10  夜行、走り抜ける

「ところで、鎌倉はどうだったの?」

と、僕が聞くと、さくが、今さらそれを聞くか、といった顔をする。


「あぁ、面白おもしろかったよ!」

みちるはいつも通りアッケラカンとしている。


 楽園都市からの帰り道、隼人はやとはお約束通り、僕の背中に顔をうずめて眠ってる。


「今日でもう……4日目だぞ。隼人から聞いてないのか?」

「朔、隼人がその日の出来事を夕方までおぼえている訳ないじゃん」


モゾッと動いたところを見ると、ちゃんと隼人にも聞こえているようだ。怒らせなきゃいいけど、と思っていると、

「3歩歩くと、って言うよね」

と満が笑う。いや、だから、それはにわとりだってば。


「うん。まぁ、確かに隼人はいろいろ知っているくせに、もう忘れたかって時もあるよな」

と、朔まで笑う。僕の腕をつかんでいる隼人の手がフルフルふるえ出す。お願い隼人、怒ってもいいから、その手、鉤爪かぎづめに変えないでよ、痛いから。


「鎌倉には調査に行っただけだよん」

 満が本来の話題に戻し、僕をホッとさせる。


「調査って何の?」

「そんなのあたしが知るわけないじゃん」

満の言葉に朔がクスリと笑う。朔、これを見越していたな?


 と、隼人がもぞもぞと動く。

「バンちゃん、おなかすいた……」

泣きそうな声で言う。


「奏さん、ごめん、どこかコンビニ寄れる?」

「おぅ、ちょっと待ってろ」

コンビニはすぐに見つかり、ウインカーの音がし始める。


「バンちゃん。ボクにフランクフルト。あとクルクルのアイスクリームとコーヒー牛乳」

 車がコンビニで停まると、すかさず隼人が言う。クルクルのアイスクリームって、きっとソフトクリーム型のあれだ。


「フランクにコーヒー」

「あたしもフランク! コーヒーはもちろん微糖」

「あぁ、俺はコーヒーだけ、な」

つまり僕に買いに行けって、みんな言うんだね……フランク、せいぜい3本しかないんだろうな。僕はアメリカンドッグで我慢がまんするしかないかな ――


 あんじょう、フランクフルトは3本しかなかった。で、アメリカンドッグも唐揚げも1つしかない。仕方ないので2個あったコロッケを買う。隼人が他人の食べている物を欲しがらないはずはない。違うものを食べるとき、一つしかないと必ず隼人に取り上げられる。いっぱぐれたくなければ、2個用意するに越したことはない。そのほか、リクエストの品をそろえて車に戻る。


「バンちゃん! コロッケだなんて、気がくねぇ! それに、よくクルクルで判ったね。さすが、ボクのバンちゃんだ!」


 隼人はコロッケに大喜びだ。食べるのがいつも遅いくせに今日はさっさとフランク、コロッケと食べ終わり、コーヒー牛乳を飲み干すと、ピヨピヨ言いながらアイスクリームに取り掛かる。


「ったく……だまって食えよ」

ボソッと朔がつぶやく。どうせなら隼人に聞こえるように言えば? と思ったけれど、僕は黙っていた。僕は隼人にそんなこと言えない。朔と違って。


 ピヨの合間あいまに隼人が

「あ、明日、満月だっけ?」

と、窓から空を見上げる。

「んだな……やるか?」

奏さんが答える。

「明日は土曜日? 美都みつめん、休みだね」

聞いていないのかと思ったら、ちゃっかり聞いていたようで、朔が話に加わる。


「それじゃ、タヌキケーキ売ってるね」

 それは全然関係ないと思うぞ、満。まぁ、売ってるとは思うけど。満のお気に入り、タヌキケーキは、西八王子のケーキ屋さんで週末だけ売っている。


「やる、って何を?」

僕が聞いても誰も答えない。僕だけ仲間外なかまはずれ?


「……バンちゃん!」

 急に隼人が怒りだす。


「アイスクリーム食べたら寒くなった。なんでこんな冷たいの買ってくるんだよっ?」

はい……? 見ると、アイスクリームも食べ切ったようだ。


「食べ終わったなら行くぞ」

奏さんが車のエンジンを掛ける。


「もう! 寒くって仕方ない。バンちゃん、ボクを殺す気?」

「いやいやいや……」


 フワッとした感触が僕の胸の中に入り込み、続けて隼人が僕に寄りかかる。

「責任とってあっためてよね」


僕に責任はない、そう思ったけれど、僕は隼人の肩に腕を回す。それから隼人は黙ったまま、住処すみかに着くまで僕の胸にもたれて眠っていた。


 翌日、満月 ―― 煌々こうこうと空に輝く月の下、奏さんの車は八王子市内を走っていた。滝川街道たきがわかいどうだ。


 満月町の交差点で右折し、満月 城址じょうしへ向かう。そのまま満月城址に行くのかと思っていると、さらに側道に入った。道は広く、舗装もされているが、人家が見当たらない。街灯に辿たどり着くと、またその先に街灯が見えてくる。当たり前の風景がなんとなくおどろおどろしい。


「この辺りでいいかな……」

隼人の声に奏さんが車を端に寄せて停める。


「えらく通行量のない道だなぁ」

車を降りた奏さんが、何か荷物を降ろし、すぐにタバコをくゆらせ始める。


 この道に入ってから対向車も後続車も見ていない。その割には舗装に傷みが目立つ。古い道なのかもしれない。


「昔はこの先に集落があったし、この辺りも人家が立ち並んでいた。店もあってそれなりににぎやかだったらしい」

隼人がボソッと言った。


「だけど、夜行やぎょうさんが出るようになって、どんどんすたれてったんだよ」

夜行やぎょうさん?」

「うん、美人らしいよ」

なんかだまされてる気がする。そうでないなら隼人は何かを隠している。


「この山の上には昔、城があった。今も城址公園になっている」

 隼人を引きいで、奏さんが話し始めた。


「で、その城には美しいお姫様がいて、嫁入りが決まっていた。良縁だと城主は喜んだらしい」


そのお姫君にはしたいあう相手がいた。けれど喜ぶ親の顔を見るとそれが言いだせなかった。


「明日は婚礼となった晩、とうとう姫君は城を抜け出した。惚れた男のもとに行くつもりだったんだろう。愛馬にまたがり夜の闇を一目散いちもくさんに走り抜けようとした」


 その晩は満月で、月明つきあかりで照らされていたが、城を守る武士たちは走っていく馬に姫が乗っている事に気付かなかった。敵の来襲だと思い込んだんだ。


「で、一人の若武者が進み出て、馬の首を切り落とした。それでも馬は走り続け、姫を月へと運んで行った」


「んで、姫の恋人はどぉなったの?」

いつの間にか満もそばに来て奏さんの話を聞いている。


「うん……実は、馬の首を切り落とした若武者が姫の恋人だった。若武者は馬の首を切り落としたことを後悔し、月に行ってしまった姫を探し求め、闇を歩き回った」


 とうとう若武者は海に辿たどり着き、海にうつる満月を見た。


「若武者は姫を求め、海に入っていく。けれど海は若武者を月には行かせず、海の底へと飲み込んだ。若武者もまた、姫同様、美しかったそうだ」


「へぇ……せっかくの美男美女なのに、悲しいお話しだね」


と、その時僕は気が付いた。こちらに何かが向かってくる。あの音は、ひづめだ!


「来るぞ、奏ちゃん!」

「おぅ!」


 隼人が叫び、奏さんが呼応する。すかさず奏さんが、さっき車から降ろした物を手に取る。蹄の音は道の奥から聞こえてくる。


「朔っ!」

奏さんが手にしていたものを朔に渡す。朔がそれを受け取って、道の反対側に走る。はしっこを奏さんが持ったままだ。何か薄っぺらなものが道を塞いで広がっていく。


 ―― 横断幕? 地が黒い布の真ん中あたりに、薄いクリーム色の……月? 丸く浮かんで見える。蹄の音はますます近づき大きくなる。


「ミチル、バンちゃん」

隼人が僕と満を呼ぶ。隼人はいつの間にか車に避難している。


 首なし馬が見えた。誰かが乗っている。薄ぼんやりと光り輝いている。奏さんと朔が身構える。


 一目散に馬は駆ける。駆け抜けていく。横断幕の月に向かって ――

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