トロンプ・ルイユ
淡雪 隆
第1話
淡雪 隆
登りステップ1
--山田 信視点より--
私が福岡の高校三年生になった春、クラブには何も入っていなかったので、授業が終ると直ぐに帰る”帰宅部"となっていた。つまらない奴と言う友達もいたが、私は何かに束縛されるのが嫌だっただけである。
今日は朝から曇り空で傘を持っていかないとヤバイかなと思ったが、まぁ、いいやと考えて傘を持ってこなかった。しかし、授業が進むに連れて空模様が怪しくなってきて、帰る頃には雨粒が大きくなり、私は急ぎ足で帰り道を急いだが、遂に空が泣いてきた。段々雨粒が大きくなり、これはヤバイと帰り道にあるブティックの軒先に飛び込み、雨を避けた。
そこにやはり同じ高校の同じクラスの女性"神埼心”が一足違いで雨宿りに飛び込んできた。ショートカットの彼女は顔が小さく目が大きく、小顔美人でスタイルもナイスな女性であり、憧れている男子生徒も少なくない。
「あっ、山田君!」とビックリしたようだった。実は私は彼女に密やかな恋心を抱いていて、これは天の啓示ではないだろうかと、私は幾分顔を赤らめて、心臓がバクバクとしていたが、
「神崎さん! 濡れていない?」と小さな声で聞いてみた。
「えぇ、大したことはありません」と鈴を転がすような声が帰ってきた。私の胸はザワザワ騒ぎだし、こんな機会を与えてくれた神様に感謝した。
そうやって会話を交わす内に雨宿りをする人が増えてきて、人と人の間が狭まってきて、私と神崎さんの身体が少しくっついてきて、私の胸はキュンキュンし始めた。丁度制服は長袖の時期だったので直接腕と腕が触れあうことはなかったが、私の心の中では”一寸残念"と言う気持ちが不埒にもわいた。そんな自分が恥ずかしかった。神崎さんはハンカチを出して髪の毛や肩等を吹いていたが、更に雨宿りの人は増え、遂に神崎さんの左手の甲と私の右手の甲がふれあい、熱いものでも触ったかのように、電気が身体を走るように私は痺れた。
「あの~、こんな時に聞くのも恥ずかしいのですけど、山田さんは名前は真さんと言うのですか?」
「はい、山田信と言います。と手のひらに漢字を書いた。神崎さんは神崎心さんですよね? 同じく左手の手のひらに書いた。」
「はい、でも友達は私のことを『しんちゃん』って呼んでますが」
「いや~、奇遇だな! 私の名前も読み方によっては『しん』と読めるんですよ」
「あ、そうですね! と彼女は微笑んだ」その微笑みがまた可愛らしくて、もう私の心臓は破裂寸前だ。それに輪を掛けて彼女は微笑んで言った。
「あの~、」彼女は少しモジモジすると、身を捩りながら、
「山田さんは、誰か好きな人とか付き合っている人がいるのですか?」と段々と小声になって聞いてきた。
「いいえ、とんでもない❗ 誰もいませんよ」と弁明するかのように声が震えた。
彼女は急にモジモジし始め、勇気を出したのだろう。
「あの~、私と付き合ってもらえませんか?」となんと彼女から口火を切ったのだ。私にして見れば、"信じられない、信じられない❗”思いも掛けない告白に私は口をポカンと開けていた。私はその場で気を失うかと思った。
「本当ですか❗」私は思わず彼女の両肩に手を掛けて言った。
「あっ、失礼しました。勿論、私は大歓迎ですよ!」夢なら覚めないでほしい。何しろ始めての経験なのだ。
登りステップ2
天にも舞い上がる気持ちってこんなことを言うのだろうか。
「本当に私と付き合ってくれるのですね」私が念押しすると、
「はい、宜しくお願いしますね」ヨシッ、気が変わらない内に話を進めようと思い、
「こちらこそ、宜しくお願いしますね!」と言って、早速スマートフォンの電話番号やメルアド、ラインの交換をした。やった❗ やった❗ やったぞ~❗ と飛び上がらんばかりに幸せを感じた。
しかし、その時ふと感じた。本当なのだろうか。俺なんかと? 俺を担いでるんじゃないのだろうか? 何と我ながら猜疑心の強い男だろう。と思わざるを得なかった。そのとき私の左側から肘でつつかれた。なんだろうと思ってふと左を見ると、太ったおばはんが、私に囁いた。
「不純異性行為をしちゃ駄目だぞ~」入らんお世話じゃい! とおばはんをにらんだ。 そんなことをしている内に空は西から青空が顔を覗かせ始め、雨も小雨に変わってきた。雨宿りをしていた人も、少しずつ飛び出していって人数も少なくなった。僕たちも帰りの方向を彼女に聞くと、同じ方向だったので二人で並んで、家路に着いた。二人で歩いている間、何を話せばいいのか始めての経験である私には良く分からなくて、黙ってしまう時間が長かった。どのくらい歩いただろうか、
丁度十字路になっているところにコンビニがあって、彼女は左の道が帰り道だと言って、私は直進だったので、ここで分かれようとしたが、彼女が、
「あの、明日からこのコンビニで待ち合わせて一緒に登校しませんか?」
「勿論構いませんよ。望むところです。じゃあ八時でいいですか?」
「はい、判りました。じゃあ明日八時にお待ちしています」そう言って、手を振りながら別れた。
自然にステップを踏んでいて、五分ほど歩くと自宅に着いた。
「ただいまー」と言うと二階の自分の部屋に駆け込みベッドに寝転んだ。
--今自分の顔を見たらでれーっとした顔をしてるんだろうな--
と自分でも思った。そんな訳で翌日からは、休み以外は毎日八時にコンビニで彼女が来るのを待ち一緒に登校する日々が続いた。その内流石に慣れてきて、お互いに軽口を叩くほどになった。そして、今度の土曜日にデートをする約束をした。朝からソワソワしてお袋から、
「お前は、檻の中の熊か! 目障りだよ!」怒鳴られた。同じ女でもこうも違うものか? いや歳を重ねるとこうなるのかな? 等と震えた。
「へへへ! 兄貴は今日デートなんだぜ。大目に見ろよ」
あっ、このやろう。忠! 油断のならない奴だ。弟を睨み付けた。
いつもの待ち合わせ場所で九時に彼女とあった。
「おはよう! 神崎さん」彼女も笑顔で手を振った。
「今日は何処に行こうか? 神崎さん何処か行きたいところがありますか?」
「やだ、そんなことは男性が計画を立てるもんじゃありませんか?」
「てへ、そうだね。取り敢えず天神まで行ってみようか」
「やだ、取り敢えずって何よ! 案外計画性がないのね」と怒らせてしまった。私は頭を掻くだけしかできず、恥ずかしかったな。昨日考えておくべきだったな。後悔先に立たず。だな!車の免許でもあればな~、、
「いいわ、取り敢えず天神まで行ってみましょ。その後福岡ドームに行ってみない」神崎さんから逆に提案された。私はそれだとバスの乗り継ぎが多くなるな。と思いながら、まぁ、一緒にいられるのならいいかっ、と思い直し、笑顔で答えた。
「ヨシッ! それで行こうよ」と二人はまずは天神めがけてバスに乗り込んだ。そこでデパート巡り、次に福岡ドーム巡りでくたびれてしまった。
登りステップ3
流石に疲れた二人は、ドームシティで喫茶店に入って、軽食とコーヒーを頼んだ。
「あ、私はコーヒは飲めないので、オレンジジュースにしてください」
「へー、君はコーヒーを飲めないの」
「そうなの、みんなに笑われるけどね、あの苦味は駄目なの」
「へーそうなんだ」
二人で向かい合って玄界灘を見ているととても美しく感じた。
「あっ、そうだ今日一日一緒にいて思ったんだけど………」神崎さんがポツリと話し始めた。
