オーサの話

 ★★


 伝えたい事は沢山あるが、まずは警告だ。

 ピース島は神聖な島で、人間が侵入できないように出来ている。私達プカック族は、いわゆる人間とは違う。自然の生態系の中に生きている野生動物の一種という感じだろうか。

 この島にいる二人の人間は特別な存在で、こういう事態が起きた時の為に、確かに私が呼び寄せたとも言える。たが、拉致ではない。二人はここに自分達の意志でやってきた。

 今、ミッチの撮り続けてきた写真が必要なのだ。そして文明人の言葉を持たない私の気持ちを汲み取り、言葉にして手紙を書く事の出来るユーカが必要なのだ。


 再び言っておくが、ここわずか数週間の経緯を見ても分かる通り、ここに侵入しようとする者の行く先はでしかない。

 なぜなら、この島はそういう風に出来ているからだ。

 これ以上の犠牲者は出したくない。

 どうか侵入を諦め、島は発見以前のように、無き物と考えてほしい。


 あなた方の欲しい物は分かっている。この島には沢山の天然資源が埋もれている。しかし、考えてほしい。この地球は一部の者たちの物ではないという事を。ここに埋もれている資源を採掘するという事は、そこに生きる者たちの生き場を奪うという事だ。我々プカック族でさえ、自然から頂くのは生きる為に最低限必要な物だけだ。資源を使い尽くし、共に生きる者を追いやって、さらに資源を求め続けてどうする? 便利さばかりを求める間違った生き方を、なぜ改めようとしないのか? 


 こういった話を世界中の人々が分かってくれたらどんなに楽だろう。そうである事を願い、再びピース島の情報とミッチの撮った写真を何枚か送らせて頂く。

 しかし、それでも分かってもらえない場合は、私達プカック族は大きな覚悟を持っている。その事を付け加えておこう。


 あなた方を苦しめているのは、次々と起こるこの島の怪奇現象であろう。おそらく、それを起こすこの島のさえ潰してしまえば、島自体を占領出来ると考えておられるのではないかな。ならば、私はそれを教えてあげよう。


 今、ピース島の長はこの私、オーサが務めている。しかし例え私を殺した所で、この島の統制が崩れる事はない。私はプカック族を率いているが、野生動物を含めた自然界全体の指揮をとっているのは別の人物だ。彼の情報が欲しいだろうから先に与えておこう。もしもそんな情報を与えたら、彼の身が危険にさらされるかもしれない。しかし、彼が危険な目に合えば、島にはそれ以上の恩恵があるはずなのだ。それが我々の覚悟である。彼は痛みを伴う事はあるだろうが不死身だ。この島にとってまだまだ必要な人物であるから消える事はない。その事が理解出来るかな?


 プカック族は裕福な暮らしはしていない。赤子が誕生しても、母親の乳が出ず、育てられない事もしばしばある。産まれたばかりの赤子を母親になったばかりのオオカミに授け、乳をもらい、育ててもらう事は特に珍しい事ではない。

 その大半が命を失ってしまうが、中には生き延びる者もいる。彼らは一歳の誕生日を迎える頃に再びプカック族の一員として迎え入れられるのだ。


 メルという男の子もそうだった。そうだったが、彼は特別だった。オオカミに育てられ、十六歳になった今もオオカミの群れの中で暮らしている。オオカミの毛皮をまとい、疾走する姿はとても人間とは思えない。まるでオオカミそのものだ。

 メルは自分の力で獲物を捕らえる事が出来るようになると、時々両親の元へ獲物を捧げるようになった。彼自身はプカック族の話す言葉を持っていないが、我々の言葉を理解し、オオカミの群れとプカック族の間を自由に行き来する事が出来る唯一の存在だ。

 島に生きるすべての者を尊び、敬い、大切にするメルは誰からも愛されている。素顔はまだあどけなさの残る優しい顔をした少年だ。

 今、この島の長は私だが、島全体を統率しているのはメルだ。

 自然を支配するなどという事は、誰にも出来ない。勿論私にもメルにも出来ない。しかし不思議な事に、メルが産まれてから自然はメルの気持ちに従うように動いているように見える。メルは神に近い存在と言えるのかもしれない。


 どうだ? 核であるメルを潰そうとお考えか? しかし、それはやめておくべきだろう。何回も言うがメルは不死身だ。命を落とすのは専ら彼を攻撃をする者だという事を忘れないように。

 幸運を祈る。


 ★★


「こんな事を書いてしまったら、メルは本当に殺られてしまうのではないでしょうか」

 手紙を書きながら、ユーカは心配そうにオーサの顔を見た。


「ユーカ、すまない。君も危険な目に合わせてしまう事になるかもしれない。だけど、必ずおまえの事はメルが守ってくれるから安心しなさい。そしてメルには苦しみと痛みを伴ってもらう事になるかもしれないが、彼は不死身だ。だから大丈夫。これが私達の覚悟なのだ」


 オーサはいつになく厳しい、それでいて優しい顔をしていた。ユーカも覚悟を決めて手紙を出す事にした。


 ミッチが撮った写真の中から、好きな写真を五枚ほど選んで一緒に送りなさい、とオーサに言われた。

 三十年間撮り続けているというミッチの写真は大量にあって、きちんと整理されている。

 この世界のものとは思えない位に本当に美しい物ばかりで、一枚一枚じっくりと見ていたかったけれどそんな時間はない。

 アルバムをパラパラと巡りながら、特にドキッとさせられる物を五枚選んだ。その中でもメルが写っている三枚の写真はこの封筒に入れてしまいたくなくて、しばらく手に持ってじっと見入っていた。


「欲しいのかい? 送る物は後で焼き増しするから。その三枚は二枚ずつ焼き増しして、後でユーカにあげるよ。オーサもその三枚だけは持ってるんだ。大量にある写真の中で、同じ三枚が目に止まるなんて不思議だよな」

 ミッチが写真を覗き込みながらそう言った。


 その一枚は、まだ目も開いてない産まれたばかりのメルがオオカミのお母さんの乳首に必死にしゃぶりついている物。周りには五匹の赤ちゃんオオカミがメルと同じ格好で乳首にしゃぶりついている。

 お母さんオオカミの優しい眼差しと、生きようという意志が剥き出しになった五つの魂がどうしようもなく愛おしい。


 二枚目は数頭から成るオオカミの群れの食事風景。真っ白な世界。遠くに見える山々が神々しい。子供のバイソンを仕留めたようで、その肉を引きちぎって、皆で食べている写真だ。写真の焦点は中央であぐらをかいて骨付き肉にしゃぶりついているメル。ミッチが振り向かせたのだろう。カメラに向かって優しい笑顔を向け、片手を上げている。

 口の周りをバイソンの血に染めて無邪気に微笑む少年は、澄んだ薄いブルーの目をしていて、その泉のような混じり気のない美しさに引き込まれそう。

 可愛い。失礼だけど可愛いって感じてしまう。


 三枚目は二枚目の写真と対照的な物。野生の獣物のようなメルがそこにいる。別の群れの雄オオカミとの戦闘シーンだ。メルと黒いオオカミが横倒しになって取っ組み合っている。両者とも雪まみれだ。殺し合いになる事はまず無いらしいけれど、群れの存続を賭けて己の強さを全面に出している。

 両者の研ぎ澄まされた肉体と闘志が胸を打つ。


 このどれもが本当のメル。ユーカはここに来て、まだ彼に会った事はないのだけれど、オーサはメルがユーカを危険から守ってくれると言っていた。メルに会ってみたい。そんな思いが強くなる。



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