3  目玉、合致する

「妖怪の正体は判ってる。『かりばば』だ」


 本来、毎年決まった日に人家を襲い、みのや目玉を奪う、そんな妖怪だ、と隼人はやとが説明する。


「土着の妖怪で、年に一日しか仕事をしないはずなのに、紅美那くみなさんの家に、頻繁に現れるようになったらしい」

なるほど、人間をおびやかすのが妖怪のお仕事、ってことだね、隼人。


菩提寺ぼだいじに相談したら、紅美那さんを狙っているのだと住職が言ったそうだ」

それであの洋館に退避させたってわけか。それにしても菩提寺? 紅美那さんのご実家は名家なのかもしれない。


「まぁ、ボクの見解はちょっと違うんだけど、それは後でいいや。ターゲットを見つけられればはっきりする」

そう言うと、隼人は池を見た。それから、

「紅美那さんはここで待ってて。そうちゃんもここで。食事しながら紅美那さんを守って」

それじゃ、行くよ、と立ち上がった。


 行くよ、って、どこに行くんだろう? 隼人は公園から出るつもりはないようだ。この公園のどこかに、妖怪がひそんでいるのだろうか?


 池のほとりに降り、ぐるりと回り込むように行くと、子どもたちの歓声が聞こえ始める。ふれあい動物園に近づいていた。横の丘の向こうからも子どもたちの声と、それに混じって『頑張れ』と大人の声が聞こえる。さっき見た案内図から考えて、きっとアスレチックを楽しむ声だ。


 ふれあい動物園をのぞきながら、僕たちはそぞろ歩いた。さらに進むと規模は小さいが水田が見えて来た。脇道が奥まで続いているが、その先は山になってどん詰まりのはずだ。


「稲?」

 隼人が僕に聞く。

「そうだね、稲だね」

「……こっぽっち作っても、茶碗何杯にもならない」


「そうだね、子どもたちに稲作を……」

「あ! カエル!」

僕の説明なんか、隼人、実は聞いちゃいない。カエルを追って、水田の奥のほうに続く道を行く。って……カエルって、どこさ? 僕を見てさくがクスリと笑う。

「いっくよぉ~」

と、みちるが僕の腕を引っ張る。なるほど、目当てはこの先にってことか。


 途中で隼人が振り返る。

「ミチル! バンちゃんをいじめるな!」

隼人、少しは僕の事、

「バンちゃんを虐めていいのはボクだけだ!」

考えちゃいなんだね……


 渋々しぶしぶ満が僕の腕を離すと、代わりに隼人が僕を捕まえる。フワッとした感触の後、隼人の腕がしっかり僕の腕にからみついてくる。いつも僕は、この『フワッ』にだまされるんだ。そう、いつも……


「朔、防犯カメラ、大丈夫そう?」

「……問題なし。ここなら死角だ」

「じゃあ、行こう」

サングラスを外すと、僕を引っ張って、隼人が山に分け入った。


 隼人の右目は全てを焼き尽くす『ラーの目』で、左は全てを見通す『ウジャトの目』だ。ウジャトの目を使ってくだんの妖怪を探す気だ。隼人の左目が霧のような光を放ち、前方を照らし始める。


 すっかり山に囲まれ、どちらに行けば元の道に戻れるか判らなくなりそうな頃、隼人が足を止めた。


「いた。ウジャトの目を使うまでもなかったね。朔にはよく見えてるだろ?……バンちゃん、何かあったら退避、よろしく。なんか、大丈夫そうだけど」

なんか大丈夫、って何が大丈夫なんだい、隼人。戸惑う僕とは裏腹に、朔はニヤリと頷く。


 ちなみに、僕の武器は瞬間移動、と言ってもせいぜい10メートル。だけど割とこれ、役に立つ。障害物があっても問題なく移動できる。跳躍も可能だがこっちは障害物を避けられない。木が乱立する山の中では水平移動のほうが有効だ。ついでに言うが、至近距離で相手の目を覗きこめれば、意のままに操る事も僕には可能だ。


 で、右目のラーの目しか、これと言って武器にならない隼人は、戦闘能力ゼロと言っても過言じゃない。ちょっとした魔法みたいなことはできるみたいだけど、戦闘の役には立たない。


