14
雪はチラホラしただけで、翌日は快晴だった。
ライトベージュのコートに、白と赤を基調にしたノルディック柄のマフラーをゆったりと巻いた麗奈は、
やっぱり可愛い……懐空も思わず笑顔を返す。可愛い、と思いながら、ニット帽の先についているファーはウサギの
動物園に向かう電車の中で、麗奈は始終、他愛のない話をし、懐空はときどき
きっと周囲は間違いなく、僕と麗奈を恋人同士だと思うだろう。そうだよ、麗奈は僕の彼女、恋人だ、懐空はそう思った。胸が熱くなるのを感じ、これが幸せってものか、と実感した。
動物園はカップルが多く、さすがはクリスマスイブだ、と懐空を感心させた。ふと気が付くと麗奈が重そうな荷物を持っていて、聞くとお弁当を作ってきたという。早く言えばいいのに、と懐空は弁当の包みを受け取った。
弁当の包みはずっしりと重く、もっと早く気付いてあげればよかったと懐空は思った。
園内を回り、コアラを見、カンガルーを
麗奈が用意したのは、おにぎりと、唐揚げや卵焼きと、ありふれたものばかりだったが、食べやすい物を選んで作って来たんだな、と懐空は思っていた。
保温マグカップに入れたお茶もあって、これじゃあ重いと思ったけれど、コンビニで買ったペットボトルはとっくに冷めきっている。やっぱり麗奈は気が利く。
「懐空の家の卵焼きって、塩味? それとも甘いの?」
「ん? その日の気分で塩だったり砂糖だったり
「お母さん、
「いや、他のオカズとのバランスなんじゃないかな?
「お母さん、お料理上手?」
「どうだろう、たまに失敗したって騒いでる。見ると焦げちゃったりしててね。でも、そんな時以外は、味はいいと思うよ」
「味はいい?」
「うん、見た目は酷いってこともないけど、麗奈が作ってくれるように、見るからに美味しそう、って感じじゃないんだ。たまぁに、手の込んだの作るけど、そんな時以外はね」
「そっかぁ……働いてたらそうなっちゃうかもね」
普段の母が手抜きをしている、と言われた気分がしたが、懐空は口に出さず、顔にも出ないように気を付けた。
確かに手抜きだったんだろう。正社員として働いて、懐空が小学生の高学年になってからは、それまでしなかった残業も結構していた。そんな日は買って来たお惣菜で済ますこともあったが、みそ汁くらいは作ってくれた。
中学生の頃から、洗い物は懐空がしたし、高校生になるころには、ちょっとした料理なら懐空もできるようになっていて、残業が長時間の時や、どうしようもなく疲れた時は、母に頼まれて懐空が夕飯を作ることもあった。懐空が夕飯を作るのはそんな特別な時だけだったから、普段から少しは手抜きしなければ、時間が足りなかったんだと思う。でも、それを麗奈に、他人に指摘されるのは面白くなかった。
幸い麗奈はそんな懐空に気が付かなかったようで、食べたら次はライオンバスに乗ろう、なんて、動物園の案内図を見ながら楽しそうだ。せっかく楽しんでいるのに水を差しちゃいけないと、懐空も笑顔を麗奈に向けていた。
動物園のあとはモノレールで、国営の大きな公園にイルミネーションを見に行った。ここもカップルでいっぱいで、物陰で抱き合ってキスしている姿もちらほら見えた。麗奈と寄り添って、美しいイルミネーションを眺めながら、今日も麗奈は部屋に来いと言うだろうか、と懐空は考えていた。もし誘われたら、今夜は麗奈と一緒にいてもいい、と思い始めていた。
「麗奈、これ……」
イルミネーションで色付く麗奈の顔を見詰めながら、懐空はプレゼントを麗奈に渡した。
「嬉しい……なんだろう? 開けてもいい?」
懐空が頷くと、麗奈は丁寧に包装を
「綺麗……」
と懐空の顔を見上げた。ペンダントはイルミネーションを受けて光り輝いた。ジルコニアがキラキラと
「つけて……」
麗奈がペンダントを箱から出して懐空に渡す。腕を麗奈の後ろに回し、やっとの事で懐空は留め具を止めた。ペンダントの留め具がどうなっているかなんて、この時まで知らなかった。真面目な顔で試行錯誤する懐空の顔に、麗奈は笑いを
「似合うよ……麗奈、とっても
懐空は
「ありがとう……これは懐空に」
麗奈からのプレゼントはマフラーだった。やっぱり
していたマフラーをリュックに仕舞い、貰ったマフラーを首に巻くと、
「こうするの」
と、笑いながら麗奈が巻き直してくれた。フワッと暖かいマフラーは、麗奈の心と同じだと懐空は感じていた。
夕飯は駅前の繁華街で食べようか、と相談しているとき、懐空の携帯が鳴った。
「懐空か? 大変だぞ!」
半ば怒鳴るように尚弥が言う。
「うちの母ちゃんから電話があって、懐空の母ちゃんが倒れたって」
「え?」
何度も電話したと言われ確認すると、確かに着信履歴が残っている。街にあふれるクリスマスソングや雑踏に紛れ、気が付かなかったのだろう。
「俺、明日帰るつもりだったけど、今夜、帰る事にした。懐空、送ってくよ。母ちゃんからもそうしろって言われた」
懐空の慌てる様子を心配そうに見ていた麗奈に事情を話すと、
「早く行ってあげて」
と、麗奈も顔色を変える。
「うん、送っていけなくてごめん」
アパートの最寄り駅までは一緒に帰った。懐空が降りる駅に近づくと、しっかりするのよ、と麗奈は懐空に寄り添った。その麗奈を抱き締めてキスし、そしてまた抱き締めた。そして電車のドアが開き、懐空はホームに降りた。そして麗奈に
尚弥は懐空のアパートに迎えに来ると言っていた。約束の時間まで、あと僅かだ。早くアパートに帰り、身の回りのもの ―― 何日か分の着替えを用意しなくちゃならない。
鍵を開けているところで、隣のドアから
「デートじゃなかった? 今日は帰らないかと思ってたのに」
「母が倒れたって連絡があって。急いで実家に帰るんです。先輩がもうすぐ迎えにくるんで、急いでます」
それだけ言うと、懐空は愛実を外廊下に残して部屋に入った。
「……そりゃデートどころじゃないね」
ドアの外で置き去りにされた愛実の声が消えていく。
「カイア、これ持ってって、サンドイッチ。それと、ペットボトルのお茶。買う余裕ないかもって。先輩の分もあるから」
「いや……」
懐空に遠慮する暇も与えず、愛実は強引に渡してくる。
「気を付けてね。落ち着いていくんだよ」
「うん……」
ゆったりと愛実が微笑み、腕をパンと叩く。うん、そうだ、僕が慌てちゃいけないんだ。
愛実に会えてよかった、グッと落ち着けた。懐空はそう思いながら、尚弥の車へと急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます