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「普段はファミレスとか、ファストフードでも、何かのお祝いや記念日とか、週に一度、月に一度はあの店にしよう、と、思うのに、二段階上って
と、笑う。
「目いっぱいの
奥さんから、自分の事を『マンマ』と呼ぶように言われる。ママと同じだよ、と言うので懐空が
「それじゃあ、シェフの事は『パンパ』と呼べばいいんですか?」
と、言ったものだから、数人のバイトが吹きだしてシェフに
従業員は、ホールに懐空を入れて4人、
初日はテーブル番号を覚えるだけで手一杯だった。早くメニューを覚えるよう言われたけれど、聞き
テーブルに料理を出す時、料理名を言わなくてはならないのに、キッチンで覚えたつもりの料理名を時々、間違えて言ってしまったようで、クスクス笑う客が何人かいた。
「新人さん、頑張ってね」
常連客の多い店で良かった、と懐空は思った。
店の夜の開店は19時だったが、バイトは18時からで、23時の閉店まで。アパートまで歩いて12分くらい。バイトを自宅に近い場所にして正解だった、と疲れた足を引きずって駅に向かう懐空を呼び止めたのは、同じホール係で、やはり今日からバイトに入った
「大野くん、一緒に帰ろー」
少し遅れて店を出た麗奈は小走りで懐空に追いつくと、懐空の腕に自分の腕を
「いや……ちょっと……」
女の子と腕を組んだ経験のない懐空が
振り払おうにも、気を悪くしないか心配だし、かと言って、このまま腕を組んでいたら緊張で押しつぶされそうだ。
「なに? どうかした?」
「いや、僕の家、駅を過ぎた向こうだから」
「そっかぁ、それじゃ一緒は駅までだね」
麗奈は屈託がない。
「わたしは創恵大の1年。大学の近くに住んでるよ」
「あ、そうなんだ? 僕も同じ大学、学部は?」
「本当に? わたしは文学部、懐空は?」
いきなり懐空と呼び捨てにされて驚くが、気が付いてもいないふりをする懐空だ。
「まじ? 僕も文学部」
「やった! 大学でも懐空の顔が見れそう。嬉しいな」
「え?」
「じゃあ、また明日!」
駅の改札に辿り着いていた。懐空の混乱を気にすることなく、麗奈は改札を通り抜けて行く。
(どういう意味?)
手を振っている。仕方ないので懐空も振り返す。するとそこに電車が走り込んで来て、麗奈の姿を見えなくした ――
炊飯器に朝炊いた飯が残っている。おかずは何にしよう。今日はもう疲れたから、そうだ、納豆でいいや。冷蔵庫にある……そんな事を考えながら懐空は坂道を登った。何か考えていないと、麗奈のさっきの行動の意味をあれこれ推量してしまいそうだった。
それなのに、もし大学で麗奈にあったらどうしよう、とつい考えてしまう。こっちが先に見つければ隠れる事もできるけど、先に見つけられたら隠れたりできない、不自然だ。あれ? どうして僕は隠れなきゃならない? 意識しすぎていないか?
―― 麗奈は可愛い。きっと男にチヤホヤされる。さっき僕に言ったのは、ちょっと僕を
マンマは、ホール係は見た目で決めると言っていた。極端に太っていたり
「顔はね、できれば美男美女、そこそこでいいけどね。絶対条件は、ちゃんとした
せっかくお金を出して、少しの贅沢を味わいにきているんだから、料理を出してくれる人がどんより暗くちゃ申し訳ない。
マンマも明るく、そして美人だった。年齢は40歳くらいだろうか。うっすらと
マンマはそこそこでいいと言ったけど、麗奈はそこそこどころじゃないと思った。出来上がった料理を厨房に取りに行ったとき、シェフの二人の助手がこっそり『今度の子はめっちゃ可愛いな』と話しているのが耳に入った。
ぱっちりとした目元、白い肌……髪はショートカットで、快活な性格にあっていると思った。『お待たせしましたぁ』とテーブルに料理を運ぶ声も心地よく響いて、ただ、『語尾を伸ばさない』とマンマに注意されていた。
ふと懐空は立ち止まる。どっちにしろ僕には関係ない。いくら麗奈が可愛くても、僕の恋人になるわけじゃない。それに、今の僕に恋をしている
「早く帰って納豆食うぞ」
つい口にして、懐空はすれ違う人を驚かせてしまった。
サクラ猫のサクラちゃん、今日もいるかな、と思ってアパートの敷地に入ると、階段を降りてくる
「こんばんは」
懐空を見て愛実がニッコリ笑う。その笑顔に懐空がつい
「こんばんは……こんな時間にお出かけですか?」
「……うん」
愛実がクスリと笑う。
「着替えに一度帰ったの。前日と同じ服だと、仕事に行き
「あ……」
恋人のところに行くんだ……愛実がそう言ったわけじゃないのに懐空はそう思った。
「それじゃ、おやすみなさい」
「いってらっしゃい……」
駅に向かう愛実を懐空はただ見送った ―― 失恋した気分だった。
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