4 妖怪、語る
「しかしながら、門が開かれることもなく、
「んっとね、あの家に行っちゃダメ。あの家の人、怖がってる。アンタが門を
「う……映らない、とは?」
「気の毒だが、人間はアンタが見えないの。だから、いくら門を叩いたって開けてくれないし、誰もいないのに門を叩く音がするって、怖がってる」
「そんな……」
お婆ちゃん、突っ伏して泣いている。
「やはり、一つ目では見て
お婆ちゃんが一つ目だと、人間にはお婆ちゃんが見えなくる? 反対じゃない? お婆ちゃんには人間が見えないってのなら判るけど。
「いーや、待って、待って、それはダメだって」
「お
お、お婆ちゃん、コンプレックスなんて言葉、知ってるんだ? なぁんか、
それに、片側って言うけれど、お婆ちゃんの今ある目、真ん中にあるから。新しい目はどこに入れるんだ?
「判った、判った」
隼人が苦笑する。
「それじゃあさ、こうしよう。ボクがアンタにもう一つ、目をあげるよ」
「えぇえぇぇえ! その、さも美しき
婆さん、ひれ伏していたのに
「まっさかぁ。ボクの目があげられるはずないじゃん。別のをあげる」
少しお婆ちゃんがガッカリした。結構
「その代わり、もう人を
「それじゃ、顔、上に向けて……そそ、そのまま目を閉じる」
婆さんは隼人に従って、おとなしく目を閉じた。思いのほか
「危ないから動かないでね」
と声を掛けると右手をお婆ちゃんの顔に伸ばす。
触る気か? 触るのか? 触って大丈夫なのか?
「はぁーい、ちょっとチクッとしますよぉ」
と、言うと同時に、右手の中指に
「ひぇえぇえ!」
お婆ちゃんは腰を抜かし、
目を切り裂かれた婆さんは両手で
「ひえひえ……」
と泣き
切裂かれた婆さんの目はゆるゆると両脇に離れていく。そう言えば、出血していない。妖怪って血がないのか? 鬼には血も涙もないと聞くけれど。
「
予防接種、と言った満が婆さんを
「怖がってないで、目に触れて確かめてごらん。痛くないはずだよ」
隼人の声に、ピタッと泣くのをやめて、お婆ちゃんが肩をすくめる。
「やっだぁ~、
それを見て満が婆さんの肩を
「おぉおぉお! これは……」
いちいち大げさな婆さんが自分の顔を
「二つの目、鼻まで高くしていただき、感謝の言葉もございませぬ」
「うん、鼻はサービスしておいた。なんだな、その、まぁ何だ。元のは、あるか判らないくらいだったから」
目があったんだから、その位置に鼻はなかったんじゃないの?
「お婆ちゃん、美人になったね」
満が無責任に婆ちゃんを
「そうかぇ? これで一つ目
妖怪にも恋愛事情があるんだ? てか、女心はどこでも同じ? それより婆さん、最初からその話し方でいて欲しかった。
婆ちゃんは、隼人に何度も礼を言い、遠近感が出てきたよ、これで木にも登れる、今夜は木の上で寝る事にするよ、と姿を消した。
「約束、守るんだよっ!」
隼人の呼びかけに、婆さんの答える声が『心得てござ
帰るよ、と隼人が言い、朔が先導を務める。時々、朔と満が周囲を威嚇するのは、そこに妖怪がいるのかもしれない。
「いくら頼んでもムダだよ。ボクはもう疲れた。どうしてもって言うなら、八王子の探偵事務所『ハヤブサの目』までおいで」
隼人がボソッと言った。助けを求めている妖怪がワンサといるという事か。って! 事務所に妖怪が大挙してやってきたらどうすんだよ!
「それにしても、失敗しなくってよかった」
僕の腕に
「失敗? してたらどうなるんだ?」
「うん?」
隼人がニヤリと笑う。
「一つの胴体に、一つ目の首が二つって、恐ろしいことになってた」
水田に出る手前で、隼人は振り返り、何かを切るような
「カエル、逃げちゃったね」
と、笑った。
バーベキュー広場に入ると、いち早く隼人を見つけた
「終わったか?」
バーベキュー広場に確保していた席に着くと、
「もちろんさ」
「そうか、そりゃ良かった ―― 片付けは終わってる。すぐ帰れるぞ」
朔がチラッと後ろを見る。
「隼人に
「隼人かぁ……どうするんだろうね」
奏さんも隼人を見る。朔ももう一度振り返り、今度はじっと隼人を見る。そして満と僕も隼人を見た。奏さんの「どうする」には帰りのこと以外も含んでいると思った。
隼人は何か紅実那さんに話している。両手をぎゅっと握っているように見える。紅実那さんが
―― 隼人、やめておけよ。どうせ泣くことになるんだから。そして泣かせることになる。今日、僕がそう思ったのはこれで何度目だろう……
駐車場に向かうと、隼人は紅実那さんだけを先に車に乗せ、
「奏ちゃん、帰りに
と言い出した。動志村には温泉がある。
「いっけど、温泉に行くのか? 女の子はあの子だけだ、可哀想だぞ」
奏さんがそう答えると、
「いや……ちと『
と、また面倒なことを言い出した。
『頬撫ぜ』も妖怪だ。まぁ、僕たちとは友好関係にあるし、人間に
青白い手が、どこから伸びているかが判らないし、ひんやり冷たいのが難点だ。僕はなぜか気に入られていて、隼人の用事が済むまで、何本もの手で顔じゅうを撫で回される。しかも、時々、今、
「頬撫ぜか……今の時期なら高尾だぞ。もう少しすると安住野に移る」
と、奏さんが答えた
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