 ラーの目にしたって全てを焼き尽くしちゃうんじゃ、こんなところで使ったら山火事になる上、自分たちまで黒焦げだ。だからか、隼人がラーの目を使うところを僕でさえ見たことがない。


 危険が予測できる時、隼人は必ず僕をそばに置く。逃走経路を確保するためだ。逃げるが勝ちと言うだろう、と笑う。


「朔、行けそうか?」

と、隼人が問えば

「フン、楽勝だな。どうする? ヤるか? 捕らえるか?」

と、朔が答える。


「生け捕りで……」

「なら、満、行け」

朔に命じられた満がキョトンとする。


 人狼の朔は頼もしい戦闘員だ。人形ひとなりのままでも『人並み以上』の腕力と脚力だし、狼に化身けしんすれば並みの狼なんか足下に及ばないだろう。大口真神おおぐちのまがみの血を引いている。いわば神様の子孫だ。並みのはずがない。


「行けって、どこによぉ?」

 弟の満は朔に比べれば戦闘能力が低い。僕にさえ喧嘩じゃ勝てない。だけど神通力じんつうりきが使える。満の声は視覚しかく聴覚ちょうかくを狂わせることができ、戦わずして相手を降伏させるのも不可能じゃない。難点は、味方にさえも作用してしまうこと。


 チッっと舌打ちして、朔が満に何かささやく。満が目をギョロギョロさせ、あぁ、とうなずく。

「あれね、あの妖怪ね。判った、任せて」


ん? あの妖怪? あの……?


 僕の様子に隼人がクスリと笑う。

「この山、妖怪 とりでみたいだ」

「妖怪砦?」

「ここから見えるだけでも5体の妖怪がいる。ここに来るまでには何体いたかな。数えてないや。バンちゃんには見えないかもね」


「えぇえぇえ? 襲ってこないのか?」

「バンちゃんだけなら襲ってくるかもだけど、ボクや人狼を襲う気はないみたい。ほら、ボクや人狼兄弟は『神』だから。ヤツら、神には弱いみたい。ひれ伏してるよ。ウジャトの目が放つ光が怖いのかもね」


……フン、どうせ僕はただの『お化け』だよ。


 満が木立に入り込み、下草がこんもりと茂った場所で足を止める。少しかがんでそのやぶに向かってそっと話しかけている。


「ミチル、こっちに来て姿を現せと、伝えて」

僕の横で隼人が声を掛ける。隼人の目からはもう光が出ていない。


 すると、すぐそこに圧を感じる。そこだけ空気が重くなった感じだ。見ているとどんどん重くなって、やがて小柄なおばあさんが地面に頭をこすりつけているのが見えた。


 せっぽちで薄っぺらな浴衣ゆかたを着ているがボロボロだ。異臭がしないのが不思議なくらいだ。


おおせのままに姿を現してござそうろう。異国の神がなんの御用で御座ござりましょう」

しわがれた声が聞こえる。


「この山の向こうの民家に何用なにようか?」

婆さんの言葉使いに、隼人、つい釣られちゃってる。朔が笑いをみ殺した。


「あの屋敷には我が身と同じあやかしの気配あり。それにかれて訪ねるも、消えた気配にくやしゅうて」


「……その妖に何用ぞ?」

われのような小妖怪、現世も生きづらく。我らが住まうこの山も、人間ひとの手によりせばめられ、そこに他の山、消え失せて、こぞってみ付く小妖怪、もはや身を伸ばし、眠る余裕もない始末」


―― 妖怪って山に住んでいるものなんだ? そして体を横にして眠るんだ……


「かの妖は人に添い、人に守られあの屋敷に棲まう。どのような芸当をもちいたものか、知りたくなるのも、また道理どうり


「ふーーーん、それで夜な夜なあの家の門をたたいたんだ?」

隼人、口調が元に戻った。きっと面倒くさくなったんだ。


「さようで!」

お婆ちゃんが急に顔をあげ、隼人を見た。


 うひゃあ、一つ目じゃん。通常ならふたつ並んでいるのがくっついたか、って程、大きな目が物欲しそうにギョロリと僕を見る。


 隼人が三つ目入道の奏さんを連れてこない理由はこれか。婆さんに、奏さんの3個目の目を欲しがられると厄介やっかいだ。変に数があうから余計に厄介だ。

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