5 記憶、味わわれる
「あれ? 夏には避暑地? まぁ、いいや。高尾なら近くていい」
先に
この席割りは正解だった。満が上手に話を盛り上げ、隼人にも話を振り、紅実那さんを笑わせることに成功している。全員が押し黙っていた行きとはえらい違いだ。
片倉に寄る事を考慮して、帰りは真っ直ぐ国道16号を行く。ところどころ渋滞していたが、それでも1時間半もかからず片倉に到着した。
紅実那さんの洋館の前まで行こうと
「あー、そこのコンビニの駐車場で待ってて」
と隼人が言う。
「家を見られるのが恥ずかしいと、紅実那さんが言っている」
って、そんな事、いつの間に紅実那さんと話したんだ?
奏さんは『そうか』と言っただけで、車をコンビニの駐車場に入れた。満が降りて紅実那さんが降り、紅実那さんがみんなに
「紅実那ちゃん、まぁったねー」
満の明るい声に送られて、隼人と紅実那さんは坂を登って行った。
どうせなら、家の前まで送ってあげるだろ、こんな時。
満が、
「せっかくだからコンビに行ってくる。駐車場、借りるだけじゃ悪いもんね」
と言い、
「満、俺、肉まん」
と、朔がリクエストする。
「俺にはコーヒー、ブラックで」
と、奏さんが便乗すると、
「バンちゃんは? なにかいる?」
と、満が僕に訊く。ところが朔がチャチャを入れる。
「バンは、あまぁーいコーヒー」
「うんにゃ、それは隼人だって ―― んじゃ行ってくるにゃ」
と、満、結局、僕の希望を聞かずに行ってしまった。それにしても、なんで語尾が『にゃ』なんだ?
満が買ってきたのは、缶コーヒーがブラック3本に微糖1本、コーヒー牛乳1パック。それに肉まん3個にあんまんが2個。さっそくそれぞれに満が配る。
「はい、奏さん、ブラック。朔もブラックに肉まん。バンちゃんはブラックにあんまんね」
「あ……どうせなら肉まんが ――」
「残念でした、肉まんは隼人。なんでボクには肉まんないんだよぉ、って言いだしたら面倒でしょ」
肉まんを
「隼人にはコーヒー牛乳と、肉まん、あんまん。バンちゃん、わがまま言わないでね。肉まんは3個しかなかったんだから」
誰が一番わがままなのか、満は一度考え直したほうがいいと思う。いつも思う……
車の中であんまんを食べながら待っていると、食べ終わる前に隼人が帰ってきた。でも、なんだか、様子がおかしい。黙って乗り込み、僕の横に座った。そしてそのまま黙っている。
「隼人ぉ、肉まんあるよ」
満が肉まんを差し出すと、うん、と
「隼人ぉ、コーヒー牛乳もあるよ」
これも同じ反応だ。右手に肉まん、左手にコーヒー牛乳を持ったまま動かない。
「あんまんも、あるよ?」
今度は自分の両手を見て、僕を見る。
「バンちゃん食べてるの、あんまんだよね?」
「うん……」
「んじゃ、これあげる」
と、右手に持った肉まんを僕に渡し、あいたその手で満からあんまんを受け取る。
「今日はあんまんの気分だった?」
「……うん」
「コーヒー牛乳、ストロー、
「……いや、バンちゃんやって」
と、今度はコーヒー牛乳を僕に渡そうとする。
僕の手も食べかけのあんまんと、隼人がくれた肉まんでいっぱいで、満が横からコーヒー牛乳を受け取るが、隼人が気づく気配がない。
ストローを挿したコーヒー牛乳を満が隼人の手に持たせているとき、奏さんが
「隼人、さっさとあんまん食えや。食ったら、
ここで隼人、やっと我に返る。
「あっ! なんでバンちゃん、肉まん持ってんだよ? 僕にはあんまんだけなのに!」
「!!! これは、隼人が持っててって言うから持ってるだけじゃん。両手、
「おぉお! コーヒー牛乳! バンちゃん、気が
「隼人! 買ってきたのはミチルだからね!」
「そっか、ミチル、今日も可愛いね」
二列目のシートで、朔がクスリと笑った。
そこから目的地まで、渋滞していなければ、15分程度だ。隼人はあんまんを『甘い甘い』と大喜びで食べ、コーヒー牛乳を飲みほした。そして『ピーピー』言いながら肉まんを食べ始める。
朔が
「黙って食えないのか」
と苦情を言うが、まぁまぁ、と奏さんが取り成した。
隼人が食べ終わるのを待って、コンビニをあとにする。
すぐに片倉の交差点だ。ここで北野街道に進路を変える。
「ねぇねぇ、奏さん。頬撫ぜってどんな妖怪なのぉ?」
満が奏さんに訊いている。そうか、動志温泉
「どんなって……そのまんまだな」
「東西南北どっち?」
「頬を撫でるだけの妖怪だよ。高尾山の南の
「安住野に移るって、さっき言ってたよね」
「あぁ、アイツ、わりと広範囲に出没するんだ」
「頬を撫でられるとどうなるん?」
「びっくりする」
「それだけ?」
「うん、それだけ。あとはまあ、気持ち悪い、かな」
「なんだ、ただの
「愉快犯……なんでも、撫でると相手の記憶が読めるらしくって、それがヤツにとっては
「そっか、グルメな愉快犯なんだね。なっとく!」
二人の会話が微妙にずれていると思うのは僕だけだろうか? なんだか僕は頭痛がしそうだ。
北野街道から町田街道を
一度やり合ってから、天狗は隼人を嫌っている。隼人はそんなこと、全く気にしていないけれど。嫌われていることにも気づいちゃいないけど……
道の舗装が終わったところで奏さんが車を停める。その先は
「隼人、着いたぞ。俺も行くか?」
「いや、いい。バンちゃんと行く」
奏さんにそう答え、隼人が車から降りる。
「ミチルも行く?」
僕が降りた後、満が隼人に訊くが、隼人は答えなかった。
砂利道を行くと道幅はどんどん狭くなり、山もどんどん深くなる。
「あそこだね」
僕の腕にしがみ付くようにして歩いていた隼人がそう
見ると人が一人通れる程度の脇道があり、入り口の両側に
「バンちゃん、先に行って」
先に立って脇道を行く。隼人が僕の左手を握っているから歩きづらいけど、文句を言うと怒られるから黙っていた。
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