「あの、呼び方のことだけどね、私のことを神崎さんって呼ぶでしょ。もうそんな固い呼び方しなくてもいいと思うの…………」私はビックリして、
「じゃあ何て呼べばいいかな? 『こころちゃん』かな?」
「んんん!」と首を横に振りながら、
「私の友達はみんな『しんちゃん』って呼ぶから、山田くんもそう呼んでくれる」私は汗が出てきたが、
「じゃあ、私のことは………『まこと』って呼んでくれますか」
「はい、そはうしましょう。折角仲良くなれたのだから」
『まこと』に『しんちゃん』か❗ 何だか恥ずかしいな。
「『しんちゃん』てのは、男の子みたいに聞こえない?」
「いいのよ、本当になかの良い友達は『しんちゃん』って呼ぶんだから。でも『まこと』とは呼べないわ、『まことさん』にしましょう」
「ヨシッ、そうしよう決定!」
二人で頷いて確認した。そして月日は過ぎ、お互いの距離も大変近くなった気がした。お互いの家族の話しもした。
「私には、母親と二つ違いの弟がいます。つまり現在は三人家族で弟は忠と言って、A高校の一年生です」
「あら、お父さんは?」
「あぁ、親父は五年前に母親と離婚して、若い女と暮らしてる。つまり浮気したわけさ」
「ご免なさい、そんなこととは知らなかったから。私には一卵性の双子の姉がいるの。名前が偶然にも真と書いて『まこと』って呼ぶのよ。偶然でしょ。お父さんがね双子が生まれたとき二人会わせて、『真心』だって言って、姉に『真』と書いて『まこと』私には『心』と書いて『こころ』って名付けたの。紛らわしいでしょ。だから中学校までは同じ学校だったけど、先生からも紛らわしいと言われ、高校は別々の高校に進学したの。
私達本当にそっくりなのよ! 親も間違うほどね。お父さんは福岡県庁の職員をしてるの」
「ふう~ん、親も間違うほどね。それで二人の性格も同じなの?」
「いえ、流石に性格は違うわね。悪口は言いたくないけど、小さい頃なんかは、姉は何でも私が買って貰ったぬいぐるみや人形なんかを、姉は可愛いわね~、って言って、私から奪い取ることも多かったわね。私が返してと言って泣くものだから、その都度お父さんやお母さんが同じものを買ってきてくれたわね。つまり私が持ってるものを欲しがる癖があったわね、今はそれもなくなったみたいだけど」
「そうなの、うちは母子家庭だけどお母さんは、素封家の出身だけに、お金には困らなかったな。それにねお母さんは二十歳の時に結婚したから、まだ今でも若々しいよ。俺が直ぐに生まれたから、今はまだ三十八歳かな」
「うわー、若いお母さんね。もう一度結婚できるわよ!良いわね。うちのお母さんなんか結婚が遅かったから、もう歳なのよ」と苦笑いをして言った。
「それはそうと、大学の進学のこと考えてる?」しんちゃんは一寸首をかしげながら、
「私あまり成績良くないから、市内のF大学に進学を考えてる。まことさんは成績が良いから何処を受けるの?」
「一応、東京のR大学を考えてる」
「良いわね~、頭のいい人は。でももしそうなると別れ別れになっちゃうね。東京は綺麗な人も多いし、心配だな」
「大丈夫だよ。今は文明の力スマートフォンがあるじゃないか。心配いらないよ」
「そうかな~」しんちゃんは訝しむ顔をして私をにらんだ。日も暮れてきたので、二人は家路に着いた。その間中
怪しむ目をして私を見ていた。
そして時の経つのは早く、大学受験のシーズンとなった。予定どおり私はR大学にへしんちゃんはF大学に決まった。しんちゃんは悲しそうな顔をして
「もう、離れ離れになるのね」と小声で呟いた。
「大丈夫だってば! 俺を信頼しろよしんちゃんを忘れるもんか」と言って元気付けた。そして私が東京に行く日になり、博多空港に向かった。母親と弟としんちゃんが見送りに来てくれた
