のあどけない声だ。


「今日はね、おばあちゃんだけだよ!」

「おばあちゃんなら寝てるよ」

「お父さんとお母さんはいないよ。いっつも遅いもん」

「おばあちゃん! 警察の人が起きてだつて!」


 双子に呼ばれ、老婆は立ち上がる。杖をつき腰がすっかり曲がっている様は、いかにも年寄りだ。

 警察が帰ると、老婆はテレビをつけた。

 またしても宝石が奪われ、てんやわんやに騒いでいる。

 女怪盗はにっこりと笑った。


「イーッヒッヒッヒッ」


 双子がかき消えた。

 女の魔法である。

 ゾロ目の年だけ、八十八歳なら八歳の双子になる、魔法である。


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88歳の魔法 葛鷲つるぎ @aves_kudzu

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