米寿を巡る話
ささたけ はじめ
第1話
ある日、若く美しい妻は
「あなたはこの先、
「唐突だね。そうだなぁ――八十八歳かな?」
妻よりはだいぶ歳上の夫が、ひげを蓄えたあごに手を当てながら答えた。
「やけに具体的ね。どうして?」
「いや、八十八歳は
「うん――それで? どうしてそれが理由になるの?」
妻は夫の答えにピンときていない様子で、若干語気を強めて問い返した。すぐに結論を知りたがるのは、若さゆえの落ち着きのなさだろうか。
他方、夫はそんな妻に対しても――年長者の余裕からか、笑いながら優しく返した。
「らくだ――すなわち、最期が楽だってね。ダジャレだよ、あはは」
その言葉を聞いて、妻は得心したようだ。一緒に笑いながら、和やかに会話を続ける。
「あなたは苦しむことなく最期を迎えたいのね」
「それはそうだろう。誰だって、最期の時は安らかに迎えたいだろうさ」
「それもそうね。そしてその時はきっと、私が見送ることになるのでしょうね」
「そうだね。間違いなく私が先に逝くことにはなるだろうね」
「あなた無しでその後、私は暮らしていけるかしら? 不安だわ」
「それは私も心配だよ。せめてお金の苦労はないようにと、私は自分に莫大な生命保険をかけてあるけれど――」
「自分の死後のことまで考えてくれているなんて。あなたは本当に優しいのね――嬉しいわ、ありがとう!」
「ははは、いいんだよ。だからせめて、私の最期の時までは、ずっとそばにいておくれ――」
「もちろんよ――」
そしてふたりは固く抱きしめあった。
*
数日後、一件のニュースが流れた。
「ただいま入りました情報によりますと、国内有数の資産家の男性が殺害されたとのことです。死因は睡眠薬の過剰摂取であり、犯人はその妻であると見られています。妻は犯行理由として『夫の望むとおりにした』と供述しているとのことです。被害者には多額の生命保険がかけてあり、警察は、保険金目的の殺人事件として捜査を――」
米寿を巡る話 ささたけ はじめ @sasatake-hajime
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