私はしんちゃんと握手を交わし、連絡を待ってるよと言って別れた。
--飛行機は飛び立った--
下りステップ1
--ここからは神の視点--
信は羽田空港に着いた。事前に東京に来てあらかじめ決めていた練馬区練馬一丁目にある築五年にあたる鉄筋二階建ての吉川コープに向かった。荷物は先に送ってあるので、管理人に挨拶をして、鍵を貰って一階の105号室に入った。折り畳み式のベッドをセットし、小間物や私物を押し入れに片付け、六畳間のフローリング仕様の部屋の真ん中に、こたつをテーブル変わりに寝屋の真ん中においた。一人者が住む1DKのアパートである。トイレや風呂も着いていて、学生には一寸贅沢な部屋であった。
少し落ち着いたので、しんちゃんに電話をかけた。
「やあ、しんちゃんかい。俺まことだよ!」
「あっ、まことさん。無事に着いたのね。東京はどう? 綺麗な人が多いんでしょうね」
「いや、別にしんちゃんより可愛い娘はいないよ!」なんて調子の良いことを言っちゃって。
「本当のことを言いなさいよ。まことさん」
「本当だよ。しんちゃんの声が早く聞きたくて電話したんだよ」
「まぁ、いいわ調子の良いことを言って。有り難う。嬉しいわ」
「しんちゃんからも、電話をしてよ」「判ったわ、じゃあ、またね」と電話を切った。何だか呆気なかったなと感じた。明日は入学式だ。楽しみだな~と部屋の片付けを続けた。
翌日、一張羅のスーツを着こんで、入学式に出た。会場に着くと新入生が沢山いた。流石にR大学は都内の人やその周辺の入学者が多く、女性が多い。みんなオシャレでセンス抜群。綺麗な人や可愛い人が多くスタイルも良くて、噂では現役のモデルもいるということだ。信はもうキョロキョロして落ち着かない。しんちゃんとの約束に自信が揺らいできた。
--どーしよう、花園に来たみたいだ--
信の大学生活が始まった。クラスは中庭に張り出してあって、信は経済学部経済学科一年三組であった。案内が掲示されているので、迷うこと無くクラスの教室に入った。みんな知らない人ばかりなので、おとなしく座っていた。ヤッパリ女性が多いや。キョロキョロしながら、自然と しんちゃんと比較していた。いかんなー、ごめんねしんちゃん。
クラスの先生がやって来て、点呼を始めた。全員揃っていたようで、色々な注意点を教授した。やっぱり何かクラブに入った方がいいよな。キャンパスでは、色々なクラブの先輩たちが新入生を懸命に勧誘していた。あれこれクラブの活動やクラブ員の様子を見ながら、歩いているとクラスでも気になる娘が興味を示している絵画クラブに入ることにした。
--男って、やらしいな~、俺にはしんちゃんがいるというのに………--
等と思いながらも、彼女が入ったので信も絵画クラブに入ることにした。そして、後日、恒例の新入生歓迎会が行われた。絵画クラブは、全部で十七名だった。一年生三名、二年生五名、三年生五名、四年生四名でありもう四年生は就職活動があるので、ほとんどクラブ室には来ない。信は早速、同じクラスの娘に近寄った。酒を飲んだ勢いもあって、(勿論始めて飲む酒である)調子が出て、彼女の名前を知った。安田みゆき、言い名前だ。みゆきちゃんか。何とも仕草が可愛いし、都会の娘って感じが滲み出ていた。信も自己紹介をして、
「えっ、福岡から来たのですか?」
「そうですよ、博多からです。山田信と申します」彼女も満更ではなさそうだった。
「仲良くしてくださいね」信が言うと、
「はい、私で良ければ宜しく」と帰ってきた。その時、信の頭の中にはしんちゃんは消えていた。
下りステップ2
舞台は福岡市・・・神埼家では双子の進学した姉の真はS大学に、妹の心はF大学の入学式を終えて、家族でお祝いをしていた。そんなある日曜日の夕方、心が台所に降りてきて、
「お母さん! 私のボトルに入っていたオレンジジュース知らない?」
「あぁ、信が飲んでしまったよ」
「えっ、お姉ちゃんが❗ 私のジュースなのに」そこに真が降りてきて、
「ごめんごめん、喉が乾いていたので飲んじゃったの。直ぐにそこのコンビニで買ってきてあげるわよ」
「お姉ちゃん。いつも勝手に私のジュース勝手に飲むんだから❗ いいわよ自分で買いに行くから」
「いいわよ、心私が買いに行くから」と言って、外に置いてある自転車の方へ歩いていった。
「いいわよ! 自分で行くから」等と外で言い合いになっているのを聞いてお母さんが、
「いい加減にしなさいよ! お姉ちゃんが悪い。大きな声で喧嘩するんじゃないよ! ご近所迷惑よ」二人はお母さんに怒られて、渋い顔をした。
自転車でコンビニに近づいたとき、直進してきた軽自動車と接触をし、その場に倒れたが、ヘルメットは被っていたが、電柱に頭を強くうちその場にた折れ込んだ。急いで救急車が呼ばれた。
「あれ、この娘は神崎さんのところの娘だ」直ぐに電話連絡をした。電話をもらったお母さんは急いでお父さんと駆けつけ、状況を聞いた。警察も直ぐに駆けつけ、現場を検証していた。
「お巡りさん、うちの娘は何処に運ばれたのでしょうか?」
「はい、お父さんですか? 娘さんは頭を強く打っていましたので脳外科のある病院ですが、何処の病院に運ぶのか無線で聞いてみましょう」と言って無線でやり取りをしていたが、
「判りました、薬院のH病院に運んだそうです」
「薬院のH病院ですね。よし直ぐ追いかけよう」そこでお母さんが言った、
「お父さん! 病院に行くのなら一端家に帰って子供の着替えなんかを用意してお父さんの車で行きましょうよ」
「おう、そうだな」お父さんは心配でうろうろしていた。そこで警察官が、
「軽自動車と軽く接触しただけで、身体はかすり傷程度の状態で命に別状はありません。救急車の隊員もそう言ってますから、ただ、頭を強く打ったので精密検査が必要だと言っています。ヘルメットを被っていたので大丈夫と思いますが」
「そんなこと言っても、頭を強く打ったのでしょ。あの電信柱にですか?」
「お父さん、早く家に帰って用意をして直ぐ病院に行きましょう」両親は家の方へ走っていった。
病院に駆けつけた両親たちは、案内で、救急車で運ばれてきた女性の両親と説明をすると、まだCTやMRIの検査をしているので、その担当をしている脳外科の掛川先生の診察室前で待つように言われた。待つ時間は長く感じる。暫くすると、看護師から先生の診察室に入るように言われた。中にはいるはと先生の説明を受けた。
「ご両親ですか?」
「はい、あの娘の親です」
「身体は、擦り傷程度で全く問題はありませんが、頭を強く打ったということなので、現在は昏睡状態ですが、今基本検査を行いましたが、映像を見ると脳に少し損傷が見られます。さらに精密検査をしたいと思います。高次脳障害がありそうです。私の見立てではそんなに激しいものではないと考えますが。つまりよく言われる記憶障害ですね。少し入院をして様子を見なければ何とも言えませんが、交通事故だそうですね?」父親が頷くと、
「高次脳障害に詳しい弁護士さんがいますので、よく相談された方がよいと思います。ここにその弁護士さんの一覧表がありますので、参考にされてください」とパンフレットのようなものをもらった。
「診断どおりだとすると、家族の方でも覚えていない可能性があります。ですから、脳障害の場合は六ヶ月のリハビリが出きるようになっていますので弁護士さんとよく相談して、リハビリをすることをお勧めします。リハビリはOT等がついて手の細かい作業を続けます。脳には両手の細かい動きが脳によいですから」等の注意点をよく聞いて、病室まで行ってみた。個室である。私達が入っても、まだ娘は気を失ったままなの状態だった。看護師は
「高次脳障害の場合、短くて三日ほど、病状の酷い人は二、三カ月眠ったままの時がありますが。お嬢さんの場合はそんなことにはならずに近いうちに気付かれると思いますが、記憶が戻るには、暫くかかると思います。今は友人を見ても判らない状態だと思います。先生からも進言があったと思いますが専門の弁護士さんに必ず相談するようにしてください」と言って一旦出ていった。
下りステップ3
早速神崎さんたちは、高次脳障害専門弁護で西新にある高梨法律事務所の専門弁護士に相談に言った。専属弁護士の名前は高岡俊之と言った。
「交通事故で怪我をなさったんですね。それでは車の自賠責保険で対応することになりますが。その車の運転手は高齢の女性ですね。任意保険に入っていると言ってましたか?」
「はい、任意保険にも入っていると言っていました」父が答えた。
「それでは、保険の担当者と警察に事後処理は任せて良いでしょう。ところで本題ですが、
高次脳障害と言うことですが。今の病院でリハビリを続けてよいと思いますよ。半年間頑張ったらよい結果が得られると思いますよ」
「はぁ、そのリハビリとはどんなことをするんでしょ?」
「そうですね。まず指先の細かな作業と、症状が悪いときは、若年性認知症が出ることがありますので、トロンプ・ルイユという訓練方もあります。判りやすくいうと、騙し絵のことですね。認知症にならないよう色々な絵を見せて治療するやり方です」
「はぁ、………そんなものですか。でも半年間入院すると費用も馬鹿になりませんね」
「大丈夫ですよ。神崎さんの場合は交通事故ですから、相手の過失となっていますので、保険で対応できますよ」
「そうですか」両親は説明を聞いて家路に着いた。途中病院によって帰ったが、娘はまだ眠ったままだった。お母さんは泣きじゃくってばかりだった。
「お父さん」突然娘が口を出してきた。
「大学のことだけど、一応大学の学生髁に行って、経緯を説明して半年学業の休学届けを出しといた方がいいと思うんだけど」
「よしっ、判った」と話しているうちに家に着いた。
★ ★ ★
何も知らないぷー太郎の真は、毎日安田みゆきちゃんに会えるので、段々夢中になってきた。
--ヤッパリ、遠距離恋愛って難しいもんだよな~--
等と勝手なことを考えていた。心から最近は電話も来ないし。心にも良い彼氏が出来たんかもしれんし。今夜一寸電話してみよう。みゆきちゃんとは平日は毎日、クラスで、授業がない時は、キャンパスやクラブ室で合えるのだから勝負にならないかな。
その夜、心に電話をしてみた。
「やあ、久し振り、まことだよ! しんちゃんかい? どうだいF大学は入学式も終わって、何かクラブにでも入ったかい?」
「………あっ、まことさん? ごめんね電話しなくて、何かと有ったものだから。まことさんの大学はどうだった? 綺麗な人が沢山いたんでしょう。浮気したら絶対許さないからね❗」
「なに言ってんだよ。俺には君しかいないだろ。・・・しんちゃんこそ、あの大学は男も多いし、彼氏でも出来たんじゃないのか!」
「私を疑うわけね。ふう~ん、ふう~ん、なんか怪しいな。よしっ、私ね一度東京に行ってみたかったのよ。今度の土曜日に行くから、まことさんの大学を見てみたいわ。他にも東京を案内してね」
「えっ、嘘だろ。本当に?」
「何よ、何か都合の悪いことでもあるの?」
「べ、別に、俺は構わないけどさ」
「じゃあ、今度の土曜日に行くね! 時間が決まったら知らせるから羽田まで迎えに来てね」
「あ、あ、ああいいよ。待ってる。それじゃあね。お休みしんちゃん」さあ、大変なことになったぞ。みゆきちゃんと鉢合わせしないようにしないとな。作戦・作戦を! 寝ながら考えよう。何て考えているうちに、羽田に迎えに行く時間になった。仕方なく博多空港からの着く時間にターミナルの出口で待っていた。
ステップ終了
空港の出口で待っていると、彼女が出てきた。腕を振りながら
「しんちゃん! ここだよ~」と声をかけた。
「まことさん! 会いたかったわ」駆け寄ってきた。
「荷物はそれだけ? そうだね東京も結構暖かいからね」
「折角だからモノレールに乗っていきますか。福岡には無いからね。リムジンバスでも行けるけどね、どちらにしも電車の乗り継ぎで行かなくちゃならないから。で、いつ帰るの?」
「勿論明日よ、今夜は池袋にビジネスホテルをとってあるから」
「あっ、そうなんだ。いや、ひょっとしたら今夜は俺のアパートに泊まるのかと思って」
「まさか、そんなこと親が許すわけ無いでしょ」
「それもそうだね! 何処か行きたいとこある?」
「この前言ったまことの大学と、浅草に行きたいな~」
「OK、とりあえず俺のアパートに行こうか。荷物を持ってても邪魔だし」
「はい、後はまことさんに任せるわ」
と言うことで、モノレールに乗り、山手線に乗って池袋まで出た。後は西武池袋線に乗れば練馬は直ぐだ。途中信は、
「ヤッパリ東京は凄いわね、高いビルが沢山立ってるし、人も多いわね」外を見ながら呟いていた。何か信ははしゃぐ彼女を見てると、後ろめたさを感じ始めた。久し振りに見る彼女はヤッパリ可愛かった。少し信の気持ちも暗くなった。しばらく乗り継ぎ乗り継ぎで移動を重ねた。
「着いたよ! ここの一階で105号室だよ」
「わぁ、素敵なアパートね、それに新しいし。私もこんなアパートで、独り暮らしをしてみたいわ」と感激してた彼女は、
「ねぇ、早く中も見せてよ」と言うので、二人で中を見回した。
「何だか、学生には贅沢じゃない?」
「そうだね、他の部屋の人は社会人ばかりだからね。それよりも早く行こうよ暗くなっちゃうよ」
「そうね、先ずは遠い方の浅草だね」
「よしっ、浅草に出発!」と目標を決めて、アパートを出発した。練馬駅に着く前に、
「そうだ、お昼を食べようよ。直ぐ近くにパンから手作りのハンバーガー屋があるんだ。旨いんだよ」
「じゃあ、そこに連れていってよ」
「了解でーす! しんちゃん。博多では食べたことの無いほど旨いよ」
「うわ~、楽しみ」二人で店内に入った。カウンターに並んで、先ずは信が注文をした。品物が出てくると、ソーサーに乗せて、
「俺は席を取ってくるからね」彼女は、メニューを見上げながら、品定めをしていた。
「判ったわ、席を取っておいて」
信は奥の方に二人がけの席を確保した。暫くして、彼女がソーサーに品物を乗せて、やって来た。信はハンバーグにベーコンを乗せたやつ一つと、ポテトと、コーヒーを買ってきた。彼女は、チリドック一つと、ポテトに飲み物を乗せてやって来た。二人で食べていると、信はハツとした。
「しんちゃん! それブラックコーヒーじゃないの」すると、
「そうよ、ブラックコーヒー大好き」と答えた。信は、
「えっ❗」・・・・・・と、悲鳴を上げた。
(了)
トロンプ・ルイユ 淡雪 隆 @AWAYUKI-TAKASHI
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