6 転寝、不足する
「うん、久しぶり。そんな狭いところで、よく
僕の手を離した隼人が
「今日はね、教えて欲しい事があって来たんだ」
そこからは隼人が声を
隼人が話していたのは5分ぐらいだけど、僕には長い5分だった。青白い手が何本も出てきて頬をなぜ回す。記憶を食べるって奏さんが言っていたっけ。いったい僕の記憶のどこが美味しいんだ? 3回くらい舐められた感触もあった。
「うん、判った、気を付けるよ。それじゃ、またね、ありがとう」
隼人が立ち上がって僕を見る。そして、
「今日もまた
と、クスクス笑った。
車に戻ると、すでに方向転換が済んでいて、すぐに出発できる状態だった。隼人はさっさと乗り込むと、
「事務所に」
と奏さんに言った。
探偵事務所『ハヤブサの目』は、八王子駅南口から少し登ったところにある。1階が事務所、2階は僕と隼人の住居だ。が、事務所に顧客が来たためしがない。仕事の依頼は、いつも隼人がインターネットで請けている。
頬撫ぜに撫でられた感触が気持ち悪くて、帰るとすぐに僕は2階に行ってシャワーを浴びた。満と朔はクスッと笑ったけれど、隼人はちょっと不満顔だった。
「頬っぺた、触られただけじゃん」
「ん……でも、なんか、舐められたような感触が――」
「なにそれ、今度会ったら舐めるなって言っとく。ボクのバンちゃんを舐めるなんて、ボクが舐められてるようなもんだ」
んー、隼人、隼人が言う『舐める』って小馬鹿にされたって意味? それともペロっと舐められた、のほう? ま、どっちでもいいか。
さっぱりしたところで1階に降りていくと、隼人は何やら朔と相談しているようだった。満は二人の話しに耳を傾け、奏さんは『俺は部外者』って顔で
「あ、バンちゃん、せっかく降りてきたのに悪いんだけど、もう一度2階に行って、コーヒー
なんか、追い払われた気分だったが、仕方ないので2階に戻る。雰囲気的に、人狼兄弟に隼人が何か仕事を頼んでいたと思った。僕に内緒の仕事? なんだろう……
コーヒーを淹れて1階に戻る。満には砂糖1杯とミルクポーション、隼人には砂糖5杯とミルクポーション2個、奏さんと朔、僕はブラック。ちなみに隼人のコーヒーに砂糖5杯は奏さんには内緒だ。奏さんは、隼人の糖分摂り過ぎをいつも気にしている。僕を見ると満が、『バンちゃん、ありがと』と、配るのを手伝ってくれた。それぞれカップが決まっているから、配り間違える事はない。
「バンちゃんのコーヒーはいつも美味いね」
と、普段ぶっきら棒な朔が褒めてくれる。
「ちょいと失敬」
と、みんなから離れて窓辺に行くのは奏さんだ。窓を開けてタバコを吸うのだろう。
「ボクも!」
と隼人が
「煙、中に入れるなよ」
と、それに朔が水を差し、
「隼人、そのうち飛べなくなるよ」
と、満が心配する。その満を
「俺は肺がんになってもいいけど、ってか?」
と、奏さんが
どうやら、僕に内緒の話は終わったらしい。さっき、なに話してたの? と聞いたって、きっと
みんながコーヒーを飲み終える頃、隼人が昼寝をすると言い出した。もう日が暮れる時間だよ?
「えー、晩ご飯、一緒に食べようよ」
満が甘えるが、
「駄目だめ。ボクは今日、少ししか
と隼人は受け付けない。
確かに隼人は頻繁に眠る。睡眠が浅いらしい。やっぱりおじいちゃんなのかもしれない。
「みんな適当に帰って。奏ちゃん、今日はありがとう、またよろしくね。朔、満、ご苦労様。バンちゃん、戸締りしたら部屋に来て」
隼人、
代わりに僕が謝ると、朔は手をあげて笑い、満は
「気にしない、いつもの事じゃん」
と、やっぱり笑う。
「じゃあな、バンちゃん。またな。隼人をよろしくな」
奏さんはそう言って帰って行った。
言われたとおり、戸締りしてから隼人の部屋に行くと、ベッドに
「バンちゃん、背中を貸して。一緒に寝ようよ」
……なるほど、そう言うことか。でも――
隼人に背中を向けてベッドに潜り込む。フワッとした感触の後、隼人の顔が背中に押し当てられたのを感じた。
隼人は『フワッ』とした何か包まれている。それにみんなが
「隼人……」
「うん?」
「紅実那さんと何かあった?」
紅実那さんを送って帰ってきたとき、隼人は様子がヘンだった。だから消耗してしまって、眠いのに、眠れないんだ。
「うん……」
「それとも頬撫ぜ?」
「うん……起きたらバンちゃんにも話すよ」
それきり何を言っても隼人は答えなかった。今はゆっくり眠らせてあげるしかないようだ ――
隼人が僕を呼ぶ声に気が付いて目が覚める。いつの間にか僕も眠ってしまったようだ。
「バンちゃん! お腹空いた。晩ご飯まだ?」
あぁ、まったく人使いの荒いこと。
「判った、判った。今、何か作るよ」
「うん、お願い」
キッチンに行くと隼人も一緒に来て、
「オレンジジュース、飲みたい。料理始める前にちょうだいよ」
と、言う。
冷蔵庫にあるのが判ってるんだから、コップに注ぐぐらい自分でやれよ、と思ったが、黙っていた。言う通りにしてあげれば、隼人はご機嫌でいてくれる。ま、神様に逆らうのもなんだしね。
「バンちゃあん、ストローどこ?」
「ダイニングボードの引出」
これは隼人、自分で見つけ出し、さっさとリビングに行ってしまう。いつもの事だけど、料理を手伝う気なんてない。冷凍庫のひき肉を解凍して、隼人が好きなミートソースのスパゲッティを作ることにする。
できたよ、と声を掛けるとすぐにダイニングに来た。ミートソースと気がつくと、ピヨッと喜んで、あっという間に平らげた。
「でさ……」
僕がまだ食べていると言うのに、隼人が話し始める。
「明日、ボクは朔とミチルの三人で鎌倉までお出かけする。バンちゃんはお留守番ね」
って、隼人、なんで僕だけ除け者なんだ?
「だって、バンちゃん、鎌倉だよ?
「あ……でも、今さら関係ないんじゃ? それに僕は全く覚えてないわけだし」
「バンちゃんが覚えてなくても、向こうは覚えているさ」
隼人が言うには、人間だったころの僕は十六歳の時、源平合戦で討ち死にしたらしい。
僕の首を取った男は、自分の息子と変わらない年頃の僕を殺したことを後悔して、僕を生き返らせようと試みた。で失敗し、僕は吸血鬼になったと隼人が言った。僕にそのあたりの記憶は一切ない。死のショックで生前の記憶を亡くしたようだ。
世間では、僕の首と
術は成功したかに見えた。が、最後の仕上げに人の生き血を飲ませようとしたのを拒み、僕は永い眠りに入った。そんな僕を男